《page 01》
◯モルゲン市周辺の畑 日中
耕された畑のアップのコマからスタート。そこに次のエルの台詞を重ねる。

エル「まぁ、こんなもんで充分じゃろ」

次のコマは魔法を発動させるエルの姿にフォーカス。
特に呪文を唱えたりはせず、手足を動かすのと同じような気軽さで魔法を行使。
すると土が剥き出しだった畑が、瞬く間に実り豊かな麦畑へ姿を変える。
歓声を上げる領民達。

《page 02》
◯モルゲン市周辺の畑(前ページから継続)

マーガレット「凄いです、エル様! 一瞬でこんなに収穫できるなんて!」
エル「地脈を痛めるゆえ、多用できる魔法ではないがな」
エル「今回はベヒモスの山の土を厚く撒き、そのエネルギーでリスクを抑えることができたが、それでも濫用は禁物じゃ。次はないと思え」

冷静そうな発言内容とは裏腹に、エルは称賛を受けて嬉しそうな反応。
そこに狼形態のフェルヴァックが、大量の作物などを乗せた籠を背負って現れ、住民達の歓迎を受ける。

フェルヴァック「待たせたな! 今週分の食い物だ!」

◯モルゲン市城壁周辺
ページ前半のエルとフェルヴァックの様子を、屍王レヴナントが遠巻きに見やっている。
その近くにはリネットの姿もある。

レヴナント「やれやれ……人間如きに煽てられて良い気になりおって」

《page 03》
◯モルゲン市城壁周辺(前ページから継続)

レヴナント「まぁいい、そんなことより本題に入るぞ」
レヴナント「あれから何体かの魔王級魔族と遭遇したが、どれもこの街を破壊した魔王ではなかった」
レヴナント「魔王サタナキア。蛇王ヤト。氷王コキュートス」
レヴナント「我が直接顔を合わせたのはこの三体だ」
レヴナント「三体とも封印の影響で弱体化し、当面は様子見に徹するつもりらしい。情けない話だ」
レヴナント「まぁ……弱体化は我もエルケーニッヒも同様だがな」
レヴナント「こやつらがどんな魔族かは勇者に聞くがいい。奴ならよく知っているだろう」

威圧するような態度のレヴナント。
しかしリネットは怯むどころか、ごく普通の態度で接している。

リネット「ありがとうございます」

《page 04》
◯モルゲン市城壁周辺(前ページから継続)

リネット「ところで、前から気になっていたんですけど」
リネット「肩書がただの『魔王』の場合と、そうではない場合の違いは何なのでしょう」

レヴナント「大した違いはない。群を抜いて強大な能力、あるいは勢力を持つ魔族に与えられる称号、それが魔王だ」
レヴナント「蛇王だの獣王だのというのは、それぞれの魔王が独自に名乗った二つ名に過ぎん」
レヴナント「我が名乗っておる『屍王』もその一種よ」

リネット「なるほど! 勉強になりました!」

笑顔を見せるリネットに、レヴナントは理解し難いものを見るような反応をする。

レヴナント「……我はエルケーニッヒのような穏健派ではないぞ」
レヴナント「勇者との契約の縛りがなければ、今すぐにでもこの街の人間を皆殺しにして、物言わぬ配下に加えていたところだ」
レヴナント「そのような相手を前に気楽なものだな」

《page 05》
◯モルゲン市城壁周辺(前ページから継続)
レヴナントから脅すようなことを言われても、リネットは笑顔を崩さない。

リネット「私は勇者様を信じています。もちろん勇者様の魔法もです」
リネット「だから、勇者様が大丈夫だと仰るなら、私も恐れたりはしません」
レヴナント「ふん、あの男も随分と買われたものだ」

輝かんばかりの笑顔から顔を背けるレヴナント。

レヴナント「……ところで、その張本人の姿が見当たらんのだが?」
リネット「勇者様でしたら港町に」
リネット「再建のための下見をすると仰っていましたよ」

《page 06》
◯アヴァロン島 港町モロノエ 桟橋 日中
場面転換。トリスが最初に上陸した港町。
まだ廃墟のままで、復興どころか瓦礫の撤去も進んでいない。

トリスは港の桟橋に腰を下ろし、老人と並んでのんびりと釣り糸を垂らしている。
(このページでは台詞を入れない)

