その出来事が起こったのは、私が高校二年生の時だった。

 七月に入ったばかりの、むし暑い日だった。謎の白いタマゴがふたつ、小さな箱に詰められ、私の部屋のど真ん中にどどんと置いてあった。

 大きさはニワトリのタマゴぐらい。でもタマゴみたいに簡単には割れなさそうで、丈夫な感じ。

「これは何だろう」

 箱の底で小さく折りたたまれていた説明書にはこう書いてあった。

『ひとつはあなたが持っていてください。そしてもうひとつは恋人、家族、友達……誰でも良いです。その方に、このタマゴをお渡しください。一年後、産まれてくるものにより、ペアのタマゴを渡した相手に対してあなたはどんなイメージを持っているのか分かるでしょう。相手とどんな関係になりたいのかも。すなわち、相手もあなたのことをどう思っているのか、どんな関係になりたいのかが分かります。育てかたは自由で……』

 何これ――?
 
 人間の心なんて複雑すぎだ。
「好き」って言いながら、そうではなかったり、笑顔で話していても内心イラッとしていたり。タマゴひとつで分かってしまうなら苦労しないけれど、相手の気持ちをはっきり分かってしまってもなんだか怖い。
 相手のことをどう思っているかなんて……。



 タマゴを見つめていると、ひとり試したい人が思い浮かんできた。

 今年八十歳になるおばあちゃん。
 
 私は両親とおばあちゃん、四人で築四十年の一軒家に暮らしていた。おばあちゃんはあまり部屋から出てこない。話しかけても返事をするだけで会話もあんまりしない。

 おばあちゃんは私のこと、どう思っているのだろう。ちなみに私はおばあちゃんのこと、ふわふわした雰囲気で静かな妖精みたいで可愛いなぁと思っている。

 どうしようかなと迷っているうちに、二日経った。

 タマゴを渡してみようかな? 

 でも渡す時、なんて言えばいいんだろう。普段あまり話をしないから、いきなりお願いをするのは少し気が引ける。


 結論は出ないまま。とりあえず学校から帰り、セーラー服から私服に着替えるとおばあちゃんの部屋に向かった。




 部屋のドアは開いていた。
 おばあちゃんは窓側を向き、敷かれた布団の上に座りながら太陽の光とエアコンの風を静かに浴びていた。部屋の中で動いているのはテレビの中で事件を解決している刑事さん役の人達だけだ。

「おばあちゃん!」

 そう言うとおばあちゃんはふわり振り向き、首を傾げた。

「おばあちゃんあのね、お願いがあるんだけど、このタマゴを一年間持っていて欲しいの」
「一年間?」
「そう、ただ持っていてくれるだけでいいから」
「うん、分かったよ」

 おばあちゃんは理由など訊かないで私のお願いを聞き入れてくれた。
 それから私は、相変わらず自ら進んで話しかけることは出来なかったけれど、おばあちゃんの部屋を以前よりも多く覗くようになった。

 お仏壇の上にタマゴはあった。
 毎日違う色の、シワひとつないハンカチがかけられていた。

ちなみに私のタマゴは部屋の机の上に置いてある。羊毛フェルトで花を作った時に余ったピンク色の羊毛の上にふわっと乗せて。



 一年後。

 最初は毎日気にしていたけれど、最後辺りはあんまり気にしなくなり、気がついたら一年経っていた感じだった。

 休日部屋のベッドでごろんとしながらスマホをいじっていると、ガサガサ音が聞こえた。

「ピギャーッ!」

 突然、聞いた事のない音が。
 音のする方向を見ると、真っ白でわたあめみたいな丸い生物がいた。顔つきは鳥みたいな感じだけど、羽も足も見えない。手のひらサイズぐらいに小さくて凄く可愛い。

 この子が私が思っているおばあちゃんのイメージなのか……。

 可愛いけれど得体の知れない生物だったから怖さも感じ、離れて見つめていたら、部屋からそそくさと出ていった。




 ひっそりついていくとその生物はおばあちゃんの部屋の中に入っていった。

 んっ? 全く同じ生物がもう一匹いる。

 二匹はくっついた。

 おばあちゃんはただじっとその生物達を見つめている。

 とても仲が良さそう。私もおばあちゃんも、お互いに同じ可愛いイメージを持っていて、本当は仲良くしたかったのかな? 私は、この時までおばあちゃんはそんなに私と話をしたくないのかな?って思っていた。

 それからふたりと二匹は、おばあちゃんの部屋に集まるようになった。

おばあちゃんの話は知識が豊富で、話を聞くのが楽しかった。時には編み物も教えてくれたりした。

 おばあちゃんの部屋はとても居心地が良かった。
 そして最近、おばあちゃんの笑顔も増えた。

作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

表紙を見る
僕に依存してほしい。【ピュアBL短編】

総文字数/25,557

青春・恋愛9ページ

本棚に入れる
表紙を見る
【ピュアBL】キミと羊毛フェルト、そしてぬい活。

総文字数/30,222

青春・恋愛46ページ

本棚に入れる
表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア