◇◇◇
◇
――時は少し戻り、大和がコテージで寝ぼけていた頃、アリシアは小舟で神釣島を後にする。
遠ざかる光るキノコの光が、アリシアを引き止めているように思えた。
「もう忘れろよ、アンタには関係のない風景となったんだからな」
そう牢屋にいた彼。ジミーが言うけれど、私には体が引き裂かれるとしか思えない感覚だった。
月明かりに照らされる船を見て、黒ずんだ血の跡を見つけまた気持ちが暗くなる。
この船の持ち主も、私のせいで殺されたのかも知れない……。
そう思い見上げる満月は、真っ赤に見えてくる。
せめてこの船の持ち主が迷わず旅をと聖石に祈り、うつむいていると黒いローブの男がやって来た。
「聖女殿下、お久しぶりですね」
「あなたは確か……そう、オルドの手のものね?」
「はい。以前あなたの護衛を務めたことがあります」
「そう……それで宰相はなんと?」
「話が早くて助かります。宰相閣下は神釣島の秘密を知りたがっております。なにとぞ包み隠さず全てを」
兄上も、宰相も考えることは同じというわけか。
確かにあの後、司書さんに色々聞いてみたけど、本当に宝の山だった。
場所によっては砂すらも貴重な存在で、薬草から食材までが伝説級のものすら、普通に見かけることが出来たのから。
「別になにも無いです。あの島はエクスポーションの材料の草と、鉄鋼錬石があるだけです」
「そうですか……まぁいいでしょう。帝都へ戻れば話したくもなる。そんな日が来ると思いますので」
そう言うと、この部隊を指揮している男は去っていく。
仲間内から隊長と呼ばれている事から、そういう事なのだろう。
船を走らせしばらくすると、海上にぼんやりと明かりが見えてくる。
遠くから見るとまるで不夜城であり、その中でもひときわ大きい物が中央にあった。
「聖女殿下到着しました」
「大きいあれは一体……」
「皇太子殿下の御座艦――デストロイヤーです」
まるで城と思えるほどに大きいそれは、兄上が乗る船だという。
艦隊に近づけば近づくほど、その大きさが異常だと気がつく。
他の軍艦も大きく左右に砲塔があるが、デストロイヤーには三重の砲塔があり、その上に巨大な玉座がある甲板があるという。
軍艦の間を縫って船がデストロイヤーへと接舷されると、上からタラップが降りてきた。
「聖女殿下、我々はここまでです」
「ありがとうございます。では……」
タラップの手すりに手をかけ階段を上る。
ふと下を見ると牢屋の彼・ジミーが苦々しい顔で手を振っていた。
そのジミーが隊長と話しているのが聞こえる。
「隊長……俺は今更ながらさとりましたよ。あの娘は本当の意味で本物の聖女です」
「…………そうだな。だからまぁ……生きているうちに、俺らは楽しもう。どうせその後、ろくなことがないのだから」
それが最後となり、あとは二人の会話は聞こえなくなった。
「おお! 来たか我が妹よ!! こちらへ来て状況を報告せよ!」
巨大な船内を通り、やっとたどり着いたのは船の上とは思えない場所だった。
絢爛豪華な装飾で彩られ、技工をこらした柱が並ぶ。
まるで宮殿かと錯覚するこの場所は、最奥に三段階段があり、驚くことにその上には巨大な玉座があった。
その玉座は、お父様が座るものよりも遥かに立派なものであり、その玉座から兄上が私を呼んでいる。
玉座の周りには半裸に近い美女を複数侍らせ、高価な酒と食事。それに財宝で周囲を飾る。
悪趣味もいいところだと思い吐き気がしたけれど、ふりしぼり一言声をかけた。
「兄上……」
「んん? どうしたアリシア。様が抜けておるぞ?」
「なぜこのような艦隊で来たのですか? 私だけを連れ戻すなら、船を一艘よこせばいいだけのはずです」
「ふん、知れたこと。仮にも伝説と歌われる島よ。どんな魔物がおるかしれぬし、何より住民を皆殺しにしてオレの礎にするためよ」
やっぱり……ならばここしかない。
「兄上、そこでお願いがございます。私の隠された力はご存知のはず……その力を兄上のためにだけ使いましょう」
「……で?」
「はい。ですから、それと引き換えに、あの島にいる島民の命だけはなにとぞご容赦くださいませ。このアリシア、伏してお願い致します」
この国は奴隷という悪習制度がある。