《page 07》
◯アヴァロン島 港町モロノエ 桟橋(前ページから継続)
トリスと老人はどちらも桟橋に座って釣り竿を持ち、海を眺めながら会話をしている。
二人とも海だけを見ていて視線は交わさず、しんみりとした空気。

老人「またこうして釣りに興じられる日が来るとは、夢にも思っておりませんでした」
老人「もう十年振りになりますかな」

トリス「十年前というと、前の領主の息子が魔族に寝返った時期ですね」
トリス「それ以来、島全体が大魔王軍の流刑地にされ始めたとか」

老人「ええ。逃亡を防ぐという名目で、自由に海を訪れることが禁じられてしまったのです」
老人「許されたのは必要最小限の漁だけ。楽しみのために釣りをするなど、とてもとても」
老人「ですから、私は心から勇者様に感謝しておりますよ」
老人「……勇者様ご自身が、どうお考えになっているとしても」

老人の発言を受け、トリスが苦笑する。

トリス「あれ? 顔に出てました?」

《page 08》
◯アヴァロン島 港町モロノエ 桟橋(前ページから継続)

トリス「この島に封印された魔王達が目覚めた原因が、大魔王デミウルゴスの死だとしたら」
トリス「直接的な原因になったのは俺ですからね」
トリス「もっと上手く立ち回っていたら、防ぎようもあったんじゃないか……そんな風に思わないと言えば、嘘になります」

老人「ははは、さすがは勇者様」
老人「大魔王を倒して世界を救ったのみならず、こんな小さな島のことすら気にかけてくださるとは」
老人「ですがご安心を。勇者様を恨む恩知らずなど、この島にいるはずがありません」
老人「もっとも、あの親不孝者が島に残っているなら、話は変わってしまいますが」

冗談を飛ばして笑う老人。

トリス「その逆恨みはさすがに付き合ってられないなぁ」

《page 09》
◯アヴァロン島 港町モロノエ 桟橋(前ページから継続)

トリス「とにかく、島を復興させるためには、この港の復興も必要不可欠」
トリス「だけど俺はそういう分野の素人なもので」
トリス「前の領主から港湾管理を任されていたという貴方に、復興の助言をしていただきたいんです」

老人「喜んで。この老いぼれがお役に立てるのなら、何なりと」
老人「さしあたっては、本土との間の貨物船を再開させる必要がありますな」
老人「港の修復も大切ですが、それよりもまずは船の喧騒が必要です」
老人「ここ三ヶ月の間に、まともな船は全て失われてしまいましたから」

《page 10》
◯アヴァロン島 港町モロノエ 桟橋(前ページから継続)
老人の前ページの発言を受け、トリスは怪訝そうな表情を浮かべ、ここで初めて隣で釣り糸を垂らす老人の方に視線を向ける。
しんみりとした空気感に浸るのも忘れるくらいの疑問が浮かんできたため。

トリス「全部? 本当に?」

老人「ええ。九割方は破壊され、残る一割も島から逃げ出す魔族に奪われました」
老人「もはや島にまともな船は一隻も残っておりません」
老人「しかし街に残った人数では、作れてせいぜい小船程度」
老人「逃げ出した者達を呼び戻すか、あるいは本土で船を買い付けるか……」

トリス「じゃあ……あの船は?」

海の方を指差すトリス。
一隻の小振りな帆船が、港に向かってまっすぐ向かってきている。

《page 11》
◯アヴァロン島 港町モロノエ 桟橋(前ページから継続)
トリスと老人のやり取りのコマと、帆船がぐんぐんと近付いてくるコマを交互に描写。
1コマごとにトリスと老人の顔に焦りが浮かんでいく。
前ページまでのしんみりした雰囲気から、ギャグっぽい雰囲気に移り変わるギャップを演出。

