レインは必死に思い返す。
自分はただの使用人で、たまたま風で吹き飛ばされた女公爵様の帽子を拾っただけなのだと。
バランスを崩して噴水に落ちてびしょ濡れになった帽子を濡らさず持ち主の元へ返しただけの筈。
感謝の言葉を得るだけだろうとレインは思っていた。
だが、助けた相手から告げられた言葉は全てを一変させた。それはレインも想像していなかった宣言だった。
まずは、秘密にしていたはずのギフトの所有。レインにとっても、そして、カイリにとっても良い話。
レインは必死に頭をフルに回転させて何を言われるか予想するがピンとくるものが見当たらない。
焦っているレインをよそに、カイリは話を進めてゆく。

「貴方が見えないところで調べさせてもらったの。ここに来るまでに貴方の身に起きたことを全部ね」
「(そんな事いつの間に…!!)で、でも、なんで俺のことなんか調べるんですか?俺のことなんか調べたって何もなりませんよ?寧ろ、時間の無駄なんじゃ…」
「何言っているの。全然時間の無駄ではないわ。とても必要なことだったもの。いろいろ知れたし、これで心置きなく貴方に言える」
「言える?一体何を」

カイリは再びレインに向けて意地悪そうな笑顔を向ける。レインは変に身構えた。

「言ったでしょ?私と同じギフトを持つ貴方にとって打ってつけの話だって……貴方も聞こえているんでしょう?この男の声が」

カイリは首から下げていたネックレスを外し机の上に置く。いつも肌身離さず身に付けていた月夜の宝石だ。
レインは困惑しながら月夜の宝石を見つめる。

「声…?」
「ギフトを持つものは宝石の声を聞くことができる。神様が与えてくれた共通の異能と言ってもいいかしら。さっきもずっと聞こえてたはずよ。あんま口には出したくない言葉ばかりだったけれど」
(つまり、これ以上誤魔化したって無駄ってことかよ。腹括るか…)

レインは、全てを諦めはぁっと自分を落ち着かせる様に短くため息を吐き、開き直った気持ちでカイリを見た。
自分の情報を得たと言うことは、きっとガイアが突然いなくなったのも彼女が関わっているのだと悟った。
もう逃げられないなら、徹底的に利用してやろうとさえ思えた。カイリが言う打ってつけの話がレインにとって有利なものになる場合ならだが。

「お嬢様の言う通り、ずっとその黒い宝石の声聞きながらあの場にいましたし、相当あの御曹司のことを軽蔑してて引きました」
「ああいう融通がきかない人間にはいつもこうなのよ。まぁ、ずっとそういう家族たちを見てきたから仕方がないのだけれど」
(ずっと見てきたってことは先代から受け継いできたってことか)
「ガイアから聞いたと思うけど、コレが私が月夜の宝石と呼ばれる由縁にもなった宝石。マリアネル家の家宝でとても特別な宝石なの」
「…そうなんですか。でも、それと俺に何の関係があるんですか?声が聞こえるぐらいしか共通点がない気がするんですけど?」

訝しげなレインはカイリに目の前の月夜の宝石を自分の前に出した意味を探ろうとする。

「すぐに分かるわよ。その宝石に貴方が触れればね」
「え?俺が触れればって…」
「その答えが知りたいなら月夜の宝石に触れて。貴方の人生を変えたいなら」

傷ひとつない月夜の宝石が天井のシャンデリアの光で反射している。まるで早く触れろと訴えてきている様に見えて仕方がなかった。
こんな神秘な光を放つ宝石に、レインは身分が低い自分が触れてしまっていいのかと躊躇してしまった。

(どうしよう。幾ら触れって言われても汚したりしたら…)

さっきまで治っていたはずの緊張が再び全身に湧き上がる。
レインは本当にいいのかと目で訴える。カイリは微笑みながらこくりと頷いた。

(こ、こんなに高価なやつを、しかもマリアネルの家宝を手袋無しに触るなんて。どうしよう弁償しろとか言われたら…でも…)

だからと言っていつまでも躊躇していられない。
レインは、覚悟を決めてゆっくりと月夜の宝石に手を伸ばした。
晴れるか触れないかのところで一瞬だけ手を止めてしまったが、目をギュッと瞑り今度こそ宝石に触れた。宝石の感触が手に伝わると同時にそっと目を開ける。その時だった。

「え、何?!うわぁ!!!」

黒曜石の様な宝石がレインが触れた途端、眩い白い光が放たれる。とても神々しい美しい光。
まるでレインに触れられるのを待っていたかの様なその光はカイリに希望を与えた。

(ナイトの言う通りだった。そして、私の想いも間違っていなかった。やっぱり彼だったのね。彼が私の運命の番。私の夫になる人)

カイリの想いとは対照的に、レインは突然の宝石の異変に驚愕していた。

(何?!何何何?!!なんで急に光ったの?!!俺なにしちゃったの?!!!)