その奴隷は主人にたいし、絶対的な忠誠を誓う印として、両膝を地面へとつけて額をそこへ押し付ける。
今、私はそれを兄上に対してした。そう、兄上の奴隷として生きると宣言した。
だから兄上の許しを待つ。数旬後、それがおとずれる。
「よかろう……お前の奴隷になろうという殊勝な思い受け取った」
「で、ではお聞きいただけると!?」
「んん? 誰が奴隷の言うことを聞く主がおる? 奴隷としての忠誠は受け取るが、それは当然の事よ。なれば、お前の言う事など聞くはずもなし」
「そ、そんな!? では力は使いませぬ! 絶対に!!」
「ハッハッハ。それは面白い冗談だな。よいか、物事には絶対は無いのだ。まぁお前が使いたくないのならよい……が、よいのか? 島民がこの世の全ての苦痛を味わい、死にたくても死ねない苦痛の無限地獄へ落とされても?」
その言葉の意味に「なッ!?」と一言も漏れ固まる。
それもそのはず、だってそれは回復しながら拷問をするという意味なのだから。
「兄上、アナタと言う人はそこまで……」
「よい目をしている。その怯えながら震える瞳がオレはなによりも好物でな。昂りを覚える……先は長い、素直になるほうが互いのためぞ? まずこの娘たちを相手した後、お前を迎えに征く。楽しみに待て。だれぞ、アリシアを船室へ放り込んでおけ。丁重に、な?」
「ハッ!!」
背後に控えていた衛兵二人が私の両腕を掴み、そのままひきずるように展望玉座をはなれる。
「兄上!! どうか、どうかもう一度お考え直しください!! あの島には手をださないで!! 平和に静かにくらしている、ただの一般人なのですから!!」
「これ以上奴隷と語らう事など無い。早々に引き立てい!」
「ハッ! ほら、さっさと来い! 痛い目をみないと分からないか!?」
そう言われながら、乱暴に引きずられてしまう。
階段にくるぶしを打ち付けながら。しばらく引きずられた後、勢いよく部屋の中へと放り込まれた。
「大人しくていろ! どうせ何も出来はしないんだからな!?」
そして勢いよくドアをしめられ、壁からよろめきながら立ち上がる。
「くぅ……ヤマトさん、みんな、ごめんなさい……また私……うぅぅぅ」
悔しくて大粒の涙があふれでる。
ただただ悔しくて、情けなくて、それがいつまでも流れ落ち、床に涙だまりを作ってしまう……。
その時、船室の窓から月明かりが差し込んでいる事に気がつく。
部屋の外には見張りはいるのだろうけど、窓の外には誰もいない。
だから決心した。島へと戻り、聖女の力を使ってヤマトさんを守ろうと。
「はぁ、いつもそう。こんな事なら始めからそうすればよかったのに……っていけない、今は行動の時だったよね」
でも聖女の戦闘力は悪魔や闇属性特効……一般兵には効果は普通程度。
だからどうしたのよアリシア。それでもやるって决めたじゃない。
窓枠を掴み黒い海面を見る。
引き込まれそうで怖いけれど、何とか平常心を持って頑張ろうと决め、暗黒の海へ飛び込んだ。
「ん? 今何か聞こえなかったか……なにかこう水に落ちた音だ」
「水に落ちた? まさか……オイ! 誰か海面を照らしてみろ!!」
「いたぞ! あの白いローブは聖女か!? 至急引き上げろ!!」
いけない見つかった!? 何とかして逃げないと。
聖女の力を使い、身体強化をして泳ぎすすむ。
すると隣の船が近寄ってきて、行く手を阻まれてしまう。
ならばと背後へと逃げようとするが、そこにも船が現れ逃げ場を完全に失った所で、真上から網を投げられ捕まってしまった。
「くぅぅ、ホワイト・ダガーで! ダメ、この距離でこの太い網は斬れないッ!?」
引き上げられて行く体。その不甲斐なさに奥歯をかみ締めながら、神釣島方面を見つめるだけしか出来なかった。
◇◇◇
◇
――同時刻・神釣島の海岸沿い。
「わん太郎、こっちでいいのか!?」
「間違いないんだワン! こっちからゾンビ娘と獣男の匂いがするんだワンよ!!」
「ぴょぽぽぽぽ!!」
「頼むぞエマ! お前の足が一番速い!!」
「むむむ!? 大和ぉ、ここから連れ出されたんだワンよ!」
わん太郎が指し示した場所。そこには複数の足跡があり、船を出した後がくっきりと残っていた。
