美しく輝くシャンデリアと、素敵な音楽と、美味しそうな料理と、披露会に招待された紳士淑女達の煌びやかなドレスとスーツ。全てが完璧とも言える広間の様子を入り口の扉を少し開けた間から見たレインは緊張で完全に固まってしまっていた。首を横に振りながらそっと扉を閉じた。

「や、やっぱ、無理…部屋にこもる…!!!」
「大丈夫だから!!安心しろって!!」
「あんな素敵過ぎる空間に俺な様な平民を投げ込んだら絶対浮くし、お嬢様に迷惑かけるに決まってる!!絶対無理…!!」
「気持ちは分からんでもないけど、この披露会はお嬢様とレインの婚約発表の為に開かれたパーティーなんだから!!頑張ろ!!!」
「頑張ろってそんな…」

自分が主役となったパーティーの雰囲気に慣れていないレインは今すぐにでも自室にこもってしまいたかったがそんな事体調がすぐれない限り許されないだろう。
ケヴィンに励まされるも今の不安MAXのレインには通用しなかった。更に不安を煽るだけだった。

「け、仮病を…」
「レ〜イ〜ン〜?」
「分かってる、分かってますとも。それだけは駄目なのは分かってるけどそう考えちゃうって…!!」
「大丈夫だって!!貴族の皆さんに"俺はカイリお嬢様と婚約します!!"って宣言するだけなんだから」
「そんな簡単じゃねーっての。それに、そんなメンタル俺にはない…」
「俺もすぐ側でスタンバってるし、エドワードさんやリンさんもいるから大丈夫だって」
(そうかもしれんけど……はぁ〜いつまでも弱音ばっか言ってらんないよなぁ〜)

レインはカイリのプロポーズを受けてから何度も葛藤していた。やはり断った方がいいのか、このままマリアネルの一員となって安定した生活を得るのかとぐるぐるとずっと披露会当日直前までずっと思い悩んでいた。
今夜、大勢の貴族達の前でカイリとの婚約を発表する。彼らに告げたら今度こそここから逃げられないだろうと暗示していた。

(本当に俺なんかいいのかな?不安しかない)

不安に染まりきっているレインの心に夢の中の優しい言葉と、カイリの真剣な告白の言葉が響き渡る。

《私の可愛いレイン。私のアガパンサス。誰よりも幸せになってね。神様から授かった贈り物はきっと貴方を導いてくれるからね。愛しているわ。私の愛しい可愛い子》

《私は一生をかけて貴方を幸せにする。絶対に悲しませたりしない。どんな脅威からも守り切ってみせる。だから改めて言わせてレイン。私の愛しい人。どうか私と結婚してくれませんか?》

この二人の声を裏切る程精神は強くない。寧ろ、本当にこのまま幸せになっていいのか疑問に思ってしまっている自分が嫌で仕方がなかった。
神々から授かった異能を持っている事以外なんの取り柄のない自分にそんな資格はない。使用人の仕事を続けてきたのも、ギフトとという異能おかげ。
もし、自分からギフトを取り上げられたらただの無能なだけだと。
ターンも言っていたマグア人への偏見の象徴となっている血と肌の色もカイリの足枷になると何度も考えた。

(本当に俺なんかでいいのかな?あの人が悲しむ未来しか見えないよ)
『勝手に悲劇的未来を描かないで!!!貴方は選ばれし者なんだから胸を張りなさいよ!!これ以上うじうじしてるならアタシ騒ぐから!!!』
(えっ)

弱っていたレインの心を見ていた胸元で輝くリーナが喝を入れてきた。そして、これ以上自分を否定する様な事を言ったら、ある日のナイトの様に罵倒の嵐を再現させるぞと思わせる様な脅迫も兼ねて。

(……リーナ、約束)
『アンタがいつまでもうじうじしてるから悪いんでしょ!!!しっかりしなさい!!!貴方はこの立派な名家の一員になっていい人なの!!文句言う奴らなんてほっとけばいい!!そーゆー奴らわねいつかバチ当たるから!!』
「…ありがとな。リーナ」
「ん?どうしたレイン?」
「(あ、やば)ううん、なんでもないなんでもない」

