「まぁ、早くこの宿は出た方がいいだろうな」

 これからやらなければならないことは、アリスの命を狙う者からアリスを守りながら、『魔源』を抑え込むスキルを手に入れることだ。

 できれば、片方だけでも片づけて先に進みたいもの。そうなると、アリスの命を狙う者を何とかして撒いてしまいたい。

 あの騎士団はアリスを殺すことが目的のはずだ。そうなると、アリスがすでに死んでいることが分かれば追ってくることはなくなるはず。

 なんとか、死体を偽造できたりはしないだろうか。

「『鑑定』。お、良いスキルがあるな」

「え、アイクさん『鑑定』も使えるんですか? 商人の才能もあるんですね」

「いや、才能というか」

「アイクは『鑑定』」のスキルを奪ったんじゃ! なぁ、アイク?」

「奪った? え、人から強奪したってことですか?!」

「いや、そうなんだけどな。でも、あれは闇闘技場の話だし、セーフっていうか、」

「や、闇闘技場?」

 何かと俺達のことを説明しようとすると、離そうとするとその前情報が必要になる。

 アリスは聞き慣れない言葉を耳にしたように、眉を潜めていた。
 俺がスキルを奪う『スティール』を有効に使うため、『鑑定』のスキルを手に入れるために闇闘技場に参加して、そこである男から『鑑定』のスキルを奪ったこと。そしたら俺にはすでに千を超えるスキルを保持していて、それを使って闇闘技場で優勝したり……。

 だめだ、離すことが多すぎる。

うん、後でまとめて話すことにしよう。

 それよりも、まずは目の前のことから片づけるべきだろう。

「話を戻すぞ。『創造』っていうスキルがあるから、上手く使えばこれでアリスの死体を偽造できるかもしれない。けど、さすがにゼロから作って騙すのは難しいかもな」

 スキル『創造』。このスキルはその名の通り物を想像できるスキルだ。戦闘向きのスキルではなさそうだが、土や動物のタンパク質などを使えば、アリスの死体に似せた有機物を作り出すことはできると思う。

 ただゼロベースから形だけ似た物を作ったとして、騎士団達が無事に騙されてくれるかは分からない。

「何か私だって分かるものがあればいいんですか?」

「え? まぁ、そうだな」

 アリスは俺の言葉を受けて少し考える素振りをみせると、思い立ったように立ち上がった。

「アイクさん、アイクさんの短剣をお借りしてもよろしいですか?」

「え、いいけど」

 俺の了承を得ると、アリスは俺の短剣が立てかけてある壁に寄っていくと、剣を引き抜いた。

 何をするのだろうと眺めていると、アリスは自分の長い髪をまとめるようにして掴んで短剣を構えた。

「えいっ」

「え?」

 アリスは可愛らしい掛け声と共に、自分の長い髪を短剣でバッサリと切った。はらはらと辺りに散った髪は日の光を浴びて、キラキラと光っていた。

 金髪ロングだったアリスは、その髪を肩にかかるくらいの長さに切り揃えたのだった。それも、冒険者の短剣で乱雑に。

「な、何をしてるんじゃ、この娘は!」

 そんな奇行にルーナでさえ驚いていた。だって、乙女の髪は命の次に大事とか言う言葉があるくらいだ。

 それを乱雑にぶった切るなど、外道でもしないだろう。それを自ら行うというのだから、驚かずにはいられなかった。

 しかし、アリスはそんなルーナの驚いた様子にきょとんと首を傾けて、なぜ驚いているのか分からないといった反応をしていた。そして、そのままルーナは言葉を続けた。

「私の髪は王族の中でも綺麗な色をしていると言われています。後は、身に着けているものとか、指とかでも落としていきましょうか?」

「こわいこわい! 怖すぎるぞ、アイクよ! なんじゃこの娘は!」

「わ、分からん! とりあえず、短剣を置け! 後は俺がいい感じにやっておくから!」

「私は身も心もアイクさんに捧げた身ですから。差し出せと言われて物は、何でも差し出しますよ?」

 そんなふうににっこりと笑うアリスに少しの恐怖を覚えた俺達だった。

 ……何でもと言われて、変なことを想像しなかったかと言われると何も言えなくなるが。



「『創造』」

 場所は変わって、村の端。

 俺はモンスターの死体とアリスの血液、それとアリスの髪の毛を使って人の死体を作り上げた。

 アリスを見ながら作り上げただけあって、顔と体つきはアリスのそれだった。ただ死体には服を着せていないので、裸になった動かないアリスが目の前にいる感じになってしまった。

 自分で作っておきながら、やましいことをしているようで顔を背けてしまう。

 その先にいたアリスはその造られた物を見て、顔を真っ赤にしていた。一糸まとわぬ形で、自分の裸が目の前にいるのだ。恥ずかしくないという方が不自然だろう。

 本人も恥ずかしくなるほどのでき、悪くないみたいだ。

「やけに造り慣れてるのぅ。まさかとは思うが、こうやって性を発散させていたのか?」

「ち、違うわ!」

「アイクさん、そのようなことなさらなくとも、わたし、わたしがーー」

「フハハハハハ! だから、言っているであろう! アイクは大人の女性が好きなんじゃ! 貴様のような娘には興味はないというのが分からんか!」

「……言っていて、悲しくならないのですか?」

「な、なんじゃと!」

 ぎゃーぎゃーと盛り上がってはいる二人を置いて、俺はその死体に一歩近づいた。これからこの有機物を燃やして、限りなく原型を失くす必要がある。俺の想像だって完璧ではない。どこかにしら粗があるはず。

 だからその粗を分からなくするために、熱で溶かしてしまうのだ。

 後は大まかな顔立ちと体つき、髪の毛と身に着けたもので判断をしてもらう。

「『火炎玉』。って、あっつ!」

「馬鹿者! なんでそんなに魔力を込めるじゃ!」

「いや、かなり抑えたはずだぞ!」

 俺が使った『火炎玉』は手のひらサイズの炎の球を出すはずのスキルだ。それが、一瞬にして目の前にある有機物を燃やし尽くそうとしていた。

 火の勢いが想像以上だ。

 込めた魔力に外部から異常なまでの魔力が追加で込められたような感覚。これが『魔源』の力なのか?

 そういえば、先程の『創造』の完成度がやけに高かったのも、もしかしたら『魔源』が影響しているのかもしれない。

 これは、上手く使えばかなり使えるんじゃないか?

「アリス、後はペンダントを」

「あ、はい」

 俺に言われて、アリスは首に掛けていたペンダントを火の中に入れた。それは、王族を象徴するペンダント。アリスが王族であることを証明するものだった。

 業火の中にそれを投げ入れると、それは徐々に溶けていくように形を変えていった。

黄金の色が溶けて土と混ざり合っていく様子は、今のアリスを象徴するかのような色をしていた。

 その業火の中で一体、そのペンダントがどういう色になるのか。それは火を消してみるまで分からない。

 そんな炎を見つめるアリスの目には、何かしらの決意の色が見えていた。

 数日後、アリスが賊によって殺されたという報道がされた。

どうやら、思惑通りに事が進んでくれたみたいだった。

 問題の一つが解決した。少なくとも、俺はそう思っていた。