『問題はここからですが……主よ、どうなさいますか?』
クソ、やっと行き先がわかったのはいいが、問題はこの後だ。
どうやって追いかける? 釣り糸を引っ掛けるにも、その場所がない。
泳いでいくのも不可能だし、船を作り上げるのは出来るが、今からやってたんじゃ間に合わない。
「何か……何か手はないか……ん? んんん?」
『どうしましたか?』
「いやさ、鳥って飛べるじゃん?」
『はぁまぁ? って、まさか!?』
俺の下にいる巨大な黄色い毛玉。
その頭のアホ毛を持ちつつ、「コイツで行こうぜ?」と言う。
すると「ぽ、ぽっぴょむ!?」と驚くが、俺には分かる。だから堂々と言ってやる。
「エマージェンシーフード!! 今こそ四聖獣の力見せてもらおうじゃねぇか! お前なら飛べる……だろう?」
「ぽぴょおおおおお!!」
「よく言ったッ! わん太郎飛ぶぞ、掴まれ!!」
「わかったんだワン!!」
エマージェは短い足をバタつかせて、とてつもない速度で走り出す。
目指すは張り出した入江の崖の上。
そこへ向かって猛ダッシュする黄色いヒヨコ。
あっという間に崖の先端まで行くと、迷わずすすむ。
「よおおおおし行けええええええええええ!!」
「飛ぶんだワンよおおおお!!」
『今こそ羽ばたくのです!!』
勢いはまし、そのままの崖の上から飛び出す。
しかし重力に逆らえず、そのまま落下した次の瞬間、「びいょおおおおおおおおお!!」と叫び、もふっもふの羽を大きく羽ばたかせた。
すると一瞬空中に停止し、さらに浮き上がったと同時に前へと進み出す。
「ッ!? やったなエマージェ! 流石は非常食の名を欲しいままにした鳥だぜ!!」
「駄鳥のくせにやりおるんだワン! でも落ちたら焼き鳥だワン」
『ハァ~。もっとエマージェを労ってあげてくださいよ。エマ……後は頼みましたよ』
「ぽぴょぴぴぴぴ!!」
フラフラと飛ぶエマージェだが、ヤツも目一杯頑張ってくれているのが伝わる。
背中に乗りながら、そっと撫でると嬉しそうに一つ鳴いた。
「もうすぐだ。必ず迎えに行くから待っていろよアリシア……」
◇◇◇
◇
――大和がエマージェで飛び立ってからしばらくし、超弩級戦艦の聖女の監禁部屋。
髪の毛を掴まれ、引きずられながらアリシアは二人の男に部屋へと放り込まれた。
「オラッ! 元・聖女様、大人しく船室にはいってろ! 二度と身投げなんてするんじゃねえぞ! クソカスがッ!!」
激しい衝撃が私の左ほほに張り付く。
その衝撃で壁に激突したと同時に、背中と左ほほが強烈に痛みを感じて呼吸がとまる。
「もういいだろ。こんな呪われた娘でも、まだ使い道はあるらしいからな。逃げようとしても無駄だぞ、また落ちても上から見ているからな?」
「うっせぇ、俺ぁまだ気が収まらねぇんだよ!」
殴りかかってきた太った毛深い男。
そんな彼へと、魚鱗が浮いた頬をむけながら言ってやる。
「けほッ……そんなに呪いが欲しいなら、このままあげますよ? さぁ好きなだけ殴りなさい」
それをみて臆した男は数歩後ずさると、「気色悪い聖女が!!」と言いながら椅子を蹴飛ばし去っていく。
それにホット胸をなでおろしつつ、ほんの少しだけ息をととのえるために休む。
あの悪辣な兄の事、絶対にヤマトさんも全員の命を奪うだろう。
私も用がすめば殺されるのは確定だ。
さらに島の資源が兄上の手に渡れば、兄を良しとしないベストパーレ辺境伯を始め、周囲と内乱を起こすと思う。
だからもう後はないと覚悟を決める。
「私の命ならいざしらず、ヤマトさん達や、邪な考えで軍艦を使ってあの島を手に入れ破壊しようだなんて、絶対にゆるせない」
そう思うと痛みは吹き飛び、大魔法を行使しようと準備に入る。
それはまだ島からそうは離れていない今がラストチャンス。
聖女の力をフルバーストさせて、元々封印されていたあの島全体を、強力な結界で再封印してしまう。それしかない。
だからこそ水の女神の力を借りるため、海へもう一度飛び込もうと船室の小さな窓へと向かう。
「あの島と、みんなだけは守ってみせる。この命と引き換えにしても必ず!!」
そう強く決心し、窓のふちへ手をかけた瞬間だった。
