ギース達が俺のことを引き抜こうとしてきた翌日、俺は宿屋のベッドの上で目を覚ました。

 あの後、ギース達はどうなっただろうか。

 そんなことを少し考えそうになって、俺は頭を振ってそんな考えを振り払おうとしてーー。

「あれ?」

 体が上手く動かないことに気がついた。

「あれ? ん? ふんっ、ふんっ!」

 起き上がろうとしても上手く体が動かない。なんというか、体に力を入れることができないような感覚。力の入れ方が分からなくなるような感覚だ。

「んっ! ふんっ! ぐぐっ!」

「……朝からハッスル中だったか? 随分な喘ぎではないか」

「喘いでないわ! その声、ルーナか! ちょっ、動けないんだけど、助けてくれるか!」

「動けない? 何を馬鹿なことを言っておるーーいや、アイク、大丈夫か?」

 ルーナは俺が馬鹿なことを言っていると思ってあしらおうとしたが、すぐに何かに気づいたように俺の枕元まで来た。

 ルーナがいつになく真剣な顔をしているので、そんなルーナの表情を見てこちらが不安になってきた。

 ルーナは俺の首元に手を伸ばすと、俺の首筋の脈を確認するようにそっと触れてきた。

「え、俺死ぬの?」

「黙っておれ……ふむ。なんじゃ、心配させおって。ただの魔力の使い過ぎではないか」

 ルーナは真剣な表情からため息を一つ吐いて、心配損をしたとでも言うかのようなジトっとした目を向けてきた。

「え、魔力の使い過ぎ? いや、今までどれだけスキルを使っても、こんなことにならなかったぞ?」

「『魔源』の力を舐め過ぎだ、馬鹿者め。あんなぶっ壊れ魔力を何度も使えば、体が慣れないうちはその反動だって受ける。牛がゆっくり引いている馬車を急にドラゴンに引かせたらどうなると思う?」

「こ、粉々になる?」

 え? やっぱり、俺死ぬのか?

 そんな心配する俺の感情が表情に出ていたのか、ルーナは俺のそんな顔を見て小さなため息を一つ吐いた。

「まぁ、幸いアイクは魔物由来のスキルを使ってたから、ある程度は強い魔力に対して耐性がついていたのだろう。死ぬことはないから安心して良いぞ。過剰な魔力を流されて体が驚いているだけだ。……あれほど、使いすぎるなと言ったはずだがの?」

「……まぁ、確かに昨日は少し張り切りすぎたかもしれない」

ルーナに言われて振り返ってみると、昨日はギース達もいたし少し張り切り過ぎていた気がする。

 ギース達に見せつけてやりたかったんだと思う。今の俺たちのパーティがどれだけ強いのかを。俺たちのパーティを自慢したかったんだと思う。

 だから、いつもよりも多く『魔源』の力を使った気もした。

「昨日は仕方がない。だが、あまり無茶をし過ぎるでないぞ、アイクよ。『魔源』が暴走したらどうなるか、忘れたわけではないのだろう?」

 ルーナが真剣な目で俺の顔を覗き込んできたので、俺は少しの後ろめたさから視線を逸らしてしまった。

 ルーナが俺のことをどれだけ心配してくれているか、俺のために怒ってくれるのかを知った。自分の命を軽視していると言われたこともあって、少し申し訳ない気持ちがあったりした。

 だから、今のルーナの目は直視することができなかった。

「ああ、少しずつ体に慣らしていくよ」

「そうしてくれ。はぁ、どうして欠陥チート能力者どもは自分の力を制御できないのだろうなぁ」

「ん? 能力者ども? もしかして、アリスも変なのか?」

「あの娘はただの筋肉痛だ。あんな馬鹿力で剣を振り回すからだろう。全身筋肉痛でアイクと同じくまともに動けん。あんな長時間『肉体強化』をしたことがなかったのだろうな。いや、過剰な『肉体強化』に体が耐えられなくなったのか」

 ルーナは自分の考えを整理するようにそんなことを口にしていた。俺が考え込むようなルーナのことを見ていると、俺の視線に気づいたルーナが俺の頬を指の先で押してきた。

「まぁ、よい。今日はゆっくり休め。『魔源』を抑えることのできるスキルがないかの聞き込みは、私に任せておくがよい。ふふっ、看病をされたからといって、私の母性に惚れこむでないぞ?」

 悪戯をするときに見せるような笑みを向けているルーナに『母性なんか感じるわけないだろ!』と反論しようとしたが、下手にへそを曲げられると俺の看病をしてもらえなくなる可能性があったので、俺は黙ってルーナに頬を突かれていた。

「あ、アイクさん、おはようございます」

「あれ? アリスの声がするな。なんだ、アリスは結構動けるのか?」

 体を起こせないからどんな状況かは分からないが、アリスの声が聞こえてきていた。
ルーナの方に視線を向けると、ルーナは呆れたような顔でアリスの方を見ているようだった。

 そして、ルーナはその顔のまま俺のベッドから離れていった。

「いえ、全く動けないので、『肉体強化』をして体を動かしています。アイクさんのために動くことのできない筋肉なんていらないので、動かないなら壊れてもいいです。なので、今は無理やり動かしてーーきゃんっ!」

「なんじゃ、バーサーカー娘が弱い女子のような声を上げおった」

「わ、私はずっとか弱い乙女ですよ!」

 何をしているのか見えないが、どすんという腰を打ち付けるよう音が聞こえてきたし、アリスがこけたのだろうか?

 そんなことを考えていると、ルーナはアリスの反論をスルーしてそのまま言葉を続けた。

「馬鹿なことは言ってないで、早く部屋に戻っておれ。今日くらいはアイクと一緒に看病してやる」

それから、ルーナは『飯を持ってきてやる』と言って部屋を後にした。部屋に残されたのは筋肉の使い過ぎと、魔力の使い過ぎでまともに体を動かせない欠陥チート能力者たち。

「……ルーナさん、私達と同じくらい動いて同じくらいスキル使ってましたよね?」

「ああ」

「それでも、ぴんぴんしてますよね。何者なんですか、ルーナさんって」

「……何者なんだろうな。本当に」

 ルーナは俺たちと同じくらい働いていたというのに、その反動など一切受けずにいつも通りに生活を送ることができていた。

 つまり、ルーナは俺たちが反動を受けるくらい無理をして動いて、ようやく並ぶことができるくらい強いということだ。

 いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。

 ルーナの強さの底が見えない。そして、ルーナが何者のかも分かるはずがなかった。

 そんな俺たちの疑問は当然解消されることはなく、俺たちは今日一日ルーナに看病してもらうことになったのだった。

 看病をしてくれたルーナ相手に、少しだけ母性を感じてしまったことはそっと胸の奥にしまっておいた。

 ……そんなこと言ったら、絶対に調子に乗るだろうからな。

 看病中の俺の顔を見て、にやりと笑う笑顔を見て俺は絶対に口にしないことを誓った。