老人「この島の船では、なさそうですが」
トリス「ていうか、まっすぐこっち来てるよな」
老人「止まる気配も……ありませんな」
トリス「……おいおいおいおいおい!」

船先が桟橋の目と鼻の先まで迫ったコマで次のページに。

《page 12》
◯アヴァロン島 港町モロノエ 桟橋(前ページから継続)
桟橋に突っ込んでくる小型帆船。老人を掴んで素早く退避するトリス。
帆船はギリギリのところで横滑りの状態に移行し、桟橋に軽くぶつかりながら停止する。
普通の帆船なら絶対にありえない動き。

《page 13》
◯アヴァロン島 港町モロノエ 桟橋(前ページから継続)
桟橋に横付けした帆船を見上げ、腰を抜かす老人。
トリスは色々と察してしまった顔で呆れている。

老人「あ、あんな動き、帆船にできるわけが……まるで魔法でも使ったかのような……」
トリス「ような、じゃなくて、まさしくその通りでしょうね」

船の甲板の縁(低い壁のようになっている部分)に誰かの足が乗せられたコマを最後に、次のページに移行。

《page 14》
◯アヴァロン島 港町モロノエ 桟橋(前ページから継続)
最後のコマの人物の正体は、魔法使いのヴィヴィアン。
甲板の縁に立って桟橋のトリスを真剣な面持ちで見下ろしている。

トリス「ヴィヴィアン! やっぱりお前か! 相変わらず乱暴な操船だな!」
ヴィヴィアン「到着さえすればいいんです。そんなことより、聞きましたよ」
ヴィヴィアン「魔王エルケーニッヒと手を組んだそうじゃないですか」

トリスがしまったと言わんばかりに、ギャグっぽく顔を歪めたところで場面転換。

《page 15》
◯アヴァロン島 モルゲン市 領主の館の応接間
一コマほど街の風景を挟んで時間経過を示す。
部屋の内部は第01話の屋内と比べるとかなり片付いているが、それでもまだ元通りには程遠く、廃墟よりはマシといった程度。
そんな部屋で、トリスとヴィヴィアンが簡素なテーブルを挟んで向かいあっている。
同席者はリネットとエル、そして人間形態のフェルヴァック。
リネットとフェルヴァックはトリスの後ろに控えているが、エルはボロボロのソファーにやる気なく寝そべっている。
(ここからしばらくは台詞中心のシーンが続く)

ヴィヴィアン「なるほど。手を組んだのではなく、至上契約(フェイタル・ギアス)で従えた、と」
ヴィヴィアン「どうせそんなことだろうと思っていました」
ヴィヴィアン「まぁその割には、我が物顔で寛いでやがるように見えますけど」

トリス「エルケーニッヒのこと、一体誰から聞いたんだ?」

ヴィヴィアン「この島から逃げてきた下っ端魔族ですよ」
ヴィヴィアン「島の現状についての情報もそいつから仕入れました」

トリス「船を盗んで逃げ出した奴か……」
トリス「心配して様子を見に来てくれたのは嬉しいけど、こっちは順調にやってるよ」
トリス「エルケーニッヒもおかしなことをする素振りはないしな」

《page 16》
◯モルゲン市 領主の館の応接間(前ページから継続)

ヴィヴィアン「いいえ、まだ用件は終わっていません」
ヴィヴィアン「というか、ここからが本題です」

ヴィヴィアンがテーブル越しにトリスを見据える。
睨んでいるようにも見える目つきだが、トリスを責めようとしているわけではない。

ヴィヴィアン「私は誰かさんと違って楽天家じゃありませんので、魔族から仕入れた情報を簡単に信じたりはしません」
ヴィヴィアン「封印された魔王がどうとか、流刑地がどうとか、とても真に受けられるものじゃありませんでしたしね」
ヴィヴィアン「なので当然、可能な限り裏を取りました」
ヴィヴィアン「具体的に言えば、アンブローズの人脈を使わせてもらって、王宮の機密資料をこっそり見せてもらったりとか」

《page 17》
◯モルゲン市 領主の館の応接間(前ページから継続)

トリス「アンブローズの? そういえばアイツ、ちゃんと大神官に昇格できたのか?」
ヴィヴィアン「昇格していましたよ」
ヴィヴィアン「さすがに大神殿も、口約束を反故にするほど恥知らずじゃなかったようですね」
リネット「ええっ! 勇者様、大神官様ともお知り合いなんですか!?」

興奮して話に割って入るリネット。

トリス「大魔王討伐パーティーの一人だよ。大神官昇格は魔王討伐の報奨だな」
ヴィヴィアン「お陰様で、アヴァロン島についての情報が正しいと確認したわけですが」
ヴィヴィアン「その過程でもう一つ、滅茶苦茶ヤバい資料に行き当たってしまいましてね」
トリス「ヤバい資料?」

《page 18》
◯モルゲン市 領主の館の応接間(前ページから継続)

ヴィヴィアン「『勇者追放計画』です」

この場の空気が緊迫でピンと張り詰める(エルは除く)

ヴィヴィアン「案の定というか、国王はトリスを恐れていたようですね」
ヴィヴィアン「大魔王を倒した超人が目と鼻の先にいるという恐怖」
ヴィヴィアン「勇者の方が王位に相応しいという主張が広まっていく恐怖」
ヴィヴィアン「今すぐにでも勇者を遠ざけてしまいたいけれど、かといって露骨に排除すると後がもっと怖い……」

エル「事を荒立てて、勇者トリストラムの恨みは買いたくない、と?」
リネット「勇者様を蔑ろにしたら、国民の支持を失ってしまうかも」
ヴィヴィアン「両方とも大正解!」

《page 19》
◯モルゲン市 領主の館の応接間(前ページから継続)

ヴィヴィアン「アヴァロン島の現状……この島が既に魔族の手に落ちていたことを隠蔽していたのは、トリスの件とは全く関係ない偶然です」
ヴィヴィアン「ですが、国王にとっては本当に都合が良かった」
ヴィヴィアン「辺境伯の地位は勇者に相応しい報奨ですし、まかり間違って魔族が勇者を殺せたら、それはそれで万々歳……って思惑ですね」

エル「あっはっはっ! やはり貴様も島流しではないか!」

エルが笑いながらトリスの背後に立ち、肩をバシバシと叩く。

エル「こやつ、国王に深謀遠慮があると思っておったのだぞ! そんなわけないだろうに!」

第02話06ページのトリスの発言をイメージ映像として出す。

トリス「あ、あのなぁ。あれは仮説の一つであってだな」
エル「嘘つけ! この地上最強楽観主義者!」

リネットは困ったように笑い、ヴィヴィアンは「やっぱり」と小さな書き文字付きでジト目。

《page 20》
◯モルゲン市 領主の館の応接間(前ページから継続)
人間形態のフェルヴァックが吠え立てるように口を挟む。

フェルヴァック「ちょっと待った! つーことは、だ!」
フェルヴァック「兄貴を厄介払いしやがったクソ野郎は、今頃どっかでほくそ笑んでやがるってことか?」
ヴィヴィアン「どっかというか、ペンドラゴン王国本土の首都ですね。国王ですし」
フェルヴァック「舐め腐りやがって! 喉首噛みちぎってやろうか!」
リネット「絶対ダメですよ!?」

トリスはエル達のやり取りを意に介さず、真剣な顔で何か考え込んでいる。

トリス「厄介払いだったとしても、この島に送り込んでくれたことは感謝したいと思ってるよ」
トリス「だけど……このままだとマズいことになる」

《page 21》
◯モルゲン市 領主の館の応接間(前ページから継続)

リネット「このままだと?」
フェルヴァック「兄貴が気にしねぇっていうなら、それで終わりなんじゃ」
トリス「終わらないね」
トリス「考えてもみろ。国王は俺を恐れているんだろ?」
トリス「俺が魔族を仲間にしていると知ったら、どうなると思う?」

トリスの言葉でハッとする、リネットとフェルヴァック。
ヴィヴィアンとエルは最初から同じことを考えていた様子で頷く。

トリス「最悪の場合、大魔王の次の討伐対象にされるかもしれないな」

《page 22》
◯モルゲン市 領主の館の応接間(前ページから継続)