黄金色に輝く、生きているとしか思えない、小魚の形をした疑似餌が窓から飛び込んできて、窓のふちへとフックが引っかかる。
『よぅ、ひさしぶり。数時間ぶりか?』
ルアーから声がし、思わず「ヤマトさんなの?!」と叫んでから口を両手でおおう。
『ったく、黙って出ていくとか駄メーズが悲しむぞ?』
『だれが駄目ですか、だれが!!』
『んぁ~ワレは癒やしわくだからして、駄目ではないワン!』
『ぽみょみみみみ!』
その声の後ろから、みんなの声が聞こえてくる。それだけで涙が込み上げ「みんな……」と言葉をつまらせる。
でもこれから行う大魔法に巻き込まれないように、おもわず「ご、ごめんなさい。でも来ちゃダメ! 今から島を――」と言うと、言葉を被せてヤマトさんが話す。
『いい大人はな、ダメと言われると火遊びをしたくなるもんだ。それにおまえに熱いお灸をすえるため、もうすぐソコまで来ているからな』
その言葉に「え!?」と言いながら、窓の外へ首をだす。
すると哨戒用の光魔法で浮かび上がる、黄色い影。
それは、ふよふよと黄色い何かが飛んできており、それを見つけた甲板員が騒ぎ始めた。
『待ってろ、今すぐたすけてやる!!』
そう言うと黄金のルアーは凄い速さで巻き戻り、ヤマトさんの元へと向かっていく。
◇◇◇
◇
戻ってきたルアーを回収し、遠くにいる船をにらみながら相棒と話す。
「ったく、寝起きの運動は苦手だってのに」
『よくいいますよ。釣りの時は朝だろうが夜だろうが、お元気だというのに』
苦笑いしながら「ちがいないね」と言いながら、握りしめた相棒に思い魔釣力をこめながら話す。
レベルMAXの魔釣力で、相棒の体も光が増してくる。
「さっさと終わらせて夜食にしようぜ? もうハラヘリの民が暴れ出す寸前だわ」
『ですね。ではさっさと釣り上げて終わらせましょうか』
「たかが軍艦十一隻で俺に喧嘩を売ってきたお前らに、本物ってのを見せてやる。本気のゴッド・アングラーってやつを、な?」
『しかし見事でしたな。よくゾンビ娘の居所が掴めました』
「あぁ。今なら分かる、アリシアの聖女としての力ってやつがな。この中では一番膨大に膨らんでいるし、なにより清浄とでもいうのか? そんな気配がしたからな」
その時だった。騒がしい前方の軍艦から妙な気配を感じ取る。
「何か妙な力を感じる……ッチ、そういう事か! エマージェ、前方から砲撃が来るぞ!!」
「ぴょぽぽ!!」
「前方を時計の十二時としたら、二時の方向からも来るんだワン!」
『さらに十一時と来ますぞ!』
「三つ……だがやれる。大丈夫だ俺に任せておけ、このまま進め!!」
半包囲された形で砲撃が飛んでくる。
魔法でブースとされているのか、火薬とは少し違う仕組みで飛んで来やがる。
弾道は赤い光と共に、真っ直ぐ俺たちへと近づいてくる。
その数三つ。それに合わせてゴッド・ルアーを放つ。
それにより正確な位置情報を脳内に3D映像として認識。
こんな使い方も出来るのかと驚いたが、どうやら〝スキル:人釣一体〟がLV5になった事で、そうなったのかもしれない。
迫る距離は三百メートル。
ゴッドルアーを高速で巻き戻し、砲弾と並走させることで、その特性を理解。
さらに迫る事アト百五十メートル。
相棒たるゴッド・ロッドを斜めにしゃくりあげ、ラインを網の目状に作り出す。
残り、着弾マデ八十メートル。
一気に砲弾が収束し、俺たちへと集まる瞬間、一気にリールを巻き取とりると、砲弾が網の袋へと詰め込まれた。
「っしゃあああ! このまま返してやるぜ! ブッ飛べえええええええ!!」
リールを高速で巻き取りながら、前方にある砲弾がつまった袋を思いっきり俺の背後へと投げ、ラインがピンっと張った瞬間、今度は前へと思いっきり相棒を振り出す。
真っ赤な砲弾は、そのまま来た時の三倍の速度で撃ってきた戦艦へとぶち当たり、轟音と共に船が沈む。
そのあまりの威力に一隻は真っ二つになり、一隻は前部が吹き飛び、一隻はブリッジが消し飛ぶ。
この間たったの十数秒の出来事であったが、敵艦隊の戦力は実に三割近くは削った事となった。
『あ、あ、あ、あ、主ッ!? 一体何を?!』
「ほぇ~やるんだワンねぇ~」
「ぴょむむむ!!」
