「編集長……やばいネタがきたんですよ」

 次の日は出社日だったので、当然に私は編集長に相談をする。
 編集長は私をチラっと見たまま自分のパソコンを叩いてる。
 無視だ無視。
 これは『俺の手を止めるくらいのことを言ってみろ』ってやつ。
 めんどくさ!

「森田九作……知ってますよね?」

 ピクッと手が止まる。
 そりゃそうだ。6年前に私が森田九作の取材をした時一緒にいたのが編集長。
 この人のおかげで知ったんだから。

「彼の所在はわかります? ……殺されたってタレコミあったんですよ」

 もう面倒だから最後まで言っちゃえ。

「……なんだと……? 行方不明だ。あの取材の……1年後くらいからな」

「まじっすか……」

「お前、それはどっからの情報だ」

 食いついてきたよ。食いついてきたよ。
 出目金みたいな、鯉みたいな顔した編集長が!!

「SNSですよ。まだ情報交換中で、相手の素性もわかりません」

「お前が記者だと知っているのか」

「いえ、だから冷やかしではないんですよ。あと橘サエ子って知ってます?」

 編集長の手は完全に止まった。
 
「その名前も、その相手が言ったのか?」

「そうです。森田を殺したのは、その橘サエ子だと……」

「なんだと」

 立ち上がった彼は、最近では殆ど使わないぶっといファイルが入った棚から、ぶっといファイルを取り出して自分の机は汚いから移動しようとするが、その隣の机も汚い、その隣も、汚い。
 結局まだ少し綺麗な客用のローテーブルにドカン! と置いた。
 かなりヘタれているソファに私も座る。
 気持ち悪い座り心地だ。
 
「誰なんですか?」

「橘サエ子は森田の助手だ」

「えぇ……あんな男に……女の助手が」

 6年前の取材を思い出す。
 森田九作は、その時でも60代。
 ガリガリに痩せており低めの背は猫背で更に小さく見えた。
 髪はボサボサでべたつき、皮膚は土色で瞳はくぼんで、煙草で歯も黄色く女性ウケは最悪だろう。
 ただ白衣は真っ白だった。
 そしてオカルトについて話をする時の彼の瞳はギラギラと輝くのだ。
 そこだけ、その瞳だけ夢に溢れた若者のように。
 それがまた気持ち悪かった。

 更に語る内容が『ホムンクルス』人造人間を作る魔術と『薔薇の幽霊』という薔薇を再生させる魔術など……命を作り出し再生させる……ような漫画なんかでいえば禁術みたいなものを嬉々として語る。

 自分の精液がどうだとか、女の卵子がどうだとか語りまくる姿を見て新人の私は気持ちが悪くて仕方なかった。
 6年経って、それくらいじゃもう平気だろうけどね。
 でもあの変な薬品のニオイは嗅ぎたくないが。
 
「まぁ、研究に惚れていたのか森田に惚れていたのか……は正直わからんが」

 ファイルには森田の記事と一緒に中年女性の写真があった。
 ふくよかで真っ黒な髪のボブカット。
 メガネに白衣の地味な女だ。

「実験材料の提供をしていた……と言われていたけどな」

 実験材料の提供?
 まさか……自分の卵子とか?
 なんだそれは気持ち悪い。

「今はどこに……?」

「知るわけないだろー! 自分で探してこい!」

 自分で!?
 つまりそれは!!!

「じゃあ編集長! 取材行っていんですね!? 取材費出るんですね!」

「くだらねーオチ持ってくんじゃねーぞ!」

「はいー!」

 やったね! 取材許可が降りた!!
 編集長には、どのくらい話しておくべきか……。
 ま、いっか!
 山奥への取材費がどのくらいかかるかわかんないし、後から言おう!
 
 これで目撃者ともっともっと深い話を進められるぞ!!
 
 実はあれから、DMがやばい事になっていた。