フェルヴァック「クソッ! そういうことかよ!」
フェルヴァック「ていうか、エルケーニッヒ! てめぇ最初から気付いてやがったな!」
フェルヴァック「どうして黙ってたんだ!」

エル「決まっておろう。離間工作だと思われては堪らんからだ」
エル「いくら契約に縛られているとはいえ、儂が魔王であることに代わりはないのだぞ?」
エル「叛意を疑われるような真似などできるものか」

トリス「落ち着け、フェルヴァック。これは俺のミスだ」

心配そうにするリネットとフェルヴァック。
しかしトリスの顔に不安と絶望の色は全くない。

《page 23》
◯モルゲン市 領主の館の応接間(前ページから継続)

トリス「ヴィヴィアン。俺がこの島に来てからのこと、国王はどの程度まで把握しているんだ?」
ヴィヴィアン「今のところは、全く。時間の問題だとは思いますけど」
トリス「それなら何とかなりそうだ」
トリス「ありがとう、このタイミングで来てくれて助かったよ」

ここで勝利を確信したように笑うトリス。

リネット「何とかなるって……一体どうするんですか?」
フェルヴァック「いつもみたいにぶん殴って解決! ってわけにはいかねぇんだろ?」

トリスはこの時点では質問に答えず、ただ不敵に笑っている。

《page 24》
◯アヴァロン王国 首都
場面転換。場面が一気に本国へ飛んだことを示すための風景描写。次シーンの前振り。
必要なら「数日後――」など時間経過を示すナレーションを入れておく。

◯アヴァロン王国 王城 国王執務室
執務中の国王を大臣が訪ね、勇者追放計画の進行状況を報告する。

大臣「陛下。アヴァロン島偵察部隊の編成、滞りなく完了しました」
国王「うむ、すぐに出発させろ」

一礼して退出する大臣。

《page 25》
◯アヴァロン王国 王城 国王執務室(前シーンから継続)

国王「トリストラムが苦戦しているなら、それでよし」
国王「既に平定が進んでいるなら、適切な横槍を入れてやらねばな」

とことん余裕たっぷりな態度で独り言を呟く国王。
不意に、執務室のテラスの外から騒がしい歓声が聞こえてくる。

国王「何の騒ぎだ?」

国王は執務室のテラスに出て、眼下に広がる城の前庭の様子を伺う。
すると、さっきまで余裕だった国王の顔が驚愕に染まっていく。

国王「ば、馬鹿な……!」

《page 26》
◯アヴァロン王国 王城 前庭
そこにいたのは勇者トリストラム。
白の兵士達に囲まれ、まるでファンに囲まれたアイドルのように歓声を浴びている。
(国王や大臣からは恐れられているが、一般人からは慕われている描写)
トリスがテラスで慄く国王の存在に気が付き、視線を向けて微笑む。
それだけで国王は腰を抜かし、情けない悲鳴を上げてしまう。

国王「ひ、ひいっ!」

《page 27》
◯アヴァロン王国 王城 国王執務室
恐怖で冷や汗まみれの国王がモノローグで焦りまくる。
トリスを恐れていたというのは「警戒していた」という意味の比喩ではなく、本当に恐怖の対象だった。

国王(な、何故、勇者がここに!)
国王(まさか、追放計画を見抜かれた!?)
国王(私がアヴァロン島の現状を知っていたと気付いたのか!?)
国王(だとしたら、まずい! まずいぞ!)
国王(報復なんぞされたらひとたまりもない!)
国王(あの化け物の手にかかれば、私など指一本でひき肉にされてしまう!)