相棒を左右に振りながら、たるんだ糸をリールへと巻き取りながら話す。
「俺はゴッド・ルアーの使い方を誤解していた」
『誤解ですと?』
「あぁ。スキル:人釣一体は周囲十センチの範囲を探るだけのものかと思っていたが、あれは違う」
『いえ、そうです。その認識であっていますとも!』
「ところがそうじゃなかったんだよ。アレの本当の能力。それは常時発動型の〝全方位探知ソナー〟と言ったほうがいいか。十センチの空間認識。アレはただの中心核だったのさ」
『そ……そんな馬鹿な』
「でもそうなんだ。あの空気の密度すら感じる事が出来る部分は、周囲の情報を集める役目だってだけで、本来はもっと広い部分から情報を集められた」
『ッ――?! だから今みたいな使い方が出来たのですか?』
「ああそうだ。ゴッド・ルアー自体が振動することで、空間に波紋を生み出し、それに当たった物体の構造から性質までかなり理解できる」
「そんな馬鹿な……いや、私の無知を認めましょう。現実がそこにあるのですから」
落雷が落ちたと思える轟轟と沈む音。
よく見ると脱出しようと仲間内で殺し合いまでしており、兵士までが盗賊と思えるかの無秩序さだ。
「チッ、胸糞悪いが俺の目覚めも悪い。勝手に助かっとけ!」
そう言いながら虎色のルアーを投げ、船を分解して木片を海面へと浮かべた。
「大和ぉ、敵はまだまだ諦めないんだワン!」
「チッ、あれを見てもまだ俺と戦うってのかよ」
先程とは違う、何か細かい気配を感じる。
大型の砲弾とは違う、もっと小さい何か……まさか?!
「相棒、この世界の魔法ってのは、応用力はどうなんだ?」
『高いです。炎を打ち出す魔法がありますが、かなりの使い手ならば、剣にそれをまとわせる事も出来ます』
「なるほどな。じゃあアレもそう思えばいいか」
先程の砲弾とは違い、細かい反応。
つまりアレは、雨のように弾丸を魔法で撃ち出すのだろう。
「ヤバイぞ、流石にあの数はさばききれない……エマージェ、何とか躱して一番近い軍艦の下部分へと逃げ込め!」
「ぽみいっ!!」
すでに限界だろう、可愛らしい羽をばたつかせ、エマは最寄りの軍艦の海面ギリギリへと飛び抜ける。
「ナイス、エマージェ! こっからは俺の出番だ。魔釣力最大付与! ウルアアアアアアアア! ヒックリ返レエエエエエ!!」
船の真横にゴッド・ルアーを引っ掛けると、そのまま思いっきり相棒を背後へと強烈にしゃくり上げる。
ズシリと両肩に来る大物の手応え。だからこそ俺は釣り師として叫ぶ。
「フィィィイッシュ!!」
全長三十メートルほどの軍船が、冗談みたく横へとなり、そのまま転覆したと同時にルアーを引き上げる。
すると、船体部分の木材が巨大な魚へとなり、隣の船へと降っていく。
その重みで一気にバランスを崩した軍船は、左隣の僚艦へとぶち当たり航行不能のダメージを受けた。
「っっし! これで六隻沈めた――ッ?! エマージェ危ない!!」
軍船同士がぶつかり浸水が始まったその向こうから、別の軍船が顔を出す。
さらにそこから機銃みたく、一斉に魔力で飛ばした弾丸みたいな物をエマージェへとぶち当てた。
避けることが不可能なそれは、容赦なくエマージェの腹へと噛みつく。
甲高く「ピイイイイ?!」と叫び、海面へと落下。
「エマ?! 大丈夫か!? しっかりしろ! 今助けてやるから……え゛?」
落下宙にエマージェを見ると、わん太郎が腹へとぶら下がり、その場所を氷の盾で守っていた。
「あの程度ワレが防いでやるんだワン」
「わん太郎おおおお! やるじゃねぇかよ!?」
「フフン。当然だワン! えっへん♪」
「けど……もう落ちるうううう!!」
勢いよく水面へと叩きつけられた……はずだったが、突如〝ぽよん〟と浮かび上がる。
エマージェの超撥水産毛のせいか、みずに沈むこともなく浮かんだ。
「そっか、エマージェは最初滝つぼに浮いていたな!!」
「ぽみゅッ!」
「ん? 大和ぉ、焼き鳥候補が何か言っているんだワン。ふむふむ……沈むはずもない? エラソーにぃ」
わん太郎がそう言った瞬間、海面から激しい振動を感じ、それが速さと実感できるまでそうはかからなかった。
「オイオイ、エマージェお前……海面も走れるのかよ?!」
「ぽみょ~♪」
