「えっと、それでは、『道化師の集い』のA級昇格、並びに俺とリリの冒険者ランクA級昇格を祝って、乾杯」

「「「「乾杯!」」」」

 俺たちは屋敷で冒険者ランクとパーティランクの昇進祝いを行っていた。

 ちょうど、魔物肉の卸しの方にも進展があったとのことだったので、イーナとバングもやってきて、そこには酒好きのミリアも合流していた。

 以前と同じメンツでの飲み会になり、テーブルにはリリが作った食事が並んでいた。

 タルト山脈で討伐した魔物肉を使った肉料理の数々。バリエーションが多く、パイまで焼かれていたのには驚いた。

 俺も含めてリリの料理に生唾を呑み込んで、乾杯の合図の後にすぐに料理を食べ始めた。

「それにしても、三段階も一気に上がるもんなんだな。聞いた時は驚いたけど、ワイバーンを倒してくれば当然か」

「いや、ワイバーンを倒したのは俺とリリの力だけじゃないし、いいのかなってのはあるんですけどね」

 俺がちらりとワイバーンを弱らさえていてくれた立役者に視線を送ると、ポチはその視線に気づかないくらい、リリが過熱してくれた魔物肉を必死に食べていた。

 どうやら、ポチには俺たちとは違う、薄味の味付けになっている料理が置かれていた。

 体の小ささに見合わないくらいに、良い食べっぷりだった。

「いいんですよ。むしろ、ステータスだけで考えれば、もっと早くA級になってもおかしくなかったんですから」

 ミリアはようやく肩の荷が下りたとでも言いたげに、お酒を呷っていた。

「そうだ、アイクくん。忘れないうちに、報告しておくわね」

 イーナはそう言うと、リリが作った料理を呑み込んだ後、思い出したように口を開いた。

「魔物肉の販売ルートはある程度確保したから、本格的に売っていこうと思うの。それで、とりあえず、魔物肉をまとめてアイク君から買って行こうと思って、王都に来たんだけど」

「さっきアイクが持ってきた大量の魔物あったろ? あれをイーナの方にそのまま回そうと思うんだけど、どうだろうか?」

 俺達がワイバーンを調査しにタルト山脈に向かった時、多くの魔物を討伐してきた。

 それら全てをアイテムボックスに収納してきて、バングの所に持っていったのだが、数日に分けてまた持ってきてくれと言われるほどの数だった。

 その魔物肉をそのままイーナの方に回してくれるのなら、そっちの方が俺も楽だろう。

 どうやら、イーナとバングの間ですでに話が進んでいるらしいし、商売のことはこの二人に投げてしまった方が良いだろう。

「じゃあ、それでお願いしようかな」

「了解した。買い取り価格は、これまでの大体三倍くらいだと思ってくれていいからな」

「さ、三倍?!」

「とりあえず、一律で三倍くらいってこと。それこそ、希少性が高くて美味しい魔物だったら、もっと高く買い取るから、じゃんじゃん持ってきてくれると嬉しいな」

 イーナは得意げな笑みを浮かべながらそんなことを口にした。

 どうやら、イーナも俺たちが知らない所で結構頑張っていてくれていたようだった。

 今までの魔物の買い取り額だけでもずいぶん稼いでいたのに、これからはその三倍以上の値段で買い取ってくれるのか。

 それも、希少な魔物ならそれ以上の価格。

「マジで変なクエスト受けてる場合じゃないな……」

「あ、アイクさん! ちゃんとクエストも受けてくださいね! ちゃんとしっかりとしたクエストもありますから!」

 俺が本気でクエストを受けることがなくなることを心配したのか、ミリアが食い気味に体をずいっと近づけながら、そんな反応をしてきた。

「受ける、受けるって! 安心してくれ」

 確かに、A級に昇格するなりクエストを受けなくなるとか訳分からないもんな。

 それこそ、管理不足を指摘されるだろう。

 冒険達ギルドを立てるという意味でも、少しずつクエストを受けるようにした方がいいかもしれない。

 ……単純に、プラスで報酬がもらえるのならそうしておいた方がいいだろうしな。

「アイクはこれからどうするんだ?」

 なんでもない話をするように、バングはお酒を一口飲むとそんなことを口にした。

 そう言われて、俺は少し頭の中で考えてみたが、特にすぐにやるべきことは思い当たらなかった。

「とりあえず、レベル上げになると思うな。あとは、ポチの力とかも把握しないとだし、適当な魔物討伐って感じかな」

「ああ。そういえば、フェンリルだったんだってな」

 事情を知っているバングはそう言いながら、床の上に置かれている魔物肉を食べているポチにちらりと視線を向けた。

 バングはポチと少し目が合うと、嬉しそうに口元を緩めていた。

 やっぱり、バングでもそんな顔になるよな。小型犬に癒されたみたいな感じになるのは、別に俺だけじゃないよな?

「フェンリルなんて、よく見つけましたよね。……迷いフェンリルとかでしょうか」

「迷いフェンリル?」

 ミリアがそんなポチとバングを眺めながら、ぽつりとそんな言葉を口にした。聞き慣れない言葉だったので聞き返すと、ミリアはお酒の入ったグラスをそのままに言葉を続けた。

「その名前の通り、親とはぐれちゃった子のことですね。それか、成長が遅くて、その、親と離れなければならない状況になったとか、ですかね」

「そんなフェンリルがいるのか」

 確かに、フェンリルが普通の魔物と混ざって一緒にいるのには、少し違和感を覚えていた。

どこかで親とはぐれたのか、はたまた、成長が遅いから置いていかれてしまったのか。

 後者はあまり想像したくはないが、この体の小ささを見ると、後者の方が当てはまるような気もしてくる。

「ポチは親の元に帰りたいか?」

「わんっ!」

 ポチは俺の言葉に対して、まるで悲しさを微塵も感じていない声で反応していた。

 自分がどんな状況に置かれていたのかも気にしていないような佇まい。そんな心強い姿勢を見せられて、俺は思わず頬を緩めてしまっていた。

「ポチを置いていったなら、そいつらのことを見返すくらいに強くなろうな」

 俺に体をこすりつけて甘えてくる様子を見ながら、俺は少しだけ先の目標を見つけたような気がした。

 それからただ酒を飲んで、リリの料理を食べて、夜遅くまでくだらないことを語り合ったりした。

 今まで縁がなかった冒険達らしい夜。それを最近になって過ごせているような気がした。

 そんな俺の様子見て、優しい笑みを向けていたリリの視線に少し照れながら、俺はそっと視線を逸らした。

 ……事情を深くまで知られているというのは、時として結構恥ずかしくもある。

 俺はそんなことを心の中でそっと思ったのだった。