「つまり、俺が君の『竜化』のスキルを奪ったから、君はロリっ子になったってことか」

「ロリじゃないぞ! 私は君よりも年上だ!」

「いや、年上って」

 明らかに十代前半にしか見ない体形に、童顔過ぎる顔つき。並んで歩いていたら良い所兄妹、悪い所犯罪者に勘違いされそうなロリ体系をしている。

 さすがに、素っ裸の状態でずっといられるのは犯罪的だったので、今は俺が着ていた上着を着てもらっている。

「ふふん! 大人の色気を前に跪くがいい!」

 泣き止んだと思ったそのロリっ子は調子を取り戻したのか、偉ぶるような口調でふんぞり返っていた。

「まぁ、冗談は置いておいて」

「冗談など言っておらんぞ! 元は別のモンスターとして長年生きていたからな、貴様とは年季が違うのだよ!」

「も、モンスター? え、いや、明らかに人間じゃないか」

「私は長年の研究とスキルを磨いたことにより、受肉に成功したのだ! そして、私は可愛い女の子になったのだ!」

 ぱちんと星が出そうなウインクをしながら、目の前のロリっ子はそんなことを口走った。

 モンスターが人間の体を受肉? そして、その後に『竜化』のスキルを手に入れて、ドラゴンになっていたというのか?