這うように逃げようとする国王。
ちょうどそのタイミングで、トリスがテラスの手すりを乗り越えて執務室に入ってくる。

トリス「よっと」
国王「ひいっ!」

《page 28》
◯アヴァロン王国 王城 国王執務室(前シーンから継続)
国王は床にへたり込んだまま、恐怖でがくがくと震えながらトリスを見上げる。
一方のトリスは普段と変わらない態度のまま。

トリス「急ぎの用事なので、こんな形で失礼します」
トリス「今日は折り入ってお願いがありまして」
トリス「実は先代のアヴァロン辺境伯が、重大な情報を隠蔽していたようなのです」
国王「じょ、情報、とな?」
トリス「ええ! アヴァロン島は魔族の巣窟! おかげで統治も思うように進みません!」

オーバーな仕草で堂々と嘘をつくトリス。
それを聞いて、国王は心底ホッとした顔になる。

国王(そうか! 気付いておらぬのか! 前の領主の失態だと解釈しておる!)

一方のトリスも、その国王のリアクションを見てニヤリと笑う。

トリス(――なんて思ってるんだろうな。顔に出過ぎだっての)

《page 29》
◯アヴァロン王国 王城 国王執務室(前シーンから継続)

国王「い、いやはや、それは難儀だったな。そのような情報は私も初耳だったぞ」
トリス「正攻法では対処が難しいため、前例のない特別な手段を試そうと思っているのですが」
トリス「ひょっとしたら、それを『反乱の準備だ』と誤解されてしまうのでは、と不安になってしまいましてね」
トリス「そこで、陛下にお願いしたいことがあるのです」
国王「うむ、申してみよ」

国王は表向きは平静を装っているが、内心ではまだブルブルを震えている。

国王(ひとまずは助かった……だが、下手な返事はできんぞ……)
国王(要求を断ったりしたら、わざと苦しめようとしていると思われるかもしれん……)
国王(それだけは駄目だ! 絶対に避けねばならん!)

《page 30》
◯アヴァロン王国 王城 国王執務室(前シーンから継続)

トリス「何ということはありません。至上契約(フェイタルギアス)を結んで頂きたいのです」
トリス「陛下は私の『特別な手段』を承認すると約束し、私は王国に反旗を翻さないと約束する」
トリス「そうすればお互いに安心を得られると思うのですが」

トリス口の端を上げて悪い顔で笑っているが、国王がそれに気付くことはない。

国王(な……何たる幸運! 怪物が自分から牙を収めてくれたぞ!)
国王「よし分かった! 今すぐ契約を結んでやろう!」
国王「どんな手段でも好きにしろ! 心置きなく統治に励むがいい!」

◯アヴァロン王国 王城外の物陰
一方その頃、物陰に隠れた魔法使いのヴィヴィアンが、魔法の水晶玉越しに一連の交渉を覗き見している。

ヴィヴィアン(いやぁ、王様ったら見事にハメられちゃいましたね)

《page 31》
◯アヴァロン王国 王城外の物陰(前シーンから継続)

ヴィヴィアン(今回は魔族を蹴散らすときのように、人間離れした強さで力任せに解決することはできなかった)
ヴィヴィアン(けれどその代わり、勇者の強さに対する国王の恐怖心を利用して、一方的に有利な条件の取引を成功させた)
ヴィヴィアン(なんて恐ろしい手腕。本当、あらゆる意味で敵に回したくない人です)

凄いものを見たと言わんばかりに嘆息するヴィヴィアン。

ヴィヴィアン(これでもう、トリスがどれだけ魔王を従えても、国王は文句を言えなくなった)
ヴィヴィアン(後で真相を知ったら卒倒しそうですね。まぁ、とっくに後の祭りなわけですが)

ヴィヴィアンは水晶玉を覗き込むのを中断し、顔を上げて遠くを見やった。

ヴィヴィアン(この調子なら、アヴァロン辺境伯領の統治も順調に進みそうです)
ヴィヴィアン(想定外の事態でも起こらない限り……)

《page 32》
◯アヴァロン島 詳細不明の土地
一気に場面転換。クレーター状の巨大な陥没の中央から、凄まじい勢いで光が溢れ出している。
その場に居合わせたのは屍王レヴナント。
髑髏の顔に焦りの色を浮かべ、目の前の光景に威圧されている。
ヴィヴィアンが懸念していた想定外の事態が、今まさにアヴァロン島で起きようとしているところだった。

レヴナント「何なのだ、これは……一体、何が起きているというのだ……!」