何故、漆黒の色だった月夜の宝石が満月の様に白く輝いたのかレインはまだ知らない。驚愕して慌てふためくのも無理もないだろう。
触れていた宝石から慌てて手を離した。光は止んだが、宝石の色は白いままだ。
レインはある程度自分を落ち着かせてからカイリに問い詰めた。

「今のは何なんですか?!!きゅ、急に宝石が光って…」

取り乱すレインに近づいたカイリは、あの噴水の時の様に再び彼を抱きしめた。彼を落ち着かせる為でもあったが、それよりも愛おしい気持ちが勝り、絶対に離さない、誰にも彼を渡さないという独占欲が彼女を動かしていた。
カイリに抱きしめられたことによりレインは更に混乱してしまった。

(ひぇ〜〜!!!なんでぇ〜〜?!!!)

カイリを突き飛ばすわけにもいかず、どうしようか困惑したレインだったが僅かに残った平常心を使って一旦落ち着こうと試みる。

(だ、ダメだ。ここは一旦落ち着かなきゃ…!!正直、今すぐにでも叫んで逃げたいぐらいだけどココは落ち着いて冷静になるんだ…!!!)
「レイン」
「へ?はい!?な、何でしょう?」

カイリの声でレインはようやく我に帰れた。一瞬情けない声が出たが気にしない様にした。

「驚かせてしまって申し訳ないわ。貴方に教えておけばよかったわね。月夜の宝石の特別な秘密を」
「秘密?あの宝石の?」
「ええ。月夜の宝石はある一種の探知機。所有者にとって大事なモノを見つけ出してくれる特別な宝石なの」
「その大事なモノって一体…」

カイリはそっとレインから離れ、そっと彼の頰に触れる。まるで大事なモノを壊さない様に大事に触れ、愛おしむ目で彼の瞳を見つめる。
レインは恥ずかしさ思わず顔を赤らめてしまう。自分の頬を触れているカイリの手を払い除ける気にはならなかった。彼女の愛おしげな目から逸らすこともできなかった。

「お嬢…さ…ま…?」
「月夜の宝石を新月の夜から満月の白色(はくしょく)に変えられる者。それができるのは所有者の"運命の番"となる者のみ」
「運命の番…?」
「私の伴侶になる者にしか反応しないのよ。つまり貴方のことよ。レイン。貴方は私の夫になるのよ」
「……へ?」

あまりに突然のことでレインの思考が止まる。
ようやく月夜の宝石が呟いた運命の番の意味を知ることができたが、それと同時にすぐには受け入れられない事態が起きてしまった。
カイリは呆気に取られているレインの両方の手を優しく握った。
そして、決意した目付きで彼を見て告げた。

「レイン・バスラ。私の運命の人、私の希望の光となる人。そして、私と同じギフトを与えられた人。私は貴方という人を心の底から好きになりました。きっと宝石の導きがなくても私は貴方を是が非でも探し出していたわ」
(待って)
「ようやく人生を共にしたいと思える人が貴方だった。ずっと暗闇だった世界に光を差してくれたの。そんな貴方を手放したくない。だから…」
(これって)


「私と結婚していただけませんか?」


一世一代の人生を賭けたプロポーズ。
男性から告げられるのが主流になっているがレインが受けたのは逆のもの。
身分の低いレインを騙して悲しませたいという気持ちなど一切ない真剣なプロポーズだった。
両手に伝わるカイリの手の温かさと少し潤んだ目が応えを引き出そうとする。
突然の求婚にレインは、当然だがすぐには応えを出すことができなかった。

「そんな、そんな急に結婚してくれって言われても困ります!幾らその宝石が俺を運命の番に選んだとしても!!」
「どうして?」
「だって、俺はここの使用人で平民。身分が違い過ぎる!!それに…」
「それに?」
「……きっと後悔するから。マグア人である俺と結婚なんかしたら絶対に貴女は後悔する。だから…」

レインのビジョンにはカイリが差別と好奇の目に晒されて傷つけられる未来しか見えず、とても幸福な未来になるとは到底思えなかった。
運命の番に選ばれた自分よりもっと彼女には相応しい人がいる。
彼女がレインに告げたプロポーズに偽りはなかった。そんな彼女を悲しませたくない一心だった。
このまま身を引いた方が彼女の幸せになるのだとレインは考えていた。

「ごめんなさい。貴女の期待には応えることはできない。きっとすぐに良い人が現れて…」
「もう現れてるわよ。目の前にいるじゃない」
(ん?)

だが、それだけで諦める女ではないことをレインは知る由もなかった。
レインが想定していた応えはまるっきり否定される。
心の底から好きになったモノは死んでも離そうとしない。それがカイリ・マリアネルという女。


(え…?ん?んんん?ちょっと、いや待って。ホント待って。諦めてくれる筈じゃ…)
「私がそう簡単に諦めると思った?言ったでしょ?打ってつけの話があるって。逃がさないから。あとでもう一度聞くわね?」


逃がさないというパワーワードと鬼の様な圧がレインを顔面蒼白にさせる。カイリはそんな彼対してニヤリと不敵に笑っていた。



「愛しているわ。"私の可愛いアガパンサス"」