「だい……じょうぶです。たまに起きる発作みたいなものです、から」
「大丈夫なワケないだろう!? すっごく苦しそうだぞ!」
「そんなに心配しないでくださいよ。ほら……へいきへいき」
アリシアは片足で立ち上がり、両手でバランスを取る。
が、また顔が痛みだし、「うッ」と一言噛み殺すと、バランスを崩して滝つぼへと落下。
「チッ、相棒!!」
『承知!!』
相棒をとっさに動かし、落下寸前のアリシアに、釣り糸を絡ませてから引き上げる。
「ふぅ~あぶねぇ。ほら、無理するからそうなるんだぞ?」
「ッ……ごめんなさい」
苦痛になお顔を歪めるアリシア。
どうしたものかと考えていると、アリシアの周りをウロウロしている、わん太郎へと聞いてみる。
「困ったな。あ、そうだ。わん太郎は氷とか出せる?」
するとやはりと言うか、「まかせるんだワン!」と言いながら氷を瞬時に作り出す。やっぱりただの駄犬じゃないらしい。
「よし、じゃあ次は……アレを使うか」
相棒を手に、ゴッド・ルアーを五グラムの金属小魚にして、近くのヤシの枝へと投げる。
そこから細く柔らかい部分だけを狙い、魔釣力で整形しながら〝スキル:変態的な器用さ〟で一気に具現化した物を抜き取る。
「よし、コイツなら使えるだろう」
『それは袋ですか?』
「そう、ヤシの葉っぱ繊維を使って作ったものだ。耐久力はそんなに無いとは思うけど、こいつに氷を入れてアリシアの顔に当ててやろう」
するとわん太郎がすぐに細かくしてくれて、袋の中へと詰めてくれる。
以外と弾力性のある不思議な袋だったが、それをそっとアリシアへとあてがう。
「ぅぅ……あれ? 痛みが引いていく? え、うそ。楽になっちゃった……」
驚くアリシアだったが、その種明かしをする。
「よかった~うまくいったか」
「これは一体……何をしてもムダで、痛みが収まるまで我慢するしかなかったのに」
「さっき相棒はその痛みの原因は呪いだって言ったよな?」
『ええ。魔力じゃなく呪いだと言いましたが、それがどうして氷袋で?』
「そこだよ。最初に相棒はその力を魔力と勘違いしただろ? それって、呪力も似たような感じかと思ったんだよ」
「なるほど、読めてきました。根っこは同じモノだと仮定して、主の力である魔釣力をぶつけたのですね?」
それに頷き「そのとおり!」と応える。
「ただ何の確証もない思いつきだったからさ、似たような力を相殺させたんじゃなく――」
アリシアの顔から袋を離して、全員に見えるように掲げる。
すると顔に当ててあった部分の色が変色し、黒いウロコ状の跡が見えた。
「――この袋に呪力を一時肩代わりしてもらったのさ」
「そ、そんな事ができるだなんて聞いたことがありません! ヤマトさんはいったい……」
驚くアリシアを尻目に、相棒は竿先で頷きながら答えを話す。
『そうでしたか。魔釣力でいじった布を、呪力を吸うように具現化したのですね?』
「正解。ただアリシアの顔を見て思ったんだよ。多分吸ったら袋が呪力に耐えきれずに燃えるだろうって。そこで、わん太郎の怪しげな氷の出番ってわけ」
不思議そうに「んぁ? ワレの氷は妖力で作ったんだワン」と言う。
「やっぱりな。コテージを作り終わってから分かるようになったんだけど、なんつぅか、力の流れ? みたいなのが分かるようになった」
『そんな事まで……』
「まぁな。それで思ったのさ、俺の袋で吸いきれないやつは、わん太郎の妖気っての? その力が近い気がしたから、それなら相殺できんじゃねぇかって」
「たしかにぃ~それなら同じ闇の力だからして、ワレの力と相殺出来そうだワン」
「そう。でも顔だろう? もし怪我しちゃいけないからと思って、俺の作った袋で力を弱めてから、ワンたろうの力と相殺させたってワケ。完璧っしょ?」
そうドヤってみせたが、全員素直にうなずいていた。なんだろうか……もっとこう、ヤジってほしい。
