「……でかいな」

「ですね」

 俺たちはガルドの鍛冶場で数日間武器の作り方を教わり、再び馬車に乗って王都ミノラルに戻って来ていた。

 そして、俺たちが最初に向かったのはガルドからもらった屋敷だった。

 クリーム色と茶色を混ぜたような色の壁に、深緑色をした屋根。その隣には小さな鍛冶場が別で建てられており、そのどちらもまだ新しい。

 ミノラルの栄えている通りから少し離れていて、暮らしていくにはちょうど良い静けさがある場所に屋敷は建っていた。

下手に中心部にあるよりも落ち着いて暮らせるし、長く暮らすならこのくらいの場所の方がいいだろう。

 大きさ的にはガルドの鍛冶場にあった屋敷と同じくらいの物だった。ガルド曰く、部屋は十個ぐらいあるとの話だ。

 絶対に部屋は余るに決まっているのだが、余っている部屋は使わなければ問題はないだろう。

「とりあえず、部屋の探索をするか」

「はい、ぜひ!」

 リリは探索という言葉に反応したのか、何やらテンションを上げていた。

 そんなリリの反応に少し笑いながら、俺はガルドの屋敷の鍵を開けて、屋敷の中に足を踏み入れた。

 一階は玄関とキッチンと客間。そして、公衆浴場のような風呂場などが完備されていた。あとは物置部屋など数個の部屋があった。

 リリに急かされるように二階に行くと、二階には宿のように仕切られた部屋が並んでいた。

来客用なのか、もともと弟子のための部屋だったのか分からないが、一部屋で二人くらいが暮らしても問題がないような広さの部屋が並んでいた。部屋の中はベッドと机と椅子、タンスやクローゼットなどが一つずつ完備されていた。

 その並びの一番奥に、一つ部屋だけ少し広めの作りになっている部屋があった。他の部屋よりも一回りは大きいだろう。

 どうやら、ベッドのサイズもこの部屋だけ大きいみたいだ。二人寝ても余裕があるくらいのベッドの大きさだ。

 大きさから見て、ここが家主の部屋なのだろう。

「使う部屋のシーツだけ洗っちゃいましょうか」

 その部屋をリリと一緒に眺めていると、窓から外の景色を確認したリリがそんなことを口にした。

 まだ日も出てる時間帯だし、今のうちにシーツを洗って乾かせば夜には使えるだろう。

「ああ、そうだな。俺も手伝うよ。リリは自分の部屋をどこにするか決めたのか?」

「そうですね。……この部屋のベッドって、他の部屋のベッドよりも大きいですよね」

 リリはそう言うと、ちらりとすぐ横にあったベッドに視線を向けた。その視線と言葉回し的に、何を考えているのか大体の察しはついた。

「そうだな。そして、それ以上にこの屋敷にはベッドがたくさん余ってるな」

「アイクさん。……私、助手ですよ?」

「助手とか関係ないだろ。ていうか、これだけ部屋があるのに相部屋とか普通にもったいないだろ。寝るまでリビングで一緒にいれば、別にどの部屋で寝ても関係ないんじゃないか?」

 部屋で一人で籠ってもやることなんかないだろう。そんな軽いつもりで言ったのだが、リリは思っていなかったことを言われたのか、少しだけきょとんとしていた。

「え? あ、そうですよね。はい、そのとおりだと思います」

 それから我に返ったようにそんなことを言ったリリの頬は、微かに赤く染まっていた気がした。

リリは何かを隠すように耳に髪をかけると、その耳の赤さを誤魔化すように部屋をあとにしようと扉に手をかけた。

「じゃあ、私は隣の部屋にします。シーツを持って庭で洗濯しましょう」

 そこでふと、リリの腰に下げている短剣が目に入った。初心者用として冒険者ギルドから借りている短剣とは異なる短剣。

「リリ。本当に短剣それでよかったのか?」

「はい、私はこっちがいいです」

 新しくリリの腰にぶら下げてある短剣は、俺がずっと使っていた短剣だった。

 せっかくガルドから短剣を貰ったというのに、リリは俺にその貰った短剣を使ってくれと言ってきた。

その代わり、俺の短剣を使わせて欲しいと言われた時は驚いた。

格安で買った業物でもないただの短剣。リリが俺に気を遣ってくれているのかと思ったが、ガルドから短剣を貰った時よりも、俺の短剣を貰った時の方が嬉しそうだった。

「何度も言うけど、それ安物だぞ?」

「値段とかは関係ありません。アイクさんが使ってたものがいいんです」

 リリは腰にぶら下げたそれを俺に見せびらかせるように見せると、屈託のない笑みを浮かべていた。

「凄い助手感あります」

 リリは自慢するほどの物でもないのに、そんなぼろくて安い短剣を誇っているようだった。

 そんな子供のような表情をするリリを見て、俺は笑いながら言葉を続けた。

「じゃあ、リリの短剣は俺が作ってあげようか?」

「え?! いいんですか?!」

 想像以上の食いつきに少し驚かされ、俺はリリの期待の眼差しから避けるようにしながら言葉を続けた。

「お、おうっ。素人が作ったものだから、物としては良くないものができると思うけどーー」

「楽しみにしてますね、アイクさん!!」

 心から喜ぶように顔をほころばせるリリの表情を見て、俺はそれ以上先の言葉をそっと呑み込んだ。

 物の良し悪しなんかよりも、俺に作ってもらえること自体が嬉しいのだろう。そんなことをその表情から読み取った。

 S級のパーティを抜けてどうなるかと思ったが、結果としてジョブが進化してユニークスキルを手に入れて、助手と屋敷を手に入れた。

 きっと、これから先は今以上に色んなものに触れて、多くの物を手にするのだろう。

 そう思うと、どうしてもパーティを抜けて良かったと思ってしまうのだった。