「S級?! な、なんでS級冒険者がこんな所にいるんですか?」

 目の前で釣りをしているおじさんがS級冒険者だった。

 そんな衝撃の事実を前に驚きを隠せるはずがなく、俺は声を裏返しながらそんな言葉を漏らしていた。

「なんでって言われてもな。……そういう君は、A級冒険者らしいじゃないか。君は何でこんな所にいるんだ?」

 ルーロは俺の質問に対して首を傾げながら、そんな言葉を口にした。

……なぜ、こちらがそんな不思議そうな顔をされるのか。

「俺はこっちに屋敷を貰ったので、その確認と知り合いに頼まれて魚を採取とかに」

「ふむ。思ったよりも多忙みたいだな。冒険者にしてはあまりフラフラしていないんだな」

 ルーロは不思議そうにそんな言葉を漏らすと、新しい餌をつけようとしていた手をぴたりと止めた。

 腰を下ろした姿勢でじっとこちらを覗き込んだまま、ルーロは言葉を続けた。

「君はS級冒険者になったら、何をしたい?」

「突然ですね……」

 中々俺の問いに答えようとしないのが引っかかるが、俺の返答の先にその解答があるということだろうか。

 俺は少し考えた後、パッと思いついた考えをそのまま口にした。

「えっと、ある程度クエストを受けてお金を貯めたら、田舎でゆっくり過ごすのもいいですね。それこそ、好きな時にだけ狩りをして食材を採取して、ゆっくりと生きていきたいです」

「ははっ、気が合う少年だな。私も同じ考えだ。まさに、私がその最中という訳だな」

 ルーロは破顔させたような笑みを浮かべて、大きな笑い声をあげていた。

 つまり、ルーロはすでに余生を生きる道に入っているということだろう。

ある程度お金を稼いだ先の未来として、少し田舎の町で釣りをして過ごすというのは中々羨ましい。

 一生分稼いだら、そんな隠居生活をするのは誰でも憧れるだろう。

「私がここにいる理由は分かったかな? ふむ。今日の分は十分に釣ったし、後は明日にするとするか」

 ルーロはバケツに入った魚の漁を確認してから、釣具屋一式を片付け始めた。その途中でこちらに目を向けると、ルーロは笑みを浮かべたまま言葉を続けた。

「君が良ければ、今から修行に付き合ってあげてもいいが、どうする?」

「え、いいんですか?」

 S級冒険者に修行をしてもらえる。そんな提案は魅力的だが、なぜ初対面の人間にそこまでのことをしてくれるのか。

 リリの向かった島が危険だということを知らせるくらいは、親切心で片付けることができる。

 しかし、修行をつけてくれるというのは、ただの親切心だけでは片づけられないだろう。

「もちろんだ。リリというお嬢さんから聞いたよ、君は面白いジョブらしいじゃないか」

「『道化師』っていうジョブですね。あと、スキルも【道化師】っていうのがあります」

「ほぅ、ますます興味が湧いたな」

 ルーロはそんな言葉を口にすると、俺の瞳の奥を覗き込むような視線を向けてきた。ただ純粋な好奇心を向けられて、俺は微かに怯んでしまっていた。

「そう身構えないでくれ。ただ君のジョブに興味があるだけだ」

「……興味があるから、修行をしてくれるってことですか?」

「全くその通りだよ。ここの生活で刺激的なことなんて、たまに大きな魚が釣れるくらいしかないんだよ。だから、君みたいに面白い人を見ると、少し興奮さえ覚える」

 にかっと口元を緩めた笑みから、その言葉に偽りがないような気がした。

 ……嘘を言っているようには見えないな。

 つまり、ただの興味本位。自分の興味を満たすために、修行を提供してくれたというのか。

 ただの興味本位、十分じゃないか。

 S級冒険者が興味を抱いてくれたというラッキーな状況。それに乗らないなんて選択肢があるはずがない。

「修行、お願いしてもいいですか?」

「もちろんだ。歓迎するよ」

 こうして、俺はルーロというS級冒険者と共に修業をすることになったのだった。

 今後、リリ達にみっともない姿を見せないで済むように、リリ達のことを守れるくらい強くなるために。

 そんなことを胸に抱いて、俺の修業は始まるのだった。