それは色が悪い――いや、死んだ魚というのが適切か。
 そんな色艶をした、鮮度の悪い魚の巨大な目が海面ギリギリより俺を見ていた。

 流石の堕天使の群れも、それに注意をそらされたのか、一時攻撃をやめてそれを見る。
 ゲス天使のヤロウも同じようで、驚きのまま口を開く。

「な……なんですかアレは? 目玉だけでこの船と同じくらいありますね。クソガキ、貴方しっていますか?」

 知らねぇよと答えるつもりだったが、次の瞬間に出た空中映像で全てが明らかになる。

 それは神釣島の朽ちた社内に安置されている、ゑびす像の御神体だった。

『あーあー聞こえまっか、大和様? わいは神釣島の防衛(ざつよう)を主に担当しとる、ちょっぴりキュートなゑびす神ですねん』

 ゲス天使が「やはり貴様の手のものか!?」と言うが、それに構わず話が続く。

『大和様の下におるデカイ魚ですけど、二つ問題がありますねん。一つは大和様がまだリミットブレイクしていない事』
「え、リミットブレイク? なんだそりゃ?」
『時間無いんで先にすすませてもらいまっせ~。そして予想外だったのが、そのデカ魚の器に中身が無いんですわ。だからソレも何とかしたってください。なに、大和様なら絶対に出来まっせ! しらんけど。ほな、さいなら~』

 好き勝手に意味不明な事を言うゑびすは、消え際に相棒へ『ロッドマン、後は頼んだで?』と言うと完全に消え失せた。

『……そういう事は早く言ってほしかったですがね』
「どう言う意味だよ?」
『そうですね。一言で言えば――そこの神気取りのゴミを駆逐しろという事ですよ』
「シンプル・イズ・ベスト。いぃ~ねぇ……分かりやすい!!」

 相棒をゲス天使へ向けて、口角を上げてそう言ってやると、逆さになった顔を紅潮させてツバを飛ばしながらまくしたてる。汚いヤツめ。

「キサッ、キサマ状況が分かっているのか!? この五万! いや、すでに倍の十万に膨れた神の軍勢を相手に何が出来るのだ!!」
「いいか三下、教えてやる。人間すぐに〝出来ませんと言うやつ〟は、結局なにも手に入れられないまま終わるんだよ。だがな、プロの大人は違う」

 相棒を左肩に担ぎ、右人差し指をヤツに向けて高らかに言ってやる。

「出来る出来ないんじゃねぇんだよ。ヤルんだよ(・・・・・)。槍が降ろうが、汗臭そうな天使が降ろうが、ゲス野郎がゲス天使になろうが……お前ら全員、釣り竿一本でまとめて地獄へ落してやる。これがプロの流儀だ」

「な……なに……が、プロですか? なにが教えてやるですか……? なら教えてみろ! そのガキの体で大人な神の私にッ!! 行け天使共! 骨すら残さず砕きつくせ!!」

 ゲス天使の号令で一気に堕天使が攻撃を再開。

 その勢い、触れただけで五体が吹き飛ぶほど。
 その気迫、周囲の一般兵が気絶するほど。
 その武力、まさに一国を滅ぼすほど
 
 ――が。

「それがどうしたあああああ!! ゴッド・ルアーよ、見えるもの全てに喰らいつけッ!!」

 瞬間、黄金の閃光が縦横無尽に夜空を駆け抜け、堕天使たちを青い粒子へと変えていく。
 ルアーを(かわ)した堕天使は、魔釣力で強化された釣り糸で真っ二つにされ粒子へと変わる。

『お見事! ですが……』
「あぁ……限界だ」

 黄金のルアーの勢いが止まり、堕天使に弾かれる。
 と同時に俺の体から(マナ)(ポイン)(ちょう)がゴッソリと消え失せ、めまいで視界がぼやけてしまう。

 右手で頭を抱えながら、何とかふらりと立つが、足元はそれを許さず片膝立ちになる。

「くふッ。あ~っはっはっは! それがプロですか? あぁぁぁん? さぁ、約束の時は来ました。今すぐクソガキの首を()ねてさしあげなさい」