「走れるなら初めから言ってほしかったんだが? とはいえ、これはスゴイ機動力だな!」
赤い魔法弾の中を、縦横無尽に逃げ惑うエマージェ。
もう大丈夫だと、相棒を片手に斜め前の船へとルアーを飛ばす。
「お前ら二人は、適当に船をどうにかしてくれ! ここまで足場があれば、やれるだろ?」
「まっかせるんだワン! ワレはえらいからして、この程度は朝飯前なんだワン」
「ぽるっぴゅ!!」
二人(?)は元気よくうなずくのを見て、頼んだ! と一言告げたのち、俺と相棒はゴッド・ルアーを斜め前の船へと引っかけてから浮き上がる。
――七番艦・ソレストの艦橋と呼ばれる、艦長がいる指揮所内。
「ば……馬鹿な!? 一体何が起きているというのだ!?」
狼狽する艦長へと、黒いローブで、ジミーたち影の者に〝隊長〟と呼ばれていた男が静かに答える。
「神の怒りってやつかも知れませんね」
「キサマ何を言っている!?」
「俺たちはやりすぎたんですよ。聖女は今も聖女だった。それをあの愚息をいいように利用し、利用された結果がこれですよ艦長。あなたはそうは思いませんか? ほら、その怒りが形となって現れた」
戦艦の甲板上では驚く光景が広がっていた。
今まさに蒼髪の子供へ向けて、炎のジャベリンと呼ばれる魔法を魔法師が複数放つ。
次の瞬間、手に持った木の棒から伸びる光の糸が、全ての魔法を細切れにし、さらに魔法を放った魔法師をその棒をムチのようにしならせ叩き気絶させた。
「ばか……な……」
「そうですか? 私はまだ甘いほうだと思いますがね。アレはやろうと思えばこの船ごと、真っ二つに出来る力を持っていますよ」
「冷静に分析しとる場合か! 今スグあのガキを始末してこい暗殺者崩れ――ガハッ……」
「一つ忠告しておく。私……いや、俺たちを暗殺者呼ばわりするやつは、次の日から見たことがない」
「隊長、艦長は次の日を楽しむ事が、もう不可能になったみたいですぜ?」
「らしいな。ジミー……長年俺によくつくしてくれた。今日限りお前は死んだ。あとは好きにのたれ死ね」
アリシアを誑かし、ここまでつれてきた獣人の男、ジミーは頭をかきながら苦笑い。
「あの娘……いや、聖女殿下をハメタのは俺です。どのみちですよ」
「そう、か。なら行くか。神の裁きってやつと戦いに」
向かう先で物理剣まで光る何かで絡め取り、それを相手に投げつける恐ろしい子供へと向かう。
そして二人で数度斬りつけた後、二人は悟る――ここまでだ、と。
ほどなくして七番艦・戦艦ソレストの轟沈の報が艦隊の総指揮官にして、御座艦の主であるヴァルマークへと届く。
「どうなっておる!? 報告は? 戦況は? そもそも敵は一体なんなのだ?!」
「皇太子殿下! 七番艦・ソレストが轟沈したと報告が――ガァ?!」
報告に来た部下を足蹴にし、「そんな事は見れば分かるわ!!」とさらにケリしばく。
「冗談ではない……残りの戦力は八番艦・ラッセルと、九番艦・ドリス。残りは近衛艦・ヴァドズの三艦しかないのか!?」
「は、はい。残念ながらそれが残存戦力です……あ゛!? ラ、ラッセルが凍りつき撃沈……しました……」
「ば……ばかな……オレの艦隊は一体何と戦っておるのだ?!」
ありえん。こ、こんな馬鹿な事が起こっていいはずがない。
「ええい! 全砲塔ドリスへと向けい!! 敵が乗り移ったと同時に一斉掃射して敵ごと砕くっ!!」
「そ、そんな!? 皇太子殿下、あの船には多数の同胞――ギャアアア?!」
「何を優先すべきか理解できぬ馬鹿は死して当然。あとは……そうだ。特級戦力である我が妹、アリシアを今スグ連れてこい!」
「ハッ!! 承知致しました!」
「ククク……使い道は知識のみかと思ったが、なかなかどうして。まだまだ使えるではないか」
――同船内。アリシアの監禁場所。
そこに複数の男たちがおり、口々にパニックに陥っていた。
だがその足元には、アリシアの部屋を見張っていた者たちの遺体が転がる。
「お、おい一体どうなっている?!」
「しらねぇよ! それよりどうするんだ?」
「つかなんでテメェらもここに来た!?」
男たちはゴクリとノドを鳴らし、アリシアの部屋を凝視。
そして一人が口を開く。
