「不思議だな……今俺は怒りで気が狂いそうなはずなんだ。だけどな、そんなチンケな感情を超えて、俺は今ひどく飢えに近い感情で満たされている」
『主……』

 右手に持った手紙を勢いよく床へと叩きつける。
 と、同時に手紙が裏になった事で、別の文面が出てきた。

 見れば正面の胸糞悪い文字とは違い、丁寧で親しみを込めた文字だった。

【ヤマトさん。そしてだいすきなみんなへ。まずは謝らせてください。私は聖女という特別な力を持つ人間です。隠していて本当にごめんなさい】

「聖女……か。相棒、聖女ってのは傷とか直せるのか?」
『はい。女神の奇跡を体に宿し、それを行使する事が可能です』
「だからあの時、滝つぼへ落ちた時に痛みが消えたのか……」
「それとあの薬も作ったのも、聖女の知識からだワンね」
「なるほどな……」

 そう言いながら手紙に目を戻す。

【最初、私が聖女だと知られてしまうと、ヤマトさんが私にひれ伏す……そう思っていました。ですが、それは違っていた。あなたはどこか違う所から来たのが何となく分かったから】

 じゃあ何で俺にそう言わない? いや、ちがう言えなかったのか。

【私を一人の人間として見てくれるヤマトさん、ロッドマンさん、わん太郎ちゃん、そしてエマちゃん。みんなに何度か本当の事を言おうとしたけれど、その優しさに甘えて結局こんなお手紙でしか言えませんでした……】

「ったく、何を言ってるんだ。おまえが隠し事をしているのなんてバレバレだってのに」
『ははは。嘘がつけない純粋な娘でしたからな』
「ワレなんかはじめに見た瞬間、ピーンと来たんだワンからして」
「ぽぴゅぅ」

【その結果、ヤマトさんをはじめ、みんなの命まで危険にさらしてしまう事になってしまいました。こんな事なら、早く正体を明かし、この島を何とか出ていけばよかったと心底後悔しています】

 ッチ、大人ぶってもまだ俺もガキかね。俺も早く、おまえの苦しみを聞いてやればよかったと後悔してるよ。

【兄はこの島の資源と、聖女の力を欲しています。だからこそ、みんなにはこの島から避難してほしいのですが、それは無理だと分かります。ここはあなたの島なのですから】

 そうか。俺たちの話しから、断片的に俺がこの島の管理者だと分かっちまったか。
 そう、ここからは絶対に動けねぇ。ここが俺の家だからな。
 
【ですから、何とかして私の力のみで、他は諦めてもらうように命を賭けて兄へと挑むつもりです。だからこそもう一度言わせてください。本当にごめんなさい。そして、私の生まれて初めての自由をありがとう。いつまでもいつまでも、お元気で。あなたのお姉さん、アリシアより】

 持っていた手紙をクシャリと丸め握りつぶす。
 それと同時に静かに立ち上がり、バルコニーへと出て天辺に昇った月を見上げながら、「勝手に出ていきやがって……アホウめ」とつぶやく。

『主よ、これからどうするのです?』
「どうもこうもねぇさ。やる事は一つだ」

『軍艦が十一隻も相手ですが?』
「それは豪気すぎて、西映も映像化しやすいだろう」

「兵士が千人もいるんだワンよ?」
「歴史の体験者は多いほうがいい。後世の歴史家が喜ぶ。だから、な……」

 相棒をしっかりと握りつつ、わん太郎を肩に乗せる。
 そのままバルコニーから飛び降り、エマージェの頭の上に飛び乗ったまま海を目指し、俺の飢えた思いを吐き出す。

「俺の体の細胞がシンプルに飢えを満たす事だけを渇望している。そう、この手紙を書いたクソ野郎を、釣り竿一本(ゴッド・ロッド)でブッ釣り上げる! それを邪魔する奴がいたら、俺が全てを完膚なきまで釣り上げ駆逐してやる!!」

『ふふ、それでこそ。です』
「やっぱり大和は面白いワン」
「ぴょぽぽう♪」

ただの変態釣り師(ゴッド・アングラー)を舐めるなよ? 行くぞお前ら! ついでに黙って出ていった四天王最弱(家出むすめ)に、キツイ灸をすえにな!!」

 待ってろアリシア。必ず助けてやるからな。