「うわああぁぁ! はっ、はっ!」

 終わらない悪夢がギースを追いかけ続けていた。

 得体の分からない複数の黒い手のような物がギースを追い詰め、まとわりつき、闇の中に引きずり込む。引きずり込んだ先には、ただ真っ暗な世界が広がるだけ。

 永遠に感じるほど長い世界で、自身の体が朽ちていく。指の先の肉と骨が同時に溶け出して、闇に呑まれていく。体が溶かされる激痛は自身の体が消えてもそこに残り、蓄積されていてく。

 体が全て朽ちると、なぜか体は朽ちる前の状態に戻り、日常の生活が始まる。そして、五分もしないうちに、また黒い手のような物に追われて、闇に引きずり込まれる。それは体感にして十年ほどの月日が流れる夢だった。

 そんな悪夢を数十回と見て、ようやくギースは目を覚ました。

「お? やっと起きたかギース」

「寝すぎだってマジでー」

 ギースは宿屋に運ばれて、ベッドの中にいた。様子を見に来たリンとエルドは呆れたように笑い、ギースの起床を迎えた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

「ギース?」

 リンとエルドはギースがどんな悪夢の中にいたのか知らない。夢の中で数十回も死んで、長年に及ぶ拷問のような時間を過ごしているとは思うはずがないのだった。

「はぁ、はぁ、夢、なのか?」

「どうしたんだギース、凄い顔色してるぞ?」

「もしかして、無能のアイクに負けた夢でも見てたんじゃないのー?」

「あ、アイク。ま、負けていないぞ! お、俺はまけてない」

 アイクの名前を聞いただけ。それだけのことなのに、ギースの背筋は微かに凍るような感覚に陥り、動揺を隠せないでいた。

「分かっている。立会人からすでに決闘の結果は聞いたしな」

「ていうか、そんな必死に否定しないでよくない? 冗談に敏感に反応し過ぎ」

「は?」

 ギースはリンとエルドの言っている言葉の意味が分からないでいた。

 ギースはアイクに歯が立たなかった。数多くのスキルを使用して、本気を出していないアイクに負けたのだ。

 立会人だって見ていたはずだ。それなのに、なんで俺が勝ったことになっているんだ?

「ギース、起きたか」

「ソフィー」

「数日寝てたというに、凄い顔だな。早速で悪いが、今からクエストに向かう所だったんだ。ギースも起きたなら、寝起きの運動と思ってついてくるか?」

「あ、ああ。そうだな。行かせてもらおうか」

 ギースのパーティは、みんな以前に付けていた装備品を装備していた。まるで、この数日が何事もなかったかのように。

 もしかしたら、全部夢だったのかもしれない。

 そう思い込むことで、ギースは込み上げてくる吐しゃ物のような胃液を吐き出さずに、呑み込むことができた。


「おい! どうなってやがる! あいつどれだけ攻撃してくるんだよ!」

「くっそ、こんなの初めてだ! 亜種とか何か特別なモンスターなんじゃないのか?!」

「どっからどう見て、普通のワイバーンでしょ! それも中型の!」

 ギース達は中型のワイバーンを相手に苦戦していた。本来であれば、中型のモンスターを相手に苦戦することなどない。

 それだけに、ギース達のパーティ全員に焦りの色が見られていた。

 ギースは剣を片手にワイバーンの元へと突っ込み、剣を振り抜いた。しかし、剣は簡単に弾かれてしまった。

「くそっ、まただ! どれだけ攻撃しても跳ね返される。しかも、また飛びやがった! リン、魔法で撃ち落とせよ!」

「やってるわよ! ただスピードが全然落ちないの、あいつ! モンスターが速いのは、いつも初めだけなのに!」

 そうなのだ。硬さ、速さ、攻撃の重さ。全ての要素でモンスターが強いのは初めだけ、徐々に削っていけば、簡単に倒せるはずなのだった。それなのに、今日はどういう訳か攻撃が当たらなかった。

「くるぞ! みんな俺の後ろに隠れろ。『肉体強化』!」

 ワイバーンがギース達めがけて、すごい勢いで突進をしてきた。今日で何度目にもなるこの攻撃、いくらエルドがタンク役とはいっても、当然体力も筋肉も消耗していく。

 そして、ワイバーンの突進をもろに受けたエルドは、踏ん張りがきかなくなって後方に吹き飛ばされた。それに巻き沿いを食らう形で、ギースパーティはその余波を食らった。

「がはっ!」

 その中でも、エルドのダメージは一番大きかった。

「エルド!」

 吹き飛ばされたエルドの元に駆け付けたゾフィーが、エルドに回復魔法をかけていたが、その表情が硬い。しばらくの間、回復魔法をかけていたが、ゾフィーはギースに目配せを一つした。

「ギース、撤退をしよう」

「はぁ?! ふざけんな! なんでワイバーンごときに、逃げなきゃなんねーんだよ!! 」

「エルドの蓄積ダメージがデカすぎる。ダメージは軽減させてはやれるが、エルドが盾役をできなくなったら、いよいよ壊滅するぞ」

 中型のワイバーンを相手にほぼ壊滅気味のパーティ。ギルドでトップクラスの実力を持つギースのパーティが、こんな中型のワイバーンを相手に逃げるなんて考えれない。

「くそっ! ふざけーー」

 ギースは苛立ちをパーティメンバーにぶつけようとして、思いとどまった。

理由は分からないが、死の恐怖を見せられたあの悪夢がすぐ目の前に迫ってきている気がして、それ以上言葉を続けることができなくなっていたのだった。

「ギース、凄い汗だが大丈夫か?」

「問題ない……分かった、撤退するぞ」

 珍しく折れたギースの態度に、パーティメンバーは驚きを隠せないでいた。

 なんで俺がこんな雑魚モンスター相手に、尻尾を撒いて逃げなくちゃならないんだ。

 前は中型のワイバーンなんて簡単に倒せたはずだ。あの時と何が違う? 俺達のパーティで変わったことってなんだ?

 そこまで考えたところで、ギース一つの答えにたどり着いた。

「ちぃっ! そんなわけが、ないだろ」

 奥歯を強く噛みしめて、ギースはたどり着いたはずの正解から自ら遠のいていった。

 その考えが正解であること認めない。ギースは、その考えが自分の首を絞めつけている行為であると気づかぬまま、間違えた方へと進むことしかできないでいた。