「命まで助けてもらったばかりか、顔の痛みまで消してもらうなんて……ヤマトさん本当にありがとうございます!!」
「あぁ気にするなって。それより少しは和らいでよかったな」
と、話してから魚鱗のタトゥーがやっぱり気になる。
てっきり民族的なタトゥーみたいなものと思っていたけど、呪いと聞いたらほってはおけない。
「その魚鱗だけどさ、ちょっと触ってもいいか?」
「え?! その……気持ち悪くないですか?」
「どうしてさ? 呪いのウロコって言うけど、何よりもその朱色・形・模様・どれをとっても最高に美しい。もしこんな魚を見たら一目惚れするに違いないからな」
「そんな……」
『まぁ貴女が驚くのも無理もないですよ。とはいえ、それには理由があるのです。私の主になり、神釣島の管理者となったという事は、並大抵の精神力と魂では務まらないのですから』
「おいおい、俺が変態みたく言うのやめていただけますぅ?」
すると三人して「ちがうの?!」みたいに言いやがる。不本意すぎて草も生えん。
「まぁ、俺はおれの価値基準があるのさ。だから他人が何と言おうと、アリシアの顔はどこの誰よりも美しい」
「うつく……そんな事言われたのはじめ……うぅぅ」
「ちょ、泣くなよ!?」
「んぁ~悪い男だワンねぇ」
『変態め』
「キミタチ!?」
「違うんです。この顔になってそんな事言われたことなくて……うれしくてつい」
「そうなのか? ソイツらは分かってないなぁ。こんなに美しいウロコなのに」
『顔じゃなくてウロコを美しいと愛でるのは、世界中探しても主と三人いればいいほうでしょうね」
その言葉を聞いたアリシアは「顔じゃなくてうろこ……アハハ」と、乾いた笑いをした後にマジメに話す。
「ヤマトさん、この魚鱗の呪いは最高位の魔女がかけたものです。もし触れた事で何かあっては私がせいじ……いえ、私のせいで酷いことになったら悔やみきれません」
そう俺の瞳をしっかりと見つめたアリシアは静かに話す。
だから「なるほど、理解した」と一言いうと、アリシアはホッとした様子で「分かってくれましたか」と言う。
「わかった、やっぱり美しい」
そう言った後に、そっとアリシアの左ほほへと手を伸ばす。
驚き「え!?」と言ったまま固まるアリシアだったが、それに構わず触れてみる。
思った通りにシットリとした質感と、肌に吸い付く感触。
その瞬間理解した。コイツは別次元に繋がっていると。
と、同時にウロコ全体に魚眼が現れ、俺をいっせに睨みつけたと同時に、魚の口に変わる。
それが一斉に噛みつこうとしたので慌てて手を引っ込めた。
「っと、危ねぇ!?」
「だ、大丈夫ですかヤマトさん?!」
「大丈夫、ほれ。指は付いている」
「はぅ、よかったぁ……」
『断りもなく娘の柔肌にふれるとは、流石は変態ですね。で……どうでしたか?』
「それなんだが、多分他の場所にコイツの本体がいる……と思う」
「別の場所? この魚鱗は単体であるのでは無いのですか?」
「あぁそうだ。さっき袋を通して感じたんだけど、呪力を吸っている時にもっと遠い場所から流れ込んでいる感じがしたんだよ」
その言葉にアリシアは少し考えると、「そう言えば」と話す。
どうやら呪いが発動する直前、いつも魚鱗が一瞬なくなるような感じがするらしく、その直後に激しい痛みがあるそうだ。
多分その時、本体と繋がって呪いを流し込むために、一瞬呪いが解けるのだろう。
「なるほどな……それなら今は無理か」
呪力を抜かれて休眠している魚鱗は、最小の防衛力だけを備えているのだろう。
今こいつを何とかしても、本体にはダメージは通らないだろうからな。
そう一人で納得していると、アリシアが「ヤマトさん?」と不思議そうに話す。
「あぁ悪い。ちょっと考え事をしていた。けれどアリシア、近いうちに何とか出来るかも知れない」