「……おれ、は。聖女様を助けたい。この機会だからこそ、逃して差し上げたいと思ってきた」
「ッ、おまえもか? 俺もじつはそう思ってな」
「アンタらもかよ。ならやることは一つだな」
いつの間にか総数が十名を超える者が集まっていて、みな同じことを思っていたようだ。
外から聞こえる破壊音に紛れ、アリシアの部屋のドアを壊す。
それにびっくりしたアリシアは、向き直るとさらに驚く。
「聖女殿下! さぁ今のうちに脱出を!!」
「え……あなた達は?」
「我らは貴女様を助けに参りました。この混乱に乗じて、この場所から隠れるのです。貴女様は強いと聞きます。きっと皇太子殿下は貴女様を利用するでしょうから」
窓の外を見ると、今また戦艦が大きく壊れるのが見えた。
このままなら確かに自分が呼ばれ、ヴァルマークに戦力で使われるならまだしも、人質として掴まり、ヤマトの足手まといになるのはゴメンだとアリシアは思う。
だから彼らと行くことを決意した。
「……分かりました。すぐにココを出ましょう」
それからの行動は早かった。
全員で船の最下層へと身を隠し、仮にこの戦艦が沈んでも逃げれるように荷物搬入口へと潜むこととする。
「ここまでくれば……みなさん、危険を顧みずにありがとうございます」
「聖女殿下、ここなら安心です。しばらく様子を見て脱出しましょう」
突如、乾いた音がした。その原因を全員が見ると、痩せこけた顔色の悪い男が手を叩いている。
長い髪は黒く、目がくぼみ、肌は荒れ放題。
腰には細身の剣を帯剣し、全身白い服に白いマント。まるで聖職者と思えるものだった。
「神はいいました。汝、悪女を救うなかれ……と」
一歩あるく。一人が倒れ伏せ、また一歩。
「魔女と契約せし呪われた巫女よ。貴女は存在自体が悪だ」
ドサリと崩れ落ちる兵士。また歩む。
「悪を信奉する者……それもすなわち悪そのものなのです」
悲鳴と共に、兵士がまた一人、一人と崩れ落ちても男はすすむ。
さらに一歩踏み出したと同時に、白い影が男へと向かい細身の剣を白い剣で受け止めた。
「やめなさいゲスダー!! 罪もない人を斬ることは許しません!!」
アリシアの動きに驚く兵士は、ゲスダーと名前を聞きその正体に思いいたる。
「ゲスダー……ッ!? そいつは聖騎士だ、しかも聖騎士団長・白殺のゲスダー!!」
「おぉ、悪魔の信奉者に名を呼ばれるとは不快……フカァァァァイそのものデスネッ!」
ゲスダーはアリシアの剣を大きく払ったその足で、自分の名を叫んだ兵士の首を落とす。
「やめなさいと言っている!! ホワイト・ダガー!!」
神聖力で一気に体を強化し、ゲスダーへと斬りかかるが、剣を背負うようにアリシアの攻撃を受け流して躱す。
さらに白い閃光となり、残りのアリシアの護衛達をことごとく斬り倒した。
それに回復魔法を使いつつ、ゲスダーへと神聖力で創り出した白槍を投擲。
かなりの速さでせまった白い槍に、ゲスダーは細身の剣を滑らせて方向を変え避けた。
「黒き心は純白により清浄となりて悪を滅します……」
「ゲスダーあなたという人は……」
「ワタシはね、昔からキサマが嫌いでした。張り付いたウソ笑いの奥に、仄暗い心を隠し、それで聖女だと担がれるキサマがね」
そう言いながら剣を鞘に納刀し、コツコツと床を叩きながら歩く。
「仄暗い奥底に闇を抱えた少女が聖女? いえいえ、何のご冗談かと常々思っていたのです。聖女は光、そう光そのものでなくてはならない。それがどうです、キサマは?」
「…………」
「おや、図星といった顔ですね? しかしやはり神は存在した……そう、心に闇を抱える少女の顔に、悪魔の印を刻み込まれたのです」
「違う、これは兄と姉の呪いを解いた結果――」
そこへ強烈に言葉を被せ叫ぶ。
「――デ・ス・カ・ラ!! そう、その呪いこそが、神がキサマへと与えた悪の烙印なのです」
「馬鹿を言わないで! 自愛の女神様の祝福は、今もこの胸の中にしっかりとあります!!」
そう言いながらエリシアは両手にホワイト・ダガーを創り出し回転しながらゲスダーの胴体へと斬りかかる。
それを抜刀した勢いで全て弾き返し、そのまましゃがみながらアリシアの足を斬り払う。