「え、なんで人になったのに、今度はドラゴンになったんだ?」

「ふん! そんなことは話したくもない!」

 そう言うとロリっ子は俺からぷいっと顔を背けてしまった。

 何か言いたくない事情があったのかもしれない。

 俺は初対面なのクセに踏み込む過ぎたデリカシーのなさに、後になってから気がついた。

「そ、れ、よ、り! 早く私のスキルを返してくれないか?」

「いや、スキルの返し方とか分からないんだけど」

「……は?」

 そもそも、スキルを奪ったという認識もないのだから、返し方など分かるわけがない。

 冷静に考え見たら、スキルを奪うなんて芸当俺にできるわけがない。きっと、何かの間違いだろう。

 本当にスキルを奪っているのなら、返してあげたいとは思うんだけどな。

 目の前にいたはずのドラゴンが消えたのは……まぁ、この子の『竜化』のスキルの効果切れ? とか言う感じで解釈しておこう。

「えっと、ごめんな。それじゃあ、悪いけど俺はこの辺でーー」

「に、逃がさないぞ!」

「ちょっ、腰に飛びつくなよ!」

 俺が恐る恐るとその場から去ろうとすると、ロリっ子が必死の形相で俺の腰元に飛びついてきた。引きずられても離さないといった執念のようなものを強く感じる。

「『竜化』の他にもいくつもスキル奪っておいて、逃がすわけがないだろ!」

「だから、そもそも奪ったっていう自覚がないんだって! できることなら、君のスキルだって戻してやりたいくらいなんだ!」
 
「ほう? その言葉、嘘じゃないだろうな」

「嘘じゃないって! まぁ、仮に俺が君のスキルを奪っていたらね」

「うーむ、その反応。どうやら本当にスキルの返し方を知らないらしいな」

 ロリっ子は俺の腰から離れると、俺を観察するように視線を上から下に視線を動かしていった。

 そして何かに納得したかのように、大きく一つ頷いた。

「よし分かった! 仕方がないからスキルを返せるようになるまで、待っていてやろう!」

「えっと、そう? ありがとうね」

 俺はロリっ子が何に納得したのか分からなかったが、この場をされるならいいかと適当に相槌をひとつした。

 そんな俺の態度をどう捉えたのか、ロリっ子は俺に満足げな笑みを浮かべると、回れ右をした。

「いくぞ、人間!」

「行くって、どこに?」

 突然どこかに行こうとする行動が読めず、俺は小さな背中に声を掛けていた。

「このダンジョンから出るのだ。貴様の旅に同伴させてもらうことにしよう!」

「え? ついてくるのか?」

「当たり前だ。スキルの返し方を知ったとしても、そのまま逃げられる可能性の方が高いからな!」

 『お見通しだ!』とでも言いたげにロリっ子は振り返ると、こちらにビシッと人差し指を向けてきた。

「人間よ、名を名乗れ!」

「アイクだよ。君は?」

「……ルーナと呼ぶことを特別に許してやる」

「よろしくな、ルーナ。さっそくだけど、俺について来ない選択はできないか?」

「貴様、私の話をちゃんと聞いていなかったのか?」

 こうして、俺はどうしてついてくると言って聞かないルーナを連れて、ダンジョン最下層から地上に向けて脱出を図ったのだった。

 はたして、俺達は立った二人でこのダンジョンから無事に脱出することができるのだろうかーー


「いや、簡単に脱出しちゃったんだけど」

「アイクがずっと突っ立てるのが悪い! なぜ参戦して来ない!」

 俺達はダンジョンを無事に脱出し、街の方まで帰って来ていた。

 意気込んで挑んだダンジョンからの脱出だったのに、俺は特に何もすることがなかった。というか、何かする前に全部ルーナが相手を倒してしまっていた。

まぁ、倒してくれていなかったら、俺は帰ってこれていないのだけれども。

「まさか、本当に奪ったスキルを使えないとは思わなかったぞ」

「だから、そう言っただろ。なんで信じてくれないんだ」

「普通は奪って使うまでがセットだろう? 嘘をついていると思うのが普通のはずだ!」

「そもそも奪っているかも怪しいんだけどな。ていうか、『竜化』しないでも十分強いんだったら、なんで俺を殺さなかったんだ?」

「アイクよ、貴様に分かるか? 明らかに弱そうな奴からどんどんスキルを奪われる恐怖が。それでいて、何もしてもないのだから質が悪い!」

 ルーナは俺の方にビシッと指を立ててそんなことを口にした。

 確かに、逆の立場だったら結構怖いのかもしれないな。相手が何をしてくるか様子見をするだろう。

 あれ? そういえば、ルーナがやけに俺のスティールを受けていた気がしたが、もしかしてただ様子を見ていただけなのか?

「それに、アイクを殺したところでスキルは戻ってこない気がするしな」

「どうなんだろうな。正直、俺も分からん」

 そんな俺の返答の何が面白かったのか、ルーナはにかっとした笑みを向けてきた。

 そんなこんなであっさりと街まで帰ってきた俺達だったが、さてどうしたものだろうか。

「おおっ! なんか良い匂いがするぞ、アイク!」

 ルーナは犬のように鼻をひくひくとさせると、匂いに釣られるように駆け出していった。そんなルーナの言動に呆れながら後を付いて行くと、ルーナはある建物に入っていった。

「あ、いや、そっちは、」

「何している、アイク! 早く来ないか!」

 ルーナを引止めようとした俺の手を引き、ルーナはギルドの中にどかどかと入っていった。

 その瞬間、湧き上げっていたはずのギルド内に静寂が訪れた。

 ギルドは料理屋も経営している。だから、ルーナもその匂いに釣られて、ギルドに入っていったのだろう。

「アイク? どうしたのだ?」

 俺の所属するギルドなのに、そこには俺の居場所などあるはずがなかった。

 俺をルーナの元に置き去りにしたギース達が中心になっているギルド。当然、俺の扱いもいいものではない。

「アイク?」「嘘だろ、なんであいつがまだ」「駄賊が何で生きてんだ?」

 俺の姿を見るなり、ギルドはざわつきを取り戻していた。そのざわつきの中には、俺の安否を心配するような声は一つもみられない。

 何を期待なんかしているんだか。

「てめぇ、何で生きてんだ?」

「ギース」

ギースは俺を見つけるなり、俺達の前まで来るとそのまま止まらずに、俺の胸ぐらを掴んだ。

「おまえはドラコンに殺されたはずだろ? なんでお前が生きてんだよ!! あ?!」

 俺はこいつが嫌いだった。なんでも自分の思い通りにならなければ気が済まない、典型的な自己中心的なタイプだ。周りがそれに付き合うのは、こいつの剣士の腕を認めているからだろう。

 現に、こいつはこのギルドの中でもトップクラスに強い。周りがこいつの意見に逆らえないのも、こいつの強さをみんなが認めているからだ。

「おい」

 そんなギース優勢の空気を一人の少女の声が塗り替えた。

 凍えるんじゃないかと思ってしまうほど、冷たい声。それは周りを威圧するような強者独特のもので、周りの空気を一瞬にして彼女のものに変えた。

「私のお気に入りに汚い手で触るな。殺されたいのか?」

「ル、ルーナ」

 ルーナはギースを睨みつけ、堂々とギースの前に立った。

 ルーナとアイクの身長さは大人と子供くらいの違いがある。それなのに、ルーナがアイクの前に立つと、その立場が逆転しているように見えた。

 いや、現に立場は逆転していた。

 ギースは目の前に立っているルーナに恐れおののくように、腰を抜かしていたのだから。

「な、なんだよ! お前は!」

「貴様に教えてやる名など、持ち合わせていないな」

「く、くそっ! おい、アイク! こいつお前の知り合いか? だったら、早く何とかしろよ!」

 ギースは目の飴のルーナにビビりながらも、こちらに向けて大声を上げた。見ていて少し気分が良くなるものだったが、このまま放置していたら、ギースが何かに当たり散らしてしまうだろう。