思わず口に出てしまったリーナへの感謝の言葉。ケヴィンに少し聞こえてしまったかと思ったが、よく聞こえていないようでレインは安堵した。
リーナの明るく力強い言葉にほんの少しだけ気持ちが和らいだのは確かだった。

「そろそろカイリお嬢様が来る。頑張って」
「なんとかやりきってみせるよ…はぁ〜…こえ〜…」

心臓の鼓動がいつもより激しいの緊張のせいだろう。ソワソワするレインは深呼吸して気持ちを落ち着かせようとした時だった。
アガパンサスの薄紫色と同じ色のドレスに身を包んだカイリが身支度を終えてレインの元にやってきた。
髪も宝石でできた髪飾りでしっかり整えられ、ドレスの色によく似合う白い真珠の耳飾りを付け、首にはいつも身に付けているネックレスである月夜の宝石が満月の白色で誇らしげに輝いていた。
初めてカフェで会った時も薄紫色のドレスだったが、それとは全く違うとても上品で気品を感じられる。
リン達が自信を持って施したメイクもカイリの美しさと魅力を更に高めさせていた。
レインは、カイリのあまりの美しさに思わず息を呑んだ。

「ごめんなさい。少し遅くなってしまったわ」
「ひぇ、あ、いえ、全然、待ってないです…」
「それならよかったけど……あの…付けてくれたかしら?ブローチ…」
「あの、はい、ここに」

緊張で辿々しい言葉でジャケットの胸元に飾られたブローチにそっと触れる。
レインの胸元で夕暮れの様に光り輝くブローチを見て安堵した様子を見せたカイリは、前日の束の間のデートの時の様に彼の腕に自分の腕を組ませた。

「なんか緊張で倒れそうです」
「大丈夫よ。私がいるから。それより…昨日言った筈なんだけれど。敬語はやめてって」
「そんな急には無理ですって…!!だって、ほら、まだ披露会もまだ終わってないのに…」
「じゃあ、この披露会が終わったら敬語禁止ね。後、私の事はカイリって呼びなさい。いいわね」
「ど…努力します」
「フフ。約束よ。レイン」

遂に広間の扉が開かれる。
談笑を楽しんでいたり食事をしていた客人達は開かれた扉の方に視線を向ける。ようやく主役がお目にかかれるとなると手を止めてこちらに集中する。
好奇の視線は2人に降り注がれた。
2人はゆっくりと客人に挨拶をしながら広間を練り歩いてゆく。カイリを慕い信頼しあう貴族からは「カイリ様。御婚約おめでとうございます」「末永くお幸せに」等、祝福の言葉を頂いていた。
だが、やはり貴族と平民の結婚を望まないマージル側の貴族はヒソヒソと陰口を叩いていた。
そのうちの一人であるミネアは初めて見るレインを一眼で軽蔑の対象にしていた。

(本当…卑しい国の肌ね。あんな人種の血をマリアネルにも貴族の高貴な血にも混じり合わせたくないわ。ギフトはねお前の様な卑しい血が持っていい者ではないのよ?さっさと始末しないと)

レインの隣にいるカイリにも軽蔑の念を向ける。
いつも以上に凛とした美しさを見せる彼女への憎悪は更に増幅する。

(早くボロボロにしてあげなきゃ。私に泣きながら命乞いをする姿を早く見たいのよ。あの自信に満ちたお前の顔を早くぐちゃぐちゃにしてやりたい)

じっと楽しそうに客人に話しているカイリとレインに嫌悪と殺意を込めた目線を向ける。その視線はマージルとターンも同じだった。
すると、いても立っていられなくなったターンがズカズカとカイリ達の元に近づく。

「カイリお嬢様!!!」
「……あら、ターン令息。来ていらしたの?欠席するものかと思いましたけど」
「そ、それはマージル様も出席するからで…それよりいいんですか?!このままこんな奴と…」
「それ以上、私の夫になる人の事を悪く言うなら退場していただくしか…」

カイリとターンの周りだけ空気が凍りつく。レインはあの帽子の出来事を思い出した事と、何故この男にも披露会の招待状を送ったのか非常に困惑した。

(はあ?!!なんでよりにもよって元見合い相手に招待状送っちゃったの?!!何?見せつけ?見せつけるため?!)
『"カイリちゃん"すごい。さすがナイトの持ち主ね』
『当たり前だ。この愚か者を徹底的に打ちのめすって決めてたからな。まだ足りぬがな』
(リーナのカイリちゃん発言もすげーけど、ターン令息に対しての態度もいろいろやべーなオイ)

緊張で出てくる汗以外に恐怖からくる冷や汗がレインに伝う。
ずっと自分に対して好意を向けていた相手に、敢えて別の人間と幸せになろうとしている姿を見せつけようとするという鬼畜の所業を見事にやってのけるカイリに改めて恐怖を覚えた。
不穏な空気を醸し出している2人にレインが何か声をかけようとした時だった。
可憐な笑みを浮かべながらミネアが近づいてきた。は

「ターン令息。いけませんわ。今日はお二人をお祝いにやってきたと言うのに」
「ミネア様、でも…!!」
「カイリ様と旦那様になるお方がお困りになっているわ。落ち着きましょう?そうでしょう?カイリお嬢様?」
「っ…!!」

ターンは納得のいかない様子でその場を去っていった。

「…ありがとうございます。助かりましたわ。ミネア様」
「いえいえ。だって折角の祝いの場ですもの。あまり空気を悪くしたくないわ。あ、そうそう。お二人共、御婚約おめでとうございます。貴女方の幸せを願っていますわ」

ミネアの助け舟により、この場を凌ぐことができたことに周りの客人は関心の念を送る。
「流石ミネア様」「聖女とはまさに彼女のこと」「主役の2人よりも輝いている」等とヒソヒソとつぶやいている。

「あ、あのありがとうございます。ミネア様」
「ウフフ。当然のことをしたまでよ。貴方がカイリお嬢様の婚約者のレイン様ね?確か初めて会うわよね?私はミネア・アンダース。よろしく」
「あ、はい、あの、よろしくお願いします…」
「お見苦しいところをお見せさて申し訳ないです。本当に助かりましたわミネア様」
「気になさらないで。貴女達の幸せを願ってのことよ。それよりもそろそろ宣言の時間が迫ってるでなくて?」

エドワードがそっとカイリに近づき、ボソッとそろそろ宣言の時間がミネアの言う通り近づいていると知らせてきた。

「ありがとうございます。御礼はまた…」
「そんなのいいわ。新婚旅行の足しになさい」

ニコっとカイリとレインに笑みを送る。
レインはミネアの印象がとても優しくカイリとはまた違う美しさを持つ人だと思っていたが、宝石達だけは違った。

『偽善者。血の臭いと無実の者達の悲鳴が聞こえる』
『レイン。あんな女に騙されないで。もう会っちゃダメだから!!』

予想外の宝石達の反応に驚き思わずカイリに視線を向ける。だが、今は披露会の真っ最中。それ以上は聞かなかった。
2人は挨拶をそこそこに広間の中央に立ち婚約した事を証明する為の宣言をし始めた。
カイリのその高らかで幸せに満ちた美しい声が広間に響き渡る。

「今夜はこのマリアネル邸にお越しくださってとても感謝しております。招待状に記してありましたが、この度、マリアネル家当主で女公爵である私はある方と婚約することになりました」

グッとレインの腕を組む力が込められる。

「その方は私達と同じ貴族の身分ではございません。元はこのマリアネル邸で使用人として働いていました。ですが、彼の誠実さと優しさに触れた事、そして、マリアネル家の家宝であり至宝の月夜の宝石に選ばれたことによって私は彼を人生の伴侶にしたいと願う様になりました」
(なんか恥ずい…)

レインは顔が恥ずかしさでどんどん熱くなるのを感じる。また、穴があったら入りたいと願ってしまった。

「私の婚約者、レイン・バスラは私には勿体無いぐらい素敵な人です。彼はマグア人があるが故に差別をされ今まで苦しい道を歩んできました。私は、そんな彼を私の命をかけて幸せにしたいと願っております。まだ私達は未熟なことが多いですが、もし、お力を貸していただけるなら幸いです」
(…カイリお嬢様は完璧じゃねーか。未熟なのは俺だけだよ)