が、それをバク転して交わしたエリシアは、ゲスダーの頭と足へとホワイトダガーを投げつけ、さらに白槍を創り出し、それをダメ押しとばかりに胴体へと向けて投擲。
「手癖の悪い娘だ」
そうゲスダーは言うと、ホワイト・ダガー二つを弾き飛ばし、迫る白槍を下から蹴り上げ天井へと突き刺した。
「そう、手癖の悪いニセモノの元・聖女へ、神の深い悲しみの声を届けましょう」
ゲスダーはそう言うと、懐から光る石を出す。
それを見たアリシアは、その正体をよく分かっていたので「聖石!?」と叫ぶ。
「そう、これは大聖堂に安置されている聖石の片割れ」
その意味を理解したアリシアは、次の言葉を言われる前に白い両手剣を創りだし、ゲスダーへと斬りかかる。
だが時すでに遅く、ゲスダーは「聖南方教会の名のもとに、主神アデレードへ願う。聖石の一時凍結を持って、封印となせ。ジ・クローズ・セイント」
ゲスダーがそう言った瞬間、まばゆい光がアリシアの胸の中からあふれでる。
と同時に、その光がアリシアを包み込み、強烈な拘束となって身動きがとれなくなってしまった。
「ぐぅぅぅ!? やはり聖石封印術!!」
「そうです。聖女が暴走した時に、その力を一時封印する事ができる、聖騎士団長と教皇のみに与えられた特権ですよ」
さらに手に持つ聖石に力を込め、アリシアを完全に捕縛するのだった。
「さぁ……キサマの兄が待っています。早く行きましょうか」
「ッぅ、ゲスダーあなたと言う人は……」
その言葉に耳も貸さずにアリシアをかつぐ。
細身にどこに力があるのかと思えるほど、軽々と肩へ持ち上げて歩くのだった。
◇◇◇
ぐったりとしているアリシアを足元へ転がせ、ヴァルマークは満足げに頷く。
「ほぅ、聖石にそんな使い方がな。また暴れ出した時はキサマに任せよう」
「御任せを……とはいえ、我ら南方教会と、あなた方帝室は同格と認識しております。気軽に命令はされたくはないものですね」
「分かっておるわ! だがその同格も、アレをどうにかしないとまずいのではないか?」
「ほぅ……興味深い……」
腰だけ隠した蒼髪の少年が、九番艦・ドリスへと乗り込むのが見えた。
「バケモノがドリスへと乗り込んだぞ!? 艦長!!」
「ハッ!! 全砲塔ドリスへ向けて一斉掃射! 必ずバケモノを駆逐せよ、撃てええええッ!!」
ヴァルマークの命を受け、超弩級戦艦・デストロイヤーの艦長がドリスへと三重に配置された主砲を撃ち込む。
魔法で作り出した鉄と、燃える鉱物で出来た砲弾へ魔法師が爆裂魔法で着火する。
すると砲筒内部の圧力が高まり、とてつもない勢いで砲弾が進みながら、ドリスへと向かう。
その砲弾数、合計百発ほどであり、次々と砲弾がドリスへと喰らいつく。
着弾したそばから次々と木製の船体を喰い破り、内部で爆炎と共に業火を吹き上げる。
「殺ったかッ!? 艦長見事ぞ!!」
「ハッ! ありがとうございます!」
燃え盛る戦艦ドリス。それを見て無邪気に喜ぶヴァルマークだったが、次の一言で冷水をかけられた。
「ほぉ、見事な棒さばきですねぇ。はっはっは。面白い少年です」
ゲスダーの一言で青ざめた顔のヴァルマークは、「なッ……」と一言発し凍りつく。
それもそのはず、あれだけの砲弾を浴びながら、蒼髪のバケモノの周囲だけは無事であり、周囲には軍人が何かに縛られ動けなくなっていた。
「ほぉ……手の届く範囲は守ったということですかね。バケモノにしては面白い」
「面白がっている場合か!! 艦長、次弾装填後に撃ち込め!!」
「いや、それでは既に遅い。ほら、もう最後の近衛艦・ヴァドズに取り付いた」
蒼髪のバケモノは兵士を縛ったものから開放し、やつらを海へと投げ捨てたと同時にヴァドズへと乗り込んだのが見えた。
「か、艦長! ヴァドズだ! ヴァドズへと一斉掃射をしろ!!」
「い、いやしかし。あそこは上級兵士が――」
「いいからやるのだ! 上級兵士などいくらでも訓練して作り出せよう! それともお前もそこの死体になりたいか!?」
さきほどヴァルマークに斬り殺された死体をみて、艦長は指示を飛ばす。
「ッ、全砲塔ヴァドズへ回せ! 準備が出来次第、個々の判断で撃ち方初め!!」
それを見たヴァルマークは「それでいい、それでな」とつぶやく。