「ルーナ、俺は大丈夫だから。早くここを去ろう」

「そうか? まぁ、アイクがそれでいいなら、許してやるか」

 ルーナは俺のことを庇ってくれたのだろう。その気持ちは嬉しいが、俺はいち早くここを出ていきたかった。

「どこに行っても変わらないぞ、アイク! お前はどこに行ってもギルドのお荷物なんだからな!!」

 俺達が去ろうとした背中に、ギースは大声を張り上げていた。ギースの言っていることは間違っていないのだろう。

 何も盗めない盗賊など、そこら辺の一般人と何も変わらないのだから。

「おい、そこの人間。なぜアイクを馬鹿にする?」

 しかし、俺の代わりにルーナがギースの声に反応してしまった。一瞬歪んだように見えたギースの表情だったが、虚勢を張るように大きな声で言葉を続けた。

「そいつが『スティール』もまともに使えない盗賊だからだ! ただの荷物運びしかできない馬鹿を、馬鹿にするなという方が無理な話だな!」

「ほう? つまり、貴様はアイクとタイマンで勝負しても、負けることがないとでもいうのか?」

「負けるわけないだろ、そんな雑魚相手に!」

「何を賭かる?」

「持ち金、全部!」

 そういうと、ギースは立ち上がって金の入った大きな袋を近くのテーブルに乱暴に置いた。

 明らかにギースが普段持ち歩いている分よりも多めに入っている。クエスト報酬の分も多めに入っているのだろうか。

「気が変わった。アイク、こいつと勝負してやれ」

 ルーナの発言を聞いて、一瞬ギルド内は静まり返った。そして、すぐにその倍以上に大きな笑い声が響き渡った。

 当然、そんな反応をするだろう。俺とギースじゃ勝負にすらならない。

「無理だって、ルーナ。あいつはこのギルドの中でもトップクラスに強い。俺なんかじゃ相手にならない」

「アイク。私はお前があんな奴に馬鹿にされるのが気に入らん」

 いつになく真剣な声色。俺と話しているような子供っぽさも感じられず、ただ冷酷な目をしていた。

 ルーナは当たり前の事を言うように俺にそう告げると、ギースが座っていた席に向かっていった。

 その席には、以前の俺のパーティメンバーが揃っているようだった。

「貴様らもパーティの仲間なのだろう? どうだ? 貴様らの持ち金も賭けてみる気はないか?」

「賭けるのは構わないが、おまえ達は何を賭けるんだ?」

 ルーナの威圧する態度に唯一屈しなかったタンクのエルドは、冷静な声色でそう突き返してきた。

「そうだな。貴様らが手持ちの金全てを賭けるとうのなら、私はこれを賭けよう」

「なんだ、これは。ん? これって、まさか魔法石か?」

「違うわよ! 魔晶石じゃないの、これ!」

 ルーナがポケットから投げやりに出したそれは、黒色に光り輝く結晶だった。魔晶石の上位互換の魔晶石。純度やレア度によっては、家が一個建つと言われているような代物だ。

 当然、魔法使いのリンからしたら、喉から手が出るほど欲しいものだろう。

「乗ったわ! 持ち金全部と武器に装備品、アイテムだって全部賭けてあげる!」

「ほう、威勢がいい小娘だな。後悔するなよ?」

「お嬢ちゃんこそね!」

「いや、待ってくれルーナ!」

 とんとん拍子で決闘が決まりそうになり、俺は慌てるようにルーナを止めようとした。これから行われようとしているのは負け試合だ。そんな大層なものを賭けて良い訳がない。

「安心しろ。アイクが負けるようなことは絶対にない」

「なんでそんなことが言えるんだ?」

「いいから、私を信じておけ!」

 そんなふうに無邪気な笑顔を向けられ、俺はどうすることもできないでいた。

 こうして俺は、ギースを相手に決闘を申し込むことになったのだった。