カイリが宣言を終えると、沢山の拍手が会場を埋め尽くす。
立派すぎるカイリの宣言にレインは心が折れそうだった。やはり自分に女公爵の夫が務まらないという考えが頭をよぎって苦しかった。

「レイン。何か一言だけでも」

カイリにレインを何か宣言して欲しいと促す。レインは頭が混乱してあんな立派な宣言の後に何を言ったらいいのか彼女に小さく問い詰めるが答えが返ってくる前に客人の目線がレインに突き刺さった。

(言えって何言えばいいんだよ!!!なんで俺も何か言う感じになってるの?!)
『アンタが思ったことを言えばいいのよ』
『カイリに恥をかかせるな』
(こ、コイツら…あーもー!!!儘よ!!!)

レインはギュッと目を瞑り、すぐに目を開き決意を固める。もうやぶれかぶれ状態のままレインは口を開く。

「あ、あの、初めまして、カイリ・マリアネル様と婚約させていただいたレイン・バスラと申します。
えっと、いろいろあってマリアネル邸で働く様になって、まさか見初められるなんて思わなくってとても驚いております」

震え声で宣言するレインに遠くの方で見守っていたケヴィンはレインに密かに応援のエールを送るが、余裕のない今のレインにはあまり伝わらなかった。
だが、カイリが隣にいたことでほんの少しだけ緊張が和らいだ。

「確かに自分は平民でラクサの方とは違う土地で生まれて人種も違います。ですが、そんな自分を見初めてくれたカイリお嬢様にいつか恩を返したい。この婚約もその一つですが、何か彼女が喜ぶ様なことができればと考えています、あの、はい…」

レインの宣言はカイリのそれよりも短いモノだったが、彼女と固い信頼関係がある貴族の者達を納得させるには十分だった。再び彼らに拍手が送られた。
やはり、マージル一派は拍手なんかせず、寧ろ2人の婚約宣言を蔑んでいた。

(なんて酷い宣言だ。僕だったらもっと素敵でカイリ様への愛を…)
「ターン殿」

マージルは妄想に浸るターンの肩を叩く。それに気が付いたターンはビクッとしながらマージルの方に顔を向けた。

「ターン殿。そろそろ準備を。あのマグア人を捕らえ次第"儀式"を始めるのでな」
「わ、わかってます。後は任せてください。あの奴隷の男は必ず僕が捕えるので」
「しくじるなよ。ターン殿」
「その心配には及びませんわ。マージル様。私達オルロフの信者達もありますから」
「おお。そうだったな。では、また我がマージル邸の地下で」

そう言ってマージルは披露会が行われている会場を去って行った。
カイリ達の見えないところで歪で悪意に満ちた計画が進んでゆく。




宣言を終えて少し落ち着いた頃、招待客と共に会食を楽しむ2人。
ようやく大きな仕事を終えたレインは疲労困憊であまり食欲がなかった。牛のステーキを数切れと付け合わせの野菜を少し食べただけで溜まってしまった。

「あの…カイリお嬢様。ちょっと外に行ってきてもいいですか?少し新鮮な空気を吸いたくて…」
「それは構いませんが、大丈夫ですか?私も一緒に…」
「あ、いや、俺1人で大丈夫ですから。それに主役が一気に2人もいなくなるわけにもいかないでしょ?」
「でも…」
「ケヴィン。お前がついて行きなさい」

エドワードはレインの見習い従者であるケヴィンを呼び彼に付き添ってやれと指示する。

「はい!わかりました!」
「いや、俺一人で平気なんで」
「…何があるか分からん。何かあったらすぐに呼んでほしい。頼んだぞケヴィン」
「あ、はい」

エドワードは何か胸騒ぎを覚えていた。あのマージルとミネアを目撃してから何処か違和感を感じていたのだ。それは、カイリも同じだった。
会場から主役がいなくなってもいいと思えるくらい嫌な予感を感じていた。エドワード同様、ミネア・アンダースから感じ取ったモノだった。

初めての自分が主役のパーティーで息が詰まりそうだったレインは邸宅を出て、アガパンサスが咲くガゼボの方に足を進める。
ケヴィンはあまり遠くに行かない方がいいと忠告するがすぐに戻ると聞かなかった。

