『対象:島野大和。トノ完全融合。ヲ。確認。此レニヨリ。天空の破片(ゴッド・ロッド)人格(コア)を起動。マデ。三・ニ・一・完了。ヨウコソ。天釣ノ執事。ワーレン・シャール・ロッドマン』

 無機質な声がそう言うと、俺の右手の棒きれがかすかに動き、その後驚いたことに話し出す。

『ん……ここは……? ッ――またアナタ方ですか〝(ことわり)〟!? 毎度まいど気高い私を勝手にコアに設定してからに! しかもこんな棒っきれに封じるとは、言語道断ですよ!!』
「な、なんだぁ? 棒が話したぞ?!」
『棒って言わないでください! とはいえ、ほぉ……私を持てるほどの釣り馬鹿ですか。私はワーレン・シャール――』

 上から話す棒っきれに被せて話す。時間がないのだと。

「――ワーシャ! この際お前でいい、今すぐ釣らせろ! 人生最後の釣りが俺を呼んでいるッ!!」
『略さないでください! はぁ、またえらいド変態が今回の主ですか……よく分かりませんがいいでしょう。協力をいたしますよ』
「よっしゃ、そうこくてはな! それで〝(ことわり)〟って言うのか? どうすればいいんだ?」

 すると入口側の鳥居が消え失せ、その先に来た時に通った瑠璃色(るりいろ)の池が見える。
 
天空の破片(ゴッド・ロッド)ヘノ。入魂ガ。完了。此レニヨリ。釣具完全開放(ウェポンズフリー)ト。ナリマシタ。【告】 対象:島野大和。ノ。死亡マデ。残リ。八十秒。質問ヘノ回答:池ノ。蒼ク。プラチナ色ノ魚。釣リ。食ウ。以上』
「ちょ、ちょっと待て! いくらなんでも一分ちょいで釣って食えってのか!?」

 まずはルアーを糸に結束し、棒の質感を確かめながら釣る……。しかも魚がどこに居るかすらも分からない。
 この状況でたった八十秒だと? 冗談じゃない、冗談じゃない、が。

「だからこそ人生最後の釣りとしての条件は完璧だッ!! 行くぞ棒っきれ、俺に力を貸せ!!」
『誰が棒ですか誰が!! とはいえ、その体で走りながら仕掛けを作るとは面白い』

 無理だと分かりつつも、体が魚を求める。
 高熱と激痛で意識が飛びそうになるが、それを凌駕する釣りへの執着。
 超濃密に脳内を駆け巡るアドレナリンが痛みを吹き飛ばすが、進む度に手足が縮む感覚に襲われる。
 だからなのか、先程祭壇にあった黄金のルアーを、ナイロン糸と結束しようとするがうまくいかない。

「クッ……うまく結束出来ねぇ。普通なら走りながらでも簡単にできるのに」
『無理もないですよ。貴方死にそうじゃないですか』
「だからそうなんだよ。でもな、死んでも釣ってやるのさ」
『生粋の変態デスネ。普通なら泣き叫びそうなものですがね』

 棒きれのくせに呆れながら俺を(わら)う。
 生意気なやつだが、なぜか憎めない。そんな気がするやつだが、驚くことを言い出す。

『さて主よ。最初にして最後の奉公となりましょうか。まずはWSL(わたし)を強く握りしめ、こう願ってください――〝神魚の疑似餌(ゴッド・ルアー)よ、我に力を示せ〟――と』

 瞬間その意味がストンと頭へ落ちてくる。
 どうしたらいいのかが棒より伝わり、そしてその意味を理解してルアーへと迷いなく口を開く。

「そう真っ赤な瞳で期待するなよ。大丈夫だ……もっと、ハデに、期待以上の面白さを魅せてやる! だから神魚の疑似餌(ゴッド・ルアー)よ俺に力を示せ!!」

 硬質なルアーが、まるで生きているようにビクリと動くと、驚いたことに口が開き、ナイロンの糸を噛みしめる。
 瞬間、ルアーと棒が一体となった感覚を感じ、その後に俺の体とも繋がった感覚になった。

「うぉ!? な、なんだこの感覚は。しかも糸とルアーが融合してるぞ!」
『ふふ、そうです。これが私と主のスキル〝人釣一体(じんちょういったい)〟です。今の主ならルアーの半径十センチほどに、何があるのかが分かるはずです』

 そう言われて初めて気がつく。
 黄金のルアー周辺にある空気の密度が、右手から伝わりまるで触っているかのように感じた。

「これは凄いな。あぁ凄い……ふふ……フハハハッ、なんて最高のスキルだ! こんなルアーに目がついたようなもの、完全にチートすぎるぞ!」
『ぇ、いや。まだそこまでのモノでは無いはずですが』
「分かっていない、分かってないねぇ棒っきれ。魅せてやるよ、本当のアングラーってやつをな!!」

 そう言いながら、瑠璃色の池のほとりへとたどり着き、池の中を鋭くにらむ。
 すると複数いる魚の中に、一匹だけ妙に美しく蒼白銀色に輝く、神秘的な魚がいた。