「ぐぬぅぅ。悪女めがあああ!!」
「さぁ! ヤマトさん今ですッ! 私ごとゲスダーをッ!!」

 必死に叫ぶアリシア。だからこそ俺は――

「――なぁ相棒。どう思う? どっかで見た事ある光景だよなぁ」
『あれですよ。ほら、主の故郷で人気の、虐げられた聖女ってやつです。悲劇のヒロインが隣国の王子に救われるってやつですよ』
「それな! だが……」

 アリシアをしっかりと見つめ、「俺はその話しが嫌いでね」と続ける。

「ヤ、ヤマトさん何を言っているんで――」

 自分の渾身の思いを否定された事からか、それとも聖女としての残り時間が少ないのか、アリシアは焦りながら叫ぶが、それに被せて力強く静かに話す。

「――四十(しじゅう)数年経験して分かった事がある。リアルってのは無情だよ。だから聖女が虐げられていても、都合よく白馬の王子なんてのも来ないし、勇者も賢者も来やしない。そんな状況でも、俺や相棒。わん太郎にエマージェも心配し、この国の民までの事を考える……確かに立派な聖女様だよ」
「ヤマトさん……」

「だがしかし、だ。そこに自分の気持ちは何処にある? おまえが自由に過ごせる未来はどこにある?! そんな不自由な自由は断じて俺は認めねぇッ! その自由に聖石が邪魔か? クソ兄貴が邪魔か? ゲスダーが邪魔か? この国自体が邪魔か? ならいいだろう、俺が一切合切全て釣り上げてやる! 来いアリシア! おまえに本当の自由な景色を魅せてやるッ!!」

 アリシアは目を見開き、一瞬顔が明るくなったが、また暗く沈み話す。
 が、それに全て被せて先を言う。

「で、でもそんなワガママが許されていいはずが――」
「――俺が許す!!」
「ヤマトさんたちにもこれ以上迷惑は――」
「――もっと許す!!」
「聖女として――」
「――そんな役目を与えたクソ女神に、胸の石ころを投げつけてやるさ」
「でも私が死なないと次の聖女が決まらず国民が――」
「――お前一人に背負わせる国など滅べばいい。何億の知らないヤツらより、俺はおまえの笑顔を何よりも守りてぇ」

 その言葉でアリシアはとうとう泣き出し、震える泣き声で問う。

「わ゛た゛し゛本当に自由になってもいいのか゛な゛?」
「そう言っている。お前は自由だ……だからアリシア、おまえの言葉でどうしたいか言ってみろ」

 その言葉が引き金だったのか、アリシアは「うわあああん」と泣きながら、本心を放つ。

「本と゛うは死にたくないよぅ゛も゛っと、も゛っと、みんなと過こ゛し゛た゛い゛よ゛ぅ゛」
「なら過ごせばいい。どこまでもどこまでも、自由にあの夜明けの空の向こうまで、好きに行けばいいさ」

 アリシアの視線の先に見える暗闇。
 そこから徐々に太陽が昇り始め、漆黒の世界をあたたかい一筋の光が差し込む。
 と同時に、ゴッド・ルアーを海へと投げ込み、俺と同じ背丈ほどの銀鱗の魚を釣り上げ右手に持つ。

「ほら帰るぞ。もどったらコイツで朝飯にしようぜ? だから、な……何も考えずに戻ってこいアリシア! おまえを泣かせる全てから、ばあさん寸前まで俺が守ってやるッ!!」

 その言葉が決め手だった。
 大粒の心の悲しみを、とめどなく流して何度も何度も首を大きくふって応えた瞬間、ゲスダーが拘束を解き放ちキレ叫ぶ。
 
「不快不快ふかああああああいッ!! 勝手に何をほざいているのですか!? 馬鹿話している間にもう力は戻りました。さぁ命令権は私にもどました、殺れ堕天使共よ! クソガキもろとも船を砕いてしまえ!!」

 一時封じられていた力を取り戻したゲスダー。
 その力にまかせて、また堕天使群を俺へと堕とす。
 それを見つめながら自然体で構えていると、相棒が苦言を呈する。
 
『やれやれ、せめて死ぬまで守っておあげなさいませ』
「ん~でも子供の笑顔を守りたいってのは本心だぜ?」
「わ、わたしの方がお姉さんなんですから!!」
「ハイハイ。とはいえ……本気で押しつぶしに来やがったか」

 白い塊となって迫る堕天使。こいつらを処理する時間を考えると頭が痛い。
 このままならアリシアを釣り上げる前に、聖女の力が尽きてしまうかもしれないと内心あせる。
 が、その時だった。

 迫る堕天使の群れの前に、巨大な物体が二つ現れた。
 一つは黄色いもふもふな非常食・エマージェンシー・フード。
 そしてもう一つは……。

「なんだコイツは……」

 そう言葉が止まるほどに、凶悪で凶暴。一目でヤバイと分かる氷の化け物がいた。