カンテラ祭が行われている神社は、一見したら朽ちかけた佇まいにも関わらず、観光客や参加者で賑わっていた。その様子にオカルトとしての町興しは成功しているなと感じながら受付でチケットを渡すと、神社には不釣り合いな作業着姿の係員が洞窟内でのルールの説明をしてくれた。

 といっても、ルールは大したものではなかった。洞窟内でのスマホの撮影は許可されているけど、明かりとして利用できるのは神社で用意されたこの鉄製の古いカンテラのみとのことだった。つまり、スマホを明かりの代わりにしたり、カンテラの中にあるロウソクの火が消えたら強制終了になるとのことで、あとは些末な注意事項しかなかった。

 ロウソクの火が消えるのにかかる時間は、およそ三十分。ただし、なんらかの理由によって途中で火が消えた場合、その時点で終了となるから注意が必要とのことだった。

 説明が終わり、砂利で舗装された小道を洞窟へ向かって歩いていく。他の参加者が見えないことを係員に尋ねると、午前の部は僕で最後らしく、既に他の参加者は挑戦中とのことだった。

 ――だとしたら、すみれは既に中にいるのか

 山肌の岩盤にぽっかりと空いた穴を見つめながら、速くなっていく鼓動に息をのむ。すみれがなにを思ってこの中をさまよっているのかはわからないけど、ただ、すみれの望むなにかが見つかってくれればと密かに願った。

 洞窟の入口に立ち、係員からロウソクの火をつけてもらう。普通より大き目のロウソクに仄かな明かりが灯るのを確認すると、僕は大きく深呼吸して洞窟に足を踏み入れた。

 ――想像していたより雰囲気があるな

 数メートル歩き、外の明りが消えてカンテラの明りのみになったところで、急に寒気が襲ってきた。洞窟の中は天井が見えないくらい広く、四方に枝分かれした迷路のような作りになっている。一応、このカンテラに位置情報がわかる装置がついているらしく、迷っても係員が探しに来るから問題はないらしい。

 そんな気休めを感じながら、あてもないごつごつした道を右に左にと進んでいく。カンテラが照らす淡いオレンジの光が浮かび上がらせるのは、どこまでも続く黒い岩壁だけだった。

 ――本当に会えるのだろうか?

 変化のない景色に、一抹の不安がよぎっていく。このカンテラ祭は、ある意味ゴールのない迷路をさまようようなものだ。そのため、目的を見失わないようにしなければいけないと、すみれが教えてくれたインフルエンサーがしつこくコメントしていた。

 ――でも、今さら会ったところでなにになる?

 変化のない景色に意識がのみ込まれそうになるなか、胸にわきあがるのは数々の自問自答だった。

 自分の胸の中に潜む二つの影のうち、どちらが大切な人だったのかを知りたくて参加したはずなのに、なぜか気持ちは当初の勢いを失うばかりだった。

 ――すみれはどうしてるんだろう?

 歩いてる間、気づくとすみれのことばかり考えていた。突然、記憶障害の僕の世界に現れたすみれは、なぜか遠い昔を思い出させる懐かしい瞳をしていた。その瞳で僕を見つめ語る姿に、僕は普通ではないなにか特別な感情をいつしか抱いていた。

 でもそれは、恋というには違うようなが気した。とはいえ、そうだとしてもネットの世界で大切な人を裏切った愚か者のレッテルを貼られているわけだから、この気持ちは決して許されないのかもしれない。

 でも、この瞬間の僕を支えているのは、いまだ形にならない大切な人の影ではなくすみれの存在だ。あてもなく、ただ昨日までの記憶を思い出すだけの毎日を過ごすしかない僕にとって、すみれの存在がいつしか救いになっていた。

 ――僕はこれからどうなるのだろう?

 押しつぶされそうな闇の圧迫感の中、ずっとふたをしていた不安が一気に膨れ上がってきた。

 ――僕は、このまま生きていけるのか?

 岩壁に背を預け、滲んだ汗を拭いながら底の見えない天井を見上げる。この洞窟は、まさにあてのない日々を過ごす僕の人生みたいだった。このまま、なにもない世界で右も左もわからないままさまよい続けるだけだとしたら、僕の人生になにか意味があるのだろうか。

 ――馬鹿、なにを考えているんだ

 不意に脳裏によぎる『遺書』のワード。かつての僕には、今のように塞ぎこんで人生を悲観した時が本当にあったのかもしれない。

 耳鳴りのする静寂と、押しつぶされそうになる暗闇の中、唯一の頼りはわずかなカンテラの明かりだけだ。僕の人生にも、このカンテラの明かりに代わるものがあるとしたら、それはなにでいつ見つかるのだろうか。

 わからない。ただわかるのは、このカンテラの明かりだけでは、到底人生の暗闇に立ち向かうことはできそうにないということだった。

 そんな虚しさを自嘲気味に笑ったときだった。

 なにげなく持ち上げたカンテラが、視界の隅になにかをとらえた。

 ――え? これって

 重い腰を上げて再度カンテラを高く持ち上げる。

 揺らめく炎が照らしたのは、すみれのバックに入っていた花柄の封筒だった。力なく伸ばした手で拾い上げると、封筒の表には、はっきりとした意志を示すかのような力強い文字で『遺書』と書かれていた。