「カイリお嬢様心配するよ?」
「敷地内だし大丈夫だって。それにもう少し外の空気を吸いたいし、アガパンサスも見たいし」

ゆっくりと足を進めてゆくと、目の前に薄紫色のアガパンサスが目に飛び込んできた。相変わらずの美しさに疲れたレインの心は少しずつ癒されてゆく。

「でもさ、レイン頑張ってたよ。緊張してたけどちゃんと婚約宣言できてたし」
「全然良くない。ぐっだぐだ過ぎて恥ずかしすぎる。台本って大事だなって思ったよ」

カイリと自分の宣言を空にいる母親は聞いてくれていただろうかとレインは思う。
彼女が夢の中で告げる幸せのおまじないが叶えられるかはこれからの未来にかかっている。カイリが言っていた通り、一生をかけて自分を幸せにするとプロポーズの時と同じ真剣な眼差しで言ってくれたことがレインとってはとても嬉しかった。

(嘘なんかじゃなかった。あの人は本当に…)

レインはガゼボのベンチに座り、ジャケットに付いていたブローチを外す。手の中のアガパンサスのブローチが月の光で輝きを増す。

(このブローチに相応しい人間になれるかまだ分からないけど…もし、本当にこのままあの人の夫になっていいなら…)
「っ!!!レイン!!!ぐぁ!!」

ケヴィンは何かに気付き急いでレインを呼ぶが、突如背後から頭部を殴打され衝撃でその場に倒れてしまう。レインは突然のことに唖然とし動けずにいると彼も背後から頭部を殴られてしまった。その時の衝撃で手に持っていたブローチがガゼボから転がり落ち、アガパンサスが植えられている花壇の方に消えていった。

「うぐぅ…!!った〜…!!!」
「奴隷の分際で僕からカイリお嬢様を奪おうとするからだ」

痛みで意識を手放しかけてる中で聞こえてきたターンの声。レイン達を殴り付けたのはきっと彼の召使い。もしくは、彼の考えに共感に加担する何者か。

「でも、これでミネア様にもマージル様にも認められるし、カイリお嬢様も手に入る……あは、あはは…」
「笑っている暇はありませんよ?ターン令息。早くマージル殿の邸宅に急がねば」
(この声って…)

赤くぼやけ始める視界の中で、さっき自分達を助けてくれた筈の聖女の声がした方を見る。そこに居たのはあのミネア・アンダースだった。

「ごめんなさいね。レインさん?これも全て神様の為なの。悪く思わないでね?」
(う…そだ…こんな…)

必死に繋ぎ止めていた意識が物理と途切れる。
意識を手放したレインを歪な思考を持つ異端者達は捕らえてゆく。

「こ、これで僕とカイリお嬢様の結婚を…」
「何を言っているの?まだよ。この儀式を終えるまでその話はしないで頂戴。幾ら、ブリク伯爵の御令息でもこれ以上しつこい様ならこちらも手を考えますけど…?」
「ひっ、ご、ごめ、ごめんなさい…気持ちが先走ってしまって…」
「安心なさって。ちゃんと約束は守りますから。それより貴方達、早くこの奴隷の血を馬車に運びなさい。人が来るかもしれない」
「はっ」
「そこに倒れているもう1人はどうします?」
「その頭の怪我じゃ何も覚えてないわ。放っておきなさい。さぁ、行くわよ」

気を失ったレインをミネアの召使いの人が肩に抱えて連れ去ってゆく。
その場で頭に血を流しながら倒れこむケヴィンは誰かを呼ぼうとするが痛みと途切れかかっている意識が邪魔して口を開くことができない。

(どうしよう…!!どうしようレインが…レインが…)

手を伸ばそうとするもミネア達はどんどんケヴィンの視界から遠ざかってゆく。
さっきまで美しい光を放っていた月は厚い雲に覆われる。まるで、幸せな時間は血塗られた時間に変えられてしまったと暗示しているようだった。


アガパンサスの花壇に落ちたブローチであるリーナは一部始終全てを見ていた。その光は月明かりがなくても輝きを失っていない。
それは諦めという選択肢が最初からないと光を放ち続けていた。



「レイン…?」