「さ、食ってくれよ。同じ魚ばかりで悪いけど、味は保証するぜ?」

 そう言うと彼は私へと魚を差し出す。
 また声をかけようとしたけれど、もふちゃんとお魚の取り合いを初めてしまい、また声をかけられなかった。

『まったく困った主ですよ……時に貴女、どこから来たのですか?』

 ふいに声をかけられ、その方向を見る。
 するといつの間にか私のすぐ隣に、木の棒が浮いていた。

「え? あ、その。はい。私はアスガルド帝国――」

 そこまで言って、その先を思いとどまる。
 聖女――この称号は絶対的なものであり、権力とも言っていい。
 だからそんな無粋な言葉を言いたくなかった。

 なによりも素の私の言葉で、助けてくれた彼にお礼をいいたい。
 もし聖女とバレればきっと平伏をして、無礼な態度をとった事をくやみ、青ざめさせてしまうかもしれないのだから。

「――の、ほうから来ました?」
『…………主の故郷で言うと、それ詐欺師の常套句ですよ?』
「そうだぞ。消防署の方から来ましたって言ってな、消化器売りつけるんだぞ? っと、俺の勝ちぃ♪」
「うわ~ん酷いんだワンよ~! ワレが狙っていた一番おおきなお魚なのにぃ」
「弱肉強食だぜわん太郎? それよりもよかったな、ちょっとは落ちつた感じだな」

 彼はそう言うと、どさりと私の正面へと座る。
 上半身裸だし、下半身も見えそうで目のやり場にこまるけれど、やっと彼とお話ができる。

「あの! 私はその……アリシア。ただのアリシアです!」
「お、ぉぅ? 変な自己紹介だな。コッチの世界ではそういうものか? 俺は島野大和って言うこの島の主らしい(・・・)。大和でいいぞ」

 彼も少しへんな自己紹介だ。ちょっぴりクスリとしながらも、どうしても伝えたい言葉をいう。

縞之夜魔都(シマノヤマト)様。溺れていた私を助けてくれて、本当にありがとうございます。本当に心より感謝を申し上げまする」

 そう言うと、縞之夜魔都様は苦々しい顔で「ん~」と唸る。

「なんだろうか……そう、夜中に走る迷惑な連中を思い出すのはなぜなんだぜ?」
『なるほど。それではゾンビ娘、主を〝シマノヤマト〟と呼んでみてください』
「ゾンビ娘って私!? え、いや。そんな事も言われた経験もありますが……コホン。えと、シマノヤマト様?」

「おお! それなら普通に聞こえるな。やっぱ日本語だと変に伝わるのか?」
『でしょうな。この発音なら、主の名前もよく聞き取れますゆえ』

 どうやら海外の人なのかもしれない。
 そんな事を思っていると、ヤマト様が口を開く。

「ん~硬いなぁ。普通に話していいぞ? ヤマトでいいよ」
「いやそんな、命の恩人に失礼ですから……」
「いいからいいから。恩人のお願いよ?」
「じ、じゃぁ……ヤマト……さん?」
「そうそう、いいじゃんよ。それで行こうぜ! じゃあ改めてよろしくな、タダノ(・・・)・アリシア!」


 ――その後ヤマトさんの誤解を解くのに大変だった。

 だって本名を明かすことなんて出来ないからね。
 
 やっと誤解がとけて、アリシアだと彼が言ってくれる頃には、すっかりと日も傾き夕暮れになっていた。
 今、ヤマトさんたち三人は、夜ご飯を探しに釣りに出ている。

 私も行くと言ったんだけど、病み上がりは大人しくしていろとのこと……。

「こんなに優しくしてもらったのは久しぶりだな……」

 これまで人とすら扱って貰えなかったのに、こんなに心地よく過ごせる事がウソみたい。
 そしてヤマトさんは心底から、私を人間として見てくれた。

「この酷い顔を見ても怖がらなかった……」

 それどころか「怖い? その魚鱗が?」と不思議そうに言った後、「馬鹿いうなよ、そんな美しい魚鱗はそうそうないぞ? 七つのどの海の魚よりも美しく輝いて見える」といいだす。

 その言葉に、恥ずかしかったり嬉しかったりしたけれど、魂の奥底から素直に「ありがとう」と言葉が紡がれた。