「だからね、エクスポーションだよ。上から三つ目のやつね? 昔あんたに作り方見せたことあったでしょ。ほら、コレよ」

 司書さんは指をパチンと鳴らすと、目の前に大きな図鑑が出てきた。
 さらに勝手に本が開き、該当箇所が開く。

「あ! 本当だ、これ見たことあるよ。それで海傘草を見たんだね」
「そう。だからその草に上級硬水と魔力を込めただけで、エクスポーションになるのよ」

 本当に今更だけど思い出した。
 でも司書さんのいう事は理解できるけど、意味が分からない。
 本当にコレがあのエクスポーションになると言うのなら、この島はとてつもない資源が眠っている。

 上から三つ目のポーション……確かこんな順序だったはず。

 ノーマル(緑色)
 これは切り傷をそれなりに癒やし、深い傷なら治らない。価値は銅貨十枚。

 ダブルポーション(青色)
 ノーマルの倍の効果で、深い傷も少しは良くなるけど、銅貨の十倍もする。理由は戦闘で急いでいる時によく使われるからかな。価格は銀貨一枚。

 ハイポーション(赤色)
 深い傷も治り、骨折もヒビ程度までなら回復できけど、とても高価なんだよね。
 価格は銀貨の百倍で、金貨十枚。
 できの良いものによっては、さらに倍の価格にもなるみたい。

 ここまでが一般向けに流通しているポーション。
 そんな事を考えていると、司書さんが声をかけてきた。

「……なぁに? 価値を考えているの?」
「え、ええまぁ……だってノーマルポーションって銅貨十枚じゃないですか? 聞いた話しだと、ちょっと良いランチが食べるくらいのものらしい(・・・)ですよ?」
「らしいねぇ。ホント聖女ってのは、雲の上って感じねぇ。まぁ確かにそう考えると、エクスポーションの価値はヤバイわよね」

 そう、本当におどろく価格と効果なんだよ。
 ここからが一般人には出回らないし、目の前にあっても購入するのも難しい価格帯となる。

 エクスポーション(シルバー)
 深い切り傷・複雑骨折を一瞬で治癒し、さらに欠損して一時間以内なら、その部位をあてがえたまま飲めば、そこが復活するというものだ。
 さらに体力まで回復しちゃうから、本当にすごい。

 ちなみに価格は驚きの金貨千枚だったはず。高級なお家が買えちゃうよね。

 この上に伝説級のものが二つある。
 レジェンドポーション(金色)と、ゴッズポーション(金銀色)なんだけれど、さらにレアだから、私も見たことがない。

「とはいえアンタ。そんな幻の薬草が、雑草として生えているココはなんなのよ?」

 司書さんが言うのもわかる。
 図鑑にも載っていたけど、海傘草は不浄の地は無論、人が行ける場所に生えてはいないし、どこが群生地なのかも分かってない。

 生えるには相応の土地の力が必要みたい。

 だからこの幻みたいな草が、こんなに無造作に生えている(・・・・・・・・・)のかが、私たちには理解ができない。

「さぁ……私も気がついたら、この島に流れ着いていたの」 
「ハァ~お気楽ねぇ。あんた、そこに落ちている石を持ってきなさい」
「石? この赤っぽいのですか?」
「そう、その赤に白いものが混じったやつ」

 司書さんがそう言うので、首を傾げながら落ちている石を拾ってから見せた。
 すると「やっぱりねぇ」と声を固くして言う。

「ねぇ、この石はどのくらいあるの?」
「え、どのくらいと言われても……」

 司書さんの言葉への返事にこまる。
 なにせいたる所に落ちていて、数を数えることなんて出来ないのだから。

「いっぱいとしか言いようがないです」
「まぁ見れば分かるわよ」
「じゃあ聞かないでくださいよぅ」
「そうは言ってもアンタ、聞きたくもなるでしょう? だってその石……小粒のものでも金貨十枚はするわよ?」

