足元に〝どちゃりッ〟と落ちてきた土左衛門。
 思わず震える声で「お、おい」と声をかけるがやはり返事がない。

「うっそだろ……死体は死体でも、土左衛門とか冗談でも笑えないぞ。つか相棒、おまえ魚がこの人になったの気が付かなかったのか?」
『そ、そうなのですよ。まさかこんな事になっているとは思わず、魚がヒットした時だけ観た感じです。観すぎても釣り上げた時につまらないですから』
「まぁ普通は、魚が土左衛門になっただなんて思わないしな……」

 そういいながら、どうしたものかと娘を見る。
 年の頃は高校生くらいかと思うと、「こんな子供なのに可哀想になぁ」と思わずつぶやく。

『主がそれ言います?』
「仕方ねぇだろう、だって中身はオッサンだしって、ちょっと待て……今、動かなかったか?」
『そうそう、知ってますか。この世界では死者が動いたりします。俗に言うアンデッドというやつになって』
「や、やめてくれよ……こんなに可愛らしい顔をしているのに、アンデッドはねぇだろ……」

 思わず声が震える。もしこの娘がアンデッドなら目が冷めた瞬間、俺の若い肉を〝みちぃ〟っとマルカジリされるだろう。

 ゾっとして思わず後ずさる。すると「ヴゥ……」とうなり声が聞こえ、相棒と小さく悲鳴をあげる。

「お前も聞こえたか!?」
『ええ聞こえましたとも。やっぱりこの娘は』
『「ゾンビ娘!?」』

 その瞬間だった、いきなり上半身を激しく起き上がらせて「アンデッドはど~こ~?」とゾンビのように起き上がる。

「うわッ!? 成仏してくれえええ! 南無阿弥陀仏アーメン悪魔よ去れ!!」
「あ゛ぁぁくぅぅま゛ぁぁぁはどぉぉこぉぉぉ?」

 ハイライトの消えた瞳で、両手を出して悪魔を探す娘。
 だから俺と相棒は言ったね、『「おまえだああああ!!」』って指をさして。

「え……? ち、ちがいます! 私はちゃんと人間ですよ!!」
「相棒どう思う? ゾンビって話せるのか?」
『難しいところですね。ゾンビ語みたいなので、意思疎通をするのかと思っていました』
「あの……ちょっと」
「だよな! よし、ここは俺が代表してゾンビ語で話してみよう」

「いえ、ですから私は――」
「コホン。おっす、オラは美味しくないぞ(ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛)?」
『流石は主! なんと流暢(りゅうちょう)にゾンビ語を話すのでしょう! 言っている意味が分かりませんが!』
「ちょっと! 話を聞いてくださいよ?! それにゾンビとお話する事なんて出来ませんからