ラクサに向かう船の中。
初めての船旅はどれも未知なものばかりで、レインには刺激的だった。
船酔いもその一つだが、荒れた海の中を大きな揺れを感じながら渡った事も印象的だった。

(怖かったけど、なんかワクワクはしたわな。初めだけは)

ラクサまで後どれくらいだろうと思いながら海を眺め続けた船旅だった。自分をここまで連れてきてくれたガイアはずっと寝ずっぱりの状態だった。

(慣れてるのか知らんが、よくあんな荒波の中を寝れたな…逆に尊敬するわ)
「ふにゃあ……それはまたたびです…」
(なんつー夢を見とるんだ。この人は)

ガイアの変わった寝言に少し恐怖を覚えたレインはそれを忘れようと小窓から再び海を眺める。
ふと、夢というキーワードである言葉を思い出した。

《私の可愛いレイン。私の可愛いアガパンサス。誰よりも幸せになってね》

その優しい言葉を囁いてくれたのはこの世にはいない母親の声。

《神様から授かった贈り物はきっと貴方を導いてくれるからね。愛しているわ。私の愛しい可愛い子》

愛する我が子の幸せを願った言葉。その言葉達は度々レインの夢の中に現れ、心身が傷ついた彼の支えにもなっていた。
だが、母親の願いとは反対の人生を歩んでいる現状にレインはどこか情けなさを感じていた。

(幸せどころか、仕事場を転々として、雇い主にボコられたり差別されたりで、とてもじゃないけど幸せな人生を歩んでるとは言えないよな…ハハ…)

とても母親に顔向けできないとはぁーっと深くため息をついてしまう。
マグアからの脱出という意味と、なんとかこの現状を変えたい一心でここまで来たが新天地で今度こそ幸せになれるかはまだ分からない。
ガイアという自称・奴隷商人という少し胡散臭い男の話についてきてしまったのは自分が決めた事だからと無理矢理不安と恐怖を忘れようとする。
それと同時にラクサという未知なる土地に希望を抱いているのも嘘ではなかった。
身勝手な理由でマグアから追放され、自分は一生マグアから出ることはないだろうと思っていた彼にとっては最大の転機が訪れたと言っても過言ではなかった。

(使用人の仕事はずっとしてきたから慣れてるし、まぁなんとかなるっしょ?採用されなくてもせめてまずは住む場所だけでも確保したい)

現実的な事もしっかりと考えながらラクサに思いを馳せていると背後からう〜んっという寝起き声が聞こえてきた。

「おはよ〜もう着いた?」

呑気に起きてきたガイアに拍子抜けしてしまう。

「…おはようございます。もう少しみたいですよ?こんなに激しく揺れてたのによく寝れますね。すごいと言うしか」
「いや〜♪僕ってさ結構各地を飛び回ってたりしてるから慣れちゃったと思うんだぁ♪どうしても船乗ると爆睡しちゃうんだよねぇ〜そう…あれだよ…ゆりかご的な…」
(本当中の人奴隷商人なのか?とてもそうに見えないけど)

自称が付いているのもあって今だにガイアのことを信じきれずにいる。だからといって彼についてこなければここまで動けなかっただろうと思う気持ちもあった。

(騙されて娼館とかに売り飛ばされそうに秒で殴って逃げよう)
「大丈夫だよレインちゃぁん♪大事なギフト所有者の君を下品な所に売り飛ばしたりしないからぁ♪」
「え」

思っていた事をまるで読んでいたかの様なガイアの台詞にレインは少し驚愕する。これ以上不安になる様な事を口や心の中でにあまりしないようにしなければと思ってしまった。
そうこうしている内に船はラクサの港町に近づいてゆく。

「俺の雇い主になるかもしれない人ってどんな人?」
「年は君と同じぐらいで髪の毛が凄く綺麗な美人さん」
「いや、見た目じゃなくて中身中身」
「あ〜性格的なのね。んとね〜誠実で仕事に関してはピカイチ。身分関係なしに接してくれる人かな」
「へぇ〜」

う〜んっと少し困った様に何か隠してそうな顔をして少し沈黙したがすぐに口を開いた。

「まぁ…好きになったらとことん愛する人。大事な人を傷つける様な輩を一撃必殺。病院送り必須的な…」
「へ、へぇ〜(なんだそりゃ)」
「後はね〜、ちゃんとギフトを分け隔てなく発揮してくれてるところかな。一言で言えば、高圧的なところもあるけどとても優しくて有能ってことだよ!大丈夫大丈夫」
(なんかいろいろ端折られた)

結局、ガイアから聞けた公爵の情報はふわふわとしたものであまり当てにできそうになかった。ただ、分け隔てなくギフトを使っているという情報だけでも聞けてよかったとレインは感じていた。

(俺みたいな記憶の異能って感じじゃない。分け隔てなくって事だから体を治す的なのか?)
「流石、月夜の宝石に愛された人と呼ばれてもおかしくないの。彼女。まぁ、会ってみれば分かるって。あ、そろそろだね」

話している内に船はようやくラクサに辿り着く。その証が鐘として船内に響き渡る。
レインの新しい人生の始まりの一歩とも言えるだろう。

「その人、俺の様な人を見ていろいろ決めつける人じゃないですよね?分け隔てなくとか言ってますけど?」
「カイリ・マリアネル女公爵は見た目で判断する様な愚かな貴族共とは違うよ。僕が保証する。…うぅ…あのさ、それよりお腹空かない?船降りたら何か食べよう?奢るからさぁ」

ぐうっとガイアのお腹から空腹の虫が鳴る。
キリッと真剣な眼差しで女公爵の事を信じて欲しいと告げたガイアだが、やはり空腹に勝てずすぐにいつものおちゃらけた彼に戻る。
レインもガイア程ではないが空腹だったのでその提案に賛成した。

(朝飯まだだったし)
「ラクサに良いカフェがあるからそこ行こう。確かお菓子系が結構美味しかったよ」
「いいですね。そこにしましょう」
「もしかしたらカイリお嬢様が来店してるかもだしね」
「え?」
「僕達がこれから行くカフェだけど、彼女のお気に入りのお店なんだよね。よく侍女と一緒に来るんだよ。特に今みたいな早朝にね」

タイミングが良かったら女公爵様の姿を拝めるかもしれないとガイアから告げられてレインは少し興味を持ったが、これも運によるからあまり期待はしない様にと釘を刺した。
空腹の方が優ってカフェで何を食べようかという考えですぐに薄れてゆく。
船の中ではあまり食べれなかった甘い物にするか、塩っぱい物にしようか、その2択で頭がいっぱいになった。

(新天地で食べる最初の飯だからちゃんとしたのにしよう…)

ガイアと共に港から少し離れた繁華街に着いたレインはマグアにはあまり無かった光景に目を輝かせていた。
ラクサ特有の文化を表した建物、音楽、そして、大勢の人が行き交う光景に目を離せなかった。マグアにはない何かキラキラとした美しさに満ち溢れていると実感する。
そして、レインは改めて自分が異国の地に足を踏み入れたのだ自覚していた。
そうこうしていると目的のカフェにようやく辿り着く。
ガイアはシックで店構えのカフェの扉をそっと開けた。カフェの中はまだ開店したばかりなのかまだ人は疎らだった。

「お!ラッキー!!まだ空いてるね!!早く座ろ〜」
「此処、そんなに人気なんですか?」
「めっちゃ人気だよ。地元民もよく来るけど、昼間とか観光客ですぐいっぱいになっちゃうから。狙い目はやっぱ朝だよねー」
「へぇ…」
「ここのお勧めはケーキ。普通の生クリームを使ったケーキも美味しいけど、特に人気なのはパンケーキ!!!」
(そういえば、店の前の看板にもそう書いてあったな)

レインは店前の看板に描かれていた蜂蜜がたっぷりかけられていたパンケーキのイラストを思い出しゴクリと喉を鳴らす。口の中が完璧にパンケーキになった。もう他の選択肢はない。
2人は席につき、席に置かれていたメニューを見る。

「なんか塩っぱいのが食べたいからハムチーズサンドイッチとコーヒーにするかな」
(あ、勧めておきながらパンケーキじゃないんだ)
「レインくんは?」
「えっと…俺は、パンケーキと紅茶でお願いします」
「パンケーキ結構甘いけど大丈夫?」
「俺、こう見えて甘党なんで全然平気ですよ。寧ろ食べたいです」

ガイアは少し驚いた様子でレインを見る。

「へぇ〜なんか意外。甘いのそんなに好きそうじゃなさそうなのに」
「よく言われます」

レインは見た目に反して結構甘い物に目がなかった。
亡くなった母親が作ってくれたおやつの影響で甘い物が好きになり、雇い主の残りからいただいたり、何か珍しいお菓子かあったら少ない給料の中で買っていた程だ。
マグアにもパンケーキに似た物はあるが、看板に描いてあるようなふわふわのパンケーキは初めてだった。
ガイアはウェイトレスを呼び、お互いに決めていた物を注文する。パンケーキは少し時間を頂くと確認されるが、食べたかったのとまだまだ時間はあるので快く了承した。
注文した物を復唱した後、少々お待ちくださいませと告げて離れてゆく。

「うーーん。ちょっと早過ぎたかな。カイリお嬢様まだ来てないみたい」
「まぁ…これも運ですから。それに毎日来るわけじゃないでしょ?」
「でもさぁ〜、マリアネル邸に行く前に一回会わせたかったからさぁ〜」
「どうせ後で会うかもなんで大丈夫ですよ。まさか俺がギフトを持ってるから先に会わせたかったとかですか?」
「それもあるけどぉ〜…」
(コイツやっぱり)

この男やっぱり何隠してるなっと思い問いただそうとするが、注文していたコーヒーと紅茶が運ばれてきた。
思いもよらないところからのはぐらかしでガイアはどこが安心した様子のまま、コーヒーにミルクだけ入れてかき混ぜ、レインは焦るな焦るなと落ち着かせる様に紅茶に角砂糖を二つ入れた。

「……どうせ、俺がギフト持ちだから先に会わせて多く金貰おうとか思ってるでしょ?」
「ん〜半分合ってるけど半分違うかな〜」
「は?じゃあなんで…」
「僕にもいろいろあるのさ。これは賭けなんだけどね」
「賭け?」
「あのお嬢様は幾ら公爵の爵位を持っていても女性ってだけで馬鹿にする。たとえギフトを持っていてもね。レインくんの様な平民を蔑む愚かな貴族の奴らにギャフンと言わせる様なことを起こしてやりたいわけ」

レインもマグアで味わってきた貴族からの差別を込めた危害は同士でもあり得るのだとガイアの方から語られる。

「本当の貴族は平民を導かなければいけない存在なのに欲に塗れた存在になっちゃって」
(その通り過ぎて何も言えない。でも、貴族でもないのにどうして…?貴族に恨みがあるのか?それかゲーム感覚でやってるかも?)

まだ、女性の地位は低い。例え最高位の爵位を持っていても、表では持て囃し、影では蔑み彼女らが進むはずの道を妨害する。
身分が違い、人種が違えばそれはさらに酷いものになる。レインは嫌でも心身に受け止めて生きてゆくしかなかった。
無実の罪で何度殺されかけても彼はもがき続けた結果今ここにいるのだろう。

「だから自称なんですか?なんか奴隷商人らしくないって思ったら」
「自称なのはまだまだ理由があるんだけど、それも一因ってことよ。もう少しここでの暮らしが慣れてきたら教えてあげるね」
「まだここで働けるかも分かんないでそんな…住み続けられるかも分からないのに」
「レインくんなら大丈夫!!マグアよりいろいろ理解あるところだし!!」

また大丈夫大丈夫だと楽観的な考えのガイアについていけないレインは運ばれてきた紅茶を飲み気持ちを落ち着かせる。

(ここの紅茶めっちゃうま…。コレに関しては生きてラクサに来て良かったって思う)

ダージリン特有の美味しさとあまり渋味がないおかげで飲みやすく、レインが2つ入れた角砂糖が程よい甘さを醸し出してる。不安だった気持ちを和らいでくれる味だった。
今度来た時はガイアが頼んだコーヒーを注文してみようと決めた。
そうしている内に、ガイアが頼んだハムチーズサンドイッチが先に運ばれてくる。ガイアは「先にごめんね〜」と言いながら先に食べ始めた。
その数分後にレインが頼んだパンケーキが運ばれてきた。
看板に描いてあったイラストよりもふっくらなパンケーキにレインは心躍らせた。
注文は以上で?とウェイトレスから確認されて、ガイアが「はい。大丈夫です」と済ませた。
レインは、小さな陶器のハニーポットに入った蜂蜜をバターが乗っかったパンケーキの上にゆっくり垂らしてゆく。
キラキラと光っている様に見える蜂蜜とパンケーキが食欲をさらに誘う。
ナイフとフォークを使いパンケーキを一口で切り分けて口に運ぶ。

「うまっ」

思わず口に出てしまうほどの味にレインの食べ進める手が止まらなくなる。
そんなレインの姿をガイアはどこか我が子を見ている様な心境で見ていた。

(レインくんが嬉しそうな顔初めて見たかも。なんか新鮮〜)

ガイアはにまにましながらコーヒーを飲んでいると突然横から誰かに呼び止められた。

「ガイアさん?」
「んえ?あ、リンちゃん!!おひさ〜!!」

リンと呼ばれた女性はうげっと嫌な表情でガイアを見ている。それとは対照的にガイアは嬉しそうだった。

「なんでアンタが…まさかこの人を騙して…!!」
「違うってばァ!!!合意の上でだよぉ!!合意の上!!!」

ガイアの言葉を信じられなかったリンだが、美味しそうにパンケーキを食べているレインの姿を見てようやく納得してくれた。
パンケーキに夢中になっているレインは邪魔するなと言いたげに全然相手にせず食べ続けていた。

(ふわふわで蜂蜜がたっぷりで美味しいとか最高やんけ)
「で?何しにラクサに来たわけ?」
「ん〜売り込み。この子をね。パンケーキに夢中になってるこの子をお宅のカイリお嬢様の使用人として売り込みに来たわけ」
(変な大物を連れて来たわね。この男…)
「この子、いろいろすごいから」
「本当に?」

リンにはパンケーキを食べているレインからすごさを全く感じていなかった。寧ろ、マリアネル家の使用人としてやっていけるのか不安になる方が強かった。

「僕の目的は応えたんだからリンちゃんも話してよ?」
「私はカイリお嬢様の付き添い。お嬢様は知り合いの方と今話されてるけどすぐに来るわ」
「え!本当!やった!タイミングが合ったね」
「ふぇ?何がですか?」
「カイリお嬢様に会えるぞ♪すごく美人さんだから!!」
「はぁ…」

正直、レインにとって見た目とかあまり気にしていなかった。衣食住がしっかりできていればという気持ちの方が優っていた。
今のレインは月夜の宝石ことカイリ・マリアネルより、目の前のふっくら蜂蜜たっぷりパンケーキの方が大事だった。
それがリンのレインに対する不信感を生んでいることなど知る由もないだろう。
すると、入り口のベルがカランと鳴らしながら扉が開く。
入って来たのは、薄紫色のドレスを着こなし、夜空の様に美しい髪を三つ編みベースのシニヨンにまとめた女性が入ってきた。胸元には黒曜石に似たネックレスが輝いている。

「おはようございます。カイリお嬢様」
「おはよう。リンが先に来ていると思うけど」
「今、あちらのお客様と話されてある様で…」
「分かったわ。ありがとう」

コツコツと足音を鳴らしながらレイン達がいる席の方に近付いてくる。周りにいる客達が彼女を見て「カイリお嬢様だ」「月夜の宝石に会えた」等と口々にしていた。

「リン。そこで何をしているの?」
「あ!お嬢様!!」
「カイリ・マリアネル女公爵様。おはようございます。お久しぶりですねぇ」
「ガイアさん…貴方がここに来たってことは良い人材を見つけてくれたって事でいいのかしら?」
「えへへ♪実はそうなんですよぉ〜」

ガイアはさりげなくパンケーキに夢中になっているレインの肩をツンツンと4回指で突っつく。それに気付いたレインは、少し不快そうな顔で食べる手を止めてガイアの方に振り向いた。
ガイアは小声で今の状況を小声で簡潔に伝える。

「なんですか?」
「レインくん。来たよ。僕が会わせたかった人」
「え…」

レインはガイアに促される様に立ち上がり、彼が言う会わせたかった人がいる方に身体を向けた。
カイリもレインの方に視線を向けた時だった。

「っ!!!」

カイリの全身に雷が落ちたかの様な衝撃が走る。胸が締め付けられるという初めての感覚にカイリは困惑し痛みを抑える様に胸にぎゅっと手を添えた。
レインは不思議そうな顔をして彼女を見た。

「あの…」
(な、何?なんなの今の感覚…?!)
「(と、とりあえず自己紹介をしよう)えっと…レイン・バスラです。その…実は貴女の元で働かせてもらいたいというか…」
「……」
「お嬢様…!!」

呆然とするカイリにリンは慌ててレインの言葉に何か返せと促す。リンの声で我に帰ったカイリは軽く首を振り姿勢を正した。

「あの、ごめんなさい。今日はちょっと体調がすぐれなくて…。それより、貴方がガイアさんに連れて来られた方ね。使用人の仕事は初めてなの?」
「初めてじゃないです。マグアの方でずっとやってたので」
「そう。なら期待してるわ。ごめんなさい。今日は帰らせていただくわ。行きましょうリン」
「あ、はい。それじゃあ、すみません。レインさん。後でマリアネル邸にいらしてください。手続きとかありますので。ごめんなさい、またあとで…」
「え…あの(えぇ、急に何なん)」

リンから手続きのことを聞いたレインは顔色があまり良くなさそうに見えるカイリに心配そうな顔を向ける。
カイリはレインに視線を向けない様に背を向けた。急いで胸元に下がる月夜の宝石を見て彼女は目を見開いた。
リンの腕を掴み逃げる様にカフェを出た。突然のことでリンは状況が掴めず混乱していた。

「え、ちょっと、お嬢様?!」
「リン。早く、早く屋敷に戻らないと」
「一体どうしたんですか…?!」
「歩きながらでいいから見て。コレを」
「何を……えっ?!!!」

気分転換の為に来たカフェで何も頼まないまま出てきてしまったカイリに困惑していたリンにその理由を突きつける。
リンの目に入ってきたのは胸元で夜空の様に黒かった筈の月夜の宝石が満月の月の様に白く輝いていたのだ。
月夜の宝石は所有者の運命の番にしか反応しない。それなら光るということはつまり。

「まさか、あのマグア人がお嬢様の運命の番ってことですか?!!」
「リン。声を抑えて。きっとそうに違いないわ。きっとそうなのよ」
「でも、まだ確信が…」
「あるわ。コレがなくても、きっとこの人が私の夫になる人だと感じたもの」
(ん…?まさかそれって…?)

そっとカイリの顔を覗く。リンはあることに気付きニマニマした。

「あ〜〜。そういうことですか。だから突然胸を抑えてたんですね?」

リンが見たカイリの顔。さっきまで毅然としてまさにマリアネル家当主で最高位の公爵の称号を受け継いだ彼女が親しい者にしか見せない筈の表情。
表情を見たリンはカイリにニマニマ顔を向ける。

「はは〜ん…そういう事ですか。なるほどです」
「な、何よ?」
「月夜の宝石が運命の番を見つけてくれるって言うけど、それって所有者の思想も繋がってたりして…なんて思っただけです」
「うぅ…」

図星過ぎてぐうの音がでなかった。
カイリを襲った衝撃。それは、レインを一目見た途端に全身に走ったモノ。
リンが見たカイリの表情がそれを物語っていた。

(これが一目惚れ……確かにとてもかっこよかったけれどまさか私が…)

その彼がこれから邸宅にやってくる。使用人として働きに来るのだ。
身分が違い過ぎる。けれど、カイリにはそんなモノ無意味だった。

(ありがとうナイト。彼を選んでくれて)

カイリは月夜の宝石ことナイトに心の中に感謝する。今まで光を放たなかったのは全てはこの為だったのだと感じていた。

(やっと見つけた。私の運命の番を)

この事を叔父のマージルに知られたらとんでもないことが起きるのは想定できる。けれど、カイリ・マリアネルはそれで折れる様な女ではない。その逆、徹底的に潰し欲しいモノを必ず手に入れる。マリアネルの当主、そして、公爵の名に相応しい女だ。
カイリの脳裏にレインの顔が過ぎる。

(私に与えられた使命がまた増えた)
「これであのお見合い写真も心置きなく燃やせますね」
「ええ。だって、もう必要ないもの」

何かを決意したカイリはリンにレイン・バスラの情報を全て調べ上げろと指示した。
彼の人生に妨害になる様な輩から排除していかなければと考えた。
さっきまでの顔色が打って変わってとても明るく清々しいモノに切り替わっていた。足取りもどこか軽々しく見える。
差別と蔑みに苦しんでいたカイリの世界に光が差した瞬間だった。




レインとガイアは、そんな事などつゆ知らず、まだカフェでまったりとしていた。船旅の疲れがどっとでてしまったせいでなかなか店から出れずにいた、
初めてカイリと邂逅したレインはある事に気付いていた。

(あの、カイリって人が付けてたネックレス。初めて見た時は黒かった筈なのに途中から白くなってたけど気のせいだったのかな?もしかしたら、気のせいかもしれないけど)

気付いたことはそれだけではない。もう一つある。
それは、ギフトを持つ者にしか聞こえない声。宝石の声だ。まるで自分を待っていた様な言葉。

『やっと見つけたぞ。我が主人(あるじ)の番。運命の番、レイン・バスラ。カイリを光に導き続けてくれる使者、ギフト(異能)を持つ者よ』

月夜の宝石の言葉から出た"運命の番"。
一体それがどういう意味なのか今のレインには何も分からなかった。だが、自分にとってはあまり良い事ではないということはひしひしと感じていた。

(なんだろう。運命の番って。まさか、あのお嬢様と俺に何か使用人以外の繋がりが生まれるとか…?いやいや…まさか……ねぇ?)
「ん?レインくんどったの?」
「いいえ。別になんでもないです」

一抹の不安を感じつつ、眠そうな顔でハムチーズサンドイッチと食べるガイアを横まで見ながらすこし冷めてしまった紅茶を啜り空になったパンケーキが乗っていた筈の皿を見て、今度は自分のお金で食べに来ようと決意するのだった。