 言っている意味が分からない。
 だってちょっと赤みがかったただの石(・・・・)だし、それがなぜ? と思っていた。
 司書さんの次の言葉を聞くまでは。

「これだから無知な小娘には呆れるわね。いい? その石は鉄鋼錬石(てっこうれんせき)と言って、刃物や鎧を作る時に、粉にして混ぜ込めば強度が跳ね上がるわ。しかもここの鉄鋼錬石の純度は高い。価格は倍……いえ、数倍はするでしょうね」

 数度見比べて、思わず「ええ!?」と叫んでしまう。

「まぁそういう訳よ。他にも気に事もあるけれど、今日はもう眠いから寝るわ。起こさないでちょうだいね。じゃぁねぇ~」

 そう言うと司書さんは神殿と共に消え去ってしまう。
 あとに残ったのは、鉄鋼錬石と、海傘草……ウソでしょう、信じられない。

「どうしよう……。でもとりあえず、海傘草を取って陰干ししとこうかな」

 そっと大事に拾い上げ、聖女の力を封印しながらエマージェちゃんの所へと戻る。
 
「ぴよぴよぴよぴよ」
「ふふ。まだ鳥さんだね」

 楽しげな声を奏でるエマージェちゃんによりかかりながら、海の向こうを見て時をわすれて黄昏(たそが)れながら、これからどうしようと考えていた。



 ◇◇◇
  ◇



「……どう思います?」

 茂みの中からそう声がする。
 それに木の裏から黒いローブの男が低い声で答えた。

「わからん、が。この石は俺も知っている。コイツは間違いなく鉄鋼錬石と見て間違いないだろう。しかもあの司書とかいう奴がが言う通り極上ものだ」
「すると隊長。こうなれば話も変わってきましたね」
「あぁ……ひとまず聖女の暗殺は保留だ。一時イグザムへと戻り、宰相閣下に指示を仰ぐ。二人残って動向を見張れ」
「「ハッ」」

 不気味で巨大なヒヨコといるアリシアを見ながら、右手に持った聖石を見つめる。

「まさか神聖力を封印していたとはな、どうりで大雑把な位置しか掴めなかったわけだ」
「小娘に遊ばれましたな」
「まぁそれもここまでよ。お陰で有用すぎる情報も得た……戻るぞ」

 黒い影は二手に分かれて行動を開始する。
 一つはそのまま影に潜み、一つは森を走り抜けた。

 森を抜けた影が海岸へと付くと、一艘(いっそう)の漁船があった。
 が、その主はおらず、その船のヘリには少し前に血糊がベトリと付着した後が見える。

 その不気味な船に乗り込むと、男――密偵の隊長は船を動かし、ベストパーレの領都・イグザムへと舵をきった。

「面白い。これは確実に世界が動き、この島が争いの中心になる」

 そうつぶやくと、また隊長は無口になるが船はひた走る。
 主がいなくなった事に涙を流すように、白い航跡を引きながら……。




 ――同日夜。領都イグザムにある宿屋の一室。




 入り口に一人を配し、部屋の中で隊長が一人の貴族へと話していた。
 しかしこの貴族の男、何か様子がおかしい。
 
 それと言うのも姿がおぼろげであり、時折歪んだりして見えた。
 その貴族の男へ隊長は宰相閣下と呼び、丁寧に話す。

『ほぉ……それは真なのか? 冗談では済まされぬ内容ぞ?』
「はい宰相閣下。この目でしかと確認しております」
『して証拠の品は、当然持ってきておるのだろうな?』
「無論です、こちらに……」

 テーブルの上に置いてあった袋を取ると、そこへ赤い石を並べていく。
 その様子を見た宰相のオルドは、「ほおおお!!」と実に興味深げである。

『それは間違いなく鉄鋼錬石と見て間違いあるまい。それが大量にあると?』
「はい。埋蔵量は想像すら出来ませぬ」
『それほどか……』
「それともう一つ、こちらをご覧ください」

 隊長は全長三十センチほどの珍しい草を取り出す。
 丁寧に葉っぱを開き、それをオルドへと見せたが、これには反応が薄い。

『ふむ。その草がどうしたのだ?』
「はっ……それがにわかには信じられぬ事なのですが、この草がエクスポーションの材料だと言うのです」

 説明が理解出来なかったのか、オルドは『はぁ?』とマヌケな声を上げてから、隊長へとキツク話す。