さつじんじけんをしっています


 慎重に車へ近づいた。
 私と同じような安い軽自動車だ。

「……ナンバーは橘サエ子の住んでいた市の……」

 彼女の車か?
 灯りを当てると、無惨にも倒木が直撃して後ろのガラスが割れていた。
 なのでもう車の中は濡れてグチャグチャだ。
 
 そういえば梅雨に大型の台風が来たんだったな。
 道の倒木もその時か?
 だとしたら数ヶ月はこのまま……。

 橘サエ子はこの屋敷の地下にいるんだろうか?

 シィン……と、いやカラスがうるさく鳴き始めた。
 
 玄関のドアは至って普通の玄関ドアだ。しかしチャイムはない。
 玄関前には進入禁止! と札と黄色と黒のロープが力なく落ちている。

 これからどうすればいい……?

 私がSNSを開くとDMがもうパンク状態だ。

『おねがい、たすけて。きけんはない』
『おねがい、たすけて。きけんはない』
『おねがい、たすけて。きけんはない』
『おねがい、たすけて。きけんはない』

 こいつが……殺人犯なんじゃ??

『たすけて』

 一体なにから救いを求めているんだろう。
 私はもうよくわからない感情で、玄関のドアをゆっくりと開けた。
 バリバリ不法侵入だ。
 どうか警備会社が来ませんように!

 部屋の中は当然真っ暗だ。
 やはり病院の床のようだ。いや、研究所か。
 広々とした空間があるが、物は何もない。
 締め切った空気がカビ臭い。
 誰も住んでいないとしか思えないが……。

『きたよ、どこにいる?』

『ほんとう? ありがとう。ちかだよ。たすけてください』

 あの綺麗な顔をした少年を……助けてあげなければ。
 何から? 誰から?
 森田九作の死体から?
 
 確かに地下に通じる階段がある。
 私は写真を撮って鍵アカに投稿する。

 怖い怖いよ!!

 死体を発見したら、即通報か?
 それとも逃げる?
 橘サエ子を見つけたら、即通報か?

 ってかオカルトネタになるんだろうか?
 今更ながらこの事件に首を突っ込む根っからの記者魂を恨んでしまう。

 私は一歩ずつ、暗い廊下を降りて行った。

 階段を降りると一枚のドア。
 重そうなドアで鍵穴がある……。

 しかし鍵は空いている……?

 ええいままよ!
 まさか人生で使うことになるとは!
 
 ガチャリ……ドアを開ける。
 真っ暗……ではない……。

 パソコンが何台も置いてあって……電気はまだ通じてるんだ。
 パチパチと光っている。
 真っ暗な部屋に、机、何かの道具、そして床には書類のようなものが散らばっていた。

『ありがとう。きてくれて』

 DMには彼からのメッセージ。
 どこにいる!?

 私は反射的に、壁にある照明のスイッチを押してしまった。
 電気が生きているなら、まだ着くはず!!

 パッパッパッ! と電気が点いていく。

「ひぃ!」

 地下の研究所の床に誰か倒れている!!
 恐ろしさが一気に頂点に達して、私はひっくり返りそうになって部屋の壁に背を打った。

 死体だ。
 目が離せない。
 ……でも、あれは女だ……。

 私はDMを見る。

「どういうこと!? 死んでるのは橘サエ子じゃない!! あんたが殺したの!?」
 
『でも、このひとはじこなんだよ』
 
 メールで返信がくる。
 でも死体しかない。
 まさか森田本人は生きてて?

「事故ってなによ!?」

 震えながらも橘サエ子の死体を見る。
 顔は見えないが、頭から血が流れていたようだ。
 床の血は完全に乾いている。

『おどろいて、ころんであたまをうった。じぶんでしんだんだよ』

「森田なの!? あんたがこのメールを打ってるの!?」

『森田九作のしたいは、このおくのれいとうこにはいってる。橘サエ子がかくしたんだ』

 確かに、この部屋は半分がガラスになっていて覗ける部屋がある。
 あそこに冷凍庫が……。

「ここまで来たんだから全部、話してよ!! どういうことなの!!」

『たぶん、けんきゅうのことでけんかになって森田九作はころされた』

「ホムンクルスの!?」

『そう、かれのせいしと橘サエ子のらんしをかけあわせたけんきゅうだった』

「じゃあ、あなたはやっぱりホムンクルス……!? どこにいるの!?」

『もう、目の前にいるよ』

「どういうこと……?」

 ふと、私は違和感に気がついた。
 橘サエ子の周りや、壁に薔薇が咲いている。ツタのように絡まって、薔薇が半分、研究室を覆っている。

 そして、彼女が落としたのであろう、スマホ……。
 それに絡みついた薔薇のツタ、棘……。

 わさ……わさ……と蠢いている。

「……まさか……あんた……」

『じっけんはしっぱいだった。わたしは、しっぱいだった』
 
 ホムンクルスの実験は失敗だったのだ。
 薔薇の幽霊と混合でもしてしまったのか……。
 だけど残酷に、彼の心は人間のように……。

『でんきがついていたから……わたしはせいちょうできた』

 そうか、死体を腐らせないために……橘サエ子は電気を絶やすことをしなかった。

『かのじょはたまにくる。したいをかくにんする』

「なるほど……」

 恐怖でどうにかなりそうだ。
 
『すこしずつ、せいちょうしたわたしは、かのじょのまえでうごいてみせた。たすけてほしくて』

 ……でもそんな薔薇を見て彼女はきっと卒倒して頭を打ったんだろう。
 干からびた手が見えた。
 腐敗していないのは……この薔薇が血を吸い尽くしたのか。

「……助けてってなんなの……?」

『たすけて、もやして、ころして』

 ワサワサと少し動く薔薇を見ながら、私はDMを見る。
 恐ろしいチャット。

「……殺して……?」

 全身が粟立つ。

『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』

 吐き気がした。
 こんな場所で心を持った動けない植物。
 6年? 5年?

 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』
 『ずっと、ひとり、うごけない、つらい、たすけて、もやして、ころして』

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!」

 続々と送られてくる狂気。