そう伝えると、目を丸くして彼女は驚くのだった。
◇◇◇
――時を同じく、アスガルド帝国の宰相の元へと一つの知らせが届く。
宰相のオルドの楽しみの一つ。
それは庭園のバラを見ながらの赤茶を楽しむ時間である。
だからこそ、よほどの事がない限りは邪魔をすることは許されないのは周知であった。
そこへやってきた知らせは、事の重要さを物語る。
「お楽しみの所、失礼します」
「……それほどか?」
「ハ。皇女殿下の部隊につけておりました影ですが、消息を絶ちました」
「影が消えた? ほぉ……すると私の手のものだと気がついたか。隊長は誰だ?」
「ハーロックという、腕は確かですが性格がならず者との評価の男です」
「ふむ。ただのならず者というワケではなさそうだな。して、そのハーロックはどうしている?」
「皇女殿下へ伝書魔法を送った後、出奔したそうです」
「内容は?」
「聖女の最後を詳細に伝えたとの事。〝聖女殿下はオレや貴女と違い、実に堂々と最後を迎えた〟……そう記されていたようです」
その報告を受け、オルドは快活に笑う。
「傑作だな。その男、是非とも配下に迎い入れたいものだ」
「……いかが致しましょう?」
「なびけば我もとへ。あらがえば……」
そうオルドはそう言いながら、大輪のバラの花の首を落とす。
「委細承知致しました」
一陣の風と共に、オルドの背後に居たおぼろげな影は消え去る。
テーブルに置いたティーカップを持ち、香りを楽しみつつ一口。
「実によきフレーバーだ。そう、この帝国も私の好みに香りになりつつある。もうすぐだ、もうすぐ熟れた果実を収穫できよう」
そう言いながらオルドはエリザベートの元へと向かう。
今頃は彼女の部屋は足の踏み場もないほどに、八つ当たりの象徴で満ちているだろう。
「馬鹿どもめが。おかげで邪魔な聖女も消え去り、後はこのオルドが……」
裏の皇帝とまで言われた、稀代の悪党――オルド・フォン・ドックスは、口角を上げながら静かにバラ園を後にした。
◇◇◇
「フザケルナ!! 何が、どこが、ワタクシがあの泥棒に劣るというのですか?!」
部屋の前まで来ると、案の定な様子に左眉を上げながら嗤う。
呆れながらもドアをノックすると、「取り込み中よ!!」と返事があったが、構わず入室した。
「おお……なんと言うことでしょうか。聞きましたぞエリザベート様。この臣も、あのようなゲスの戯言に心を痛めておりまする」
それで気を良くしたのか、エリザベートは怒りを沈めつつ早口で話す。
「そう、そうですわオルド! 今スグにあのような、ゲスな伝書魔法を送り付けた者の首をハネなさい!!」
「承知致しました姫殿下。それともう一つ……聖石はどうなりましたかな?」
その言葉でハっとしたようで、エリザベートは自身の胸に手を当てた。
「……感じませんわね。伝え聞いた話ですと、聖石の所有者が変われば、胸の中が焼けるように熱いと聞いた事があります」
「さもありましょう。それが無いとなれば……」
「まさか……まさかあの泥棒が生きているというのですか?!」
エリザベートが激怒したと同時に、ドアが激しくノックされた。
このような乱暴な事をするのは、この城の中に一人しかないだろう。
その者もまた、部屋の主に断りもなく入ってきた。
「聞いたぞエリザベート! 不埒者のそっ首、今スグ叩き落とそうぞ!!」
「おぉ……兄上様。よくぞこのエリザベートの心を……ありがとうございます、その思いかならず形にいたしましょう」
うるわしき兄妹愛に、嗤いがこみ上げるのを必死に我慢したオルドは、とてもいい笑顔で話す。
「なんとも美しき兄妹愛でございますなぁ……して、皇太子殿下。わざわざお越しになったと言うことは、何かございましたかな?」
図星を付かれ「ぬッ」と一言漏らした後、ヴァルマークは左顔をさする。