「第三王女?」

 俺達は賊に襲われていた馬車を助けたのだが、どうやらその中にいたのはオルド王国の第三王女様らしかった。

 ルーナよりも少しだけ大きい、小柄な王女様。その王女様は剣が素手で弾かれたという事実を前にただ茫然としていた。

「ん? おい、第三王女。貴様、助けてもらった分際で、私のお気に入りを傷ものにしようとしたのか?」

「やめろやめろ。あのくらいじゃ傷もつかないし、ないより無礼が過ぎるだろ」

 俺は今にも第三王女に掴みかかりそうだったルーナの手を掴んで止めた。

 俺のことを気にしいてくれるのは嬉しいが、王女様に盾つくようなことはやめて欲しい。不敬にされちゃう。

「助けてもらった? あなたは賊ではないのですか?」

「賊はそこらへんに伸びてるよ」

 俺が馬車の外を指さすと、第三王女は恐る恐ると外の様子を覗き込んだ。目を見開いた様子から、現状を理解できたことが察せられた。

「あ、あなたが私を助けてくれたのですか?」

「助けたというか、ただ賊を倒しただけだぞ」

「あ、ありがとうございます! 申し遅れました、私はオルド王国の第三王女、ルイス・アリスと申します! 助けていただきまして、本当にありがとうございました!」

 先程まで俺に向けられていた敵意は消え去り、向けられたのは好意的な感情。しかし、それとは別に訝しげな視線もこちらに向けていた。

「あの、腕の方は大丈夫でしたか?」

「ん? ああ、全然大丈夫。『硬化』で硬くしたからな」

「『硬化』? すみません、腕を見せていただいてもよろしいでしょうか?」

「え、ああ」

 アリスは自分で切りつけてしまった腕の様子が気になったのか、俺の無傷の腕を不思議そうに眺めたり、ペタペタと触ったりして確認をしていた。

 まじまじと見ても、傷がついていないことに驚いたのだろう。感嘆の声を漏らしていた。

「本当に傷跡がないんですね」

「むぅ。この娘は発情でもしているのか? ずっと、アイクをべたべたと触っておるぞ」

 ルーナの言葉を聞いて、アリスがポンと顔を赤くした。あまりそういう言葉に慣れていないのか、アリスはただ静かに顔を隠して涙目になってしまっている。

「言葉を選べ、ルーナ。いや、俺も大概な気がしてきたな。王女様だもんな。ほら、ルーナも頭を下げろ」

「なんで私が王女などに頭を下げねばならん」

 生意気を言うルーナの頭を強引に押さえつけて頭を下げようとしていると、そんな俺達の姿を見て慌てたようにアリスが言葉を発した。

「いえ、そんなに堅苦しくしないでください! 命を助けていただいた身ですので!」

「そうですか? それなら、お言葉に甘えて」

「アイクずっとため口だったぞ? というか、『そういう訳にはいきませね! 私はロリコン! あなた様に服従させてください!』とか言わんのか」

「誰がロリコンだ。ルーナの俺の印象どうなってんだよ。ていうか、しょうがないだろ。脳の処理が未だに追いついてないんだ。いきなり王女様が目の前にいるなんて言われても、実感が湧かない」

 ルーナに言われて気がついたが、俺も結構ため口で話してしまっていた。本来なら、片膝でも立てた方がいいのだろう。

 そうは言っても、色々と展開が急すぎるのだ。そんな展開に置いていかれていないだけでも、褒めて欲しい位のものである。

「ふふっ」

 そんな俺とルーナのやり取りを見て、アリスは笑みをこぼしていた。あまり品の俺達のやり取りが面白かったのかもしれないな。

「ていうか、なんで王女様が護衛もなしに馬車に乗ってたんだ?」

 俺がこんな態度を取ってしまったのも、王女様の乗っている馬車が普通の馬車だったからだ。護衛のような物がいなかったのだから、普通の人が乗っていると勘違いしても仕方がないことだろう。

「護衛なら、さっきまでいたんですけどね」

「さっきまで?」

 アリスの言葉に引っかかり、俺は思わず聞き返してしまった。その言葉を受けて、アリスは少し悲しそうに言葉を続けた。

「少し前にいた村で襲われてしまいまして、今は命からがら逃げている途中だったんです」

「王女を襲う? 何か身に覚えが?」

「ええ、まぁ狙われやすい身ですから」

「まぁ、それもそうだよな」

 一国の王女様となれば、それだけで標的にされることだろう。

 もしかしたら、こういうことにも慣れているのかもしれないと思ったが、どうやらそんなことはないようだった。

 強く握られた拳が小さく震えている。心から怯えていたのだろう。確かに、見るからに子供だもんな。慣れろという方が無理というものだ。

「あ、あのっ、お願いが一つあります!」

「お願い?」

「はい、助けていただいた上に、こんなお願いをするのも気が引けるのですが、」

 アリスはもじりと体をよじらせると、こちらに上目遣いになる視線を向けてきた。

「私が国に帰るまで、いえ、護衛のいる村まででいいので、私の護衛をお願いできないでしょうか?」

 俺はちらりとルーナの方に視線を向けた。すると、ルーナはなぜかどや顔をこちらに返してきていた。

 言いたいことは分からないでもない、力の行使をするときだぞとでも言いたいのだろう。

 護衛がいない一国の王女。それも年端もいかないような女の子を、こんな所に放置してこの場を去るなんてことできるはずもない。

「いいけど、一つだけ言っておくぞ」

「は、はい。なんなりと」

「……おれ、ただの盗賊だからな? あんまり期待とかはしないようにとだけ」

 変な期待とか勘違いとかを生まないように、俺は頬を掻きながらそんなことを口にした。

 呆けていたアリスは俺の言った言葉の意味が分からないと言ったよう様子で、静かに首を傾けていた。

 ……そんなに変なことを言っている訳じゃないんだけどな。

 賊達を一網打尽にした後に言うにしては、遅すぎるセリフだったのかもしれなかった。