「改めまして、私名前をハンスと申します。以後、お見知りおきを」

「よろしくお願いします。俺はアイクと言います」

「助手のリリです! あと、アイクさんの上に乗っているのがポチです」

 冒険ギルドの応接室にて、俺はガリアを通してハンスという男から個人的な依頼を頼まれている最中だった。

 ハンスは所作が行き届いているような礼を一つすると、まっすぐにこちらを見ながら言葉を続けた。

「ワルド王国のことは知っていますか?」

「え、はい。ワルド王国って、隣国のことですよね?」

確か、ずっとギリギリの状態で均衡を保っている隣国という認識だ。

隣国同士で条約を結んでいるはずなのだが、俺達一般人が知らない水面下で争っているという噂もある。

というか、ワルド王国の噂であまり良い噂を聞かない。

 いや、今はそんなことよりも現状を受け入れた方が良いか。

なんで急に隣国の話が出てくるのかと思ったが、どうやら、想像できる最悪の事態に足を突っ込んでしまったようだった。

「そうです。おそらく、裏で手を引いているのはワルド王国で間違いないかと思います。その中で、ワルド王国に潜伏していながら、我々を出し抜くほどの奇襲と実力のある盗賊団となると、それだけで限られてきます」

 ハンスは何かを思い出して悔やむように、微かに眉間に皺を寄せた。

 少し感情的になっているのか、言葉の節々から攫われた女性というのが見当つきそうになってしまう。

「盗賊集団『閃光の闇』。彼らの犯行で間違いはないと思っています。そして、その彼らの拠点もすでに割れています」

「拠点が割れている。……拠点が分かっているのに、攻め込めない理由があるということですか?」

「……おっしゃる通りです」

 場所が判明しているのに、自ら捜索に向かえない事情。

 他国であることも問題だが、それ以上に攻め込めない事情があるということなのだろう。

 そして、おそらく、それ以上のことは聞いてもまともな返答は返ってこないだろうな。
 
「攫われた女性は、他国が攫うほどの人物、という認識でいいんですよね?」

「ええ。歳はあなた方と同じくらいで、名前は……イリスと言います。そう言えば、すぐにあの方も分かるかと」

「偽名、ということですか?」

「……仮の名、ということにしておいていただきたい」

 名前を言うまでに少しの間があったので、そこを突いてみると案の定、偽名ときた。

 どうやら、偽名は偽名でもただの偽名ではないみたいだ。

 自らが攫われている状況で、俺たちが助けだとすぐに分かる意味を込めている偽名。『すぐにあの方も分かるかと』なんて言い方をされれば、そんな意味合いが込められていることくらいは安易に想像できる。

 そして、誘拐されたのが、こんな事態に陥ることも想定されているような人物だということも。

「距離もありますから、馬車はこちらで用意します。他にかかった費用ももちろん、全額負担いたします。救い出していただければ……報奨金以上の報酬を支払わせていただくかもしれません。また、他の条件ですがーー」

「いや、もう聞くのはこの辺までにしておきます。これ以上聞いたら、俺たちが捕まったときにマズいでしょうし」

 異常なくらいの羽振りの良さに、報奨金以上の報酬という言葉。

 すでに攫われた女性には見当がつきつつあるが、これ以上知ってしまうとプレッシャーに押しつぶされてしまう可能性がある。

 いや、すでに心臓の動きがおかしい気がするな。明らかに気のせいではない、おかしな動きをしている。

 もっと深く聞く前に依頼を引き受けてしまえば良かった。明らかに聞き過ぎてしまった。

もうここまで聞いてしまったら、これ以上先を聞いても聞かなくても同じようなものだしな。

ガリアがあれだけ真剣な顔になる時点で、察しておくべきだった。

「依頼に必要な情報だけでいいです。拠点の場所と、盗賊団の数と特徴。あとは、拠点の間取りとか分かる範囲で教えてください」

「引き受けてくださるということですか?」

「可能な限り協力します。どうやら、断ることはできなそうなので」

 ガリアの方にちらりと視線を向けると、ガリアが小さく頷いていた。

 すでに片足どころか、下半身くらい突っ込んでしまったこの状態で、トンズラなんかこけるわけがない。

 それに、予想が正しければ結構な一大事だ。これを見逃すわけにはいかないだろう。

 冒険者としても、この国に住む者としても。

 こうして、俺たちはギルド長のガリアから、直接二度目の依頼を引き受けることになったのだった。

 俺は予想が外れていることを祈りながら、ハンスが語り始めた盗賊団の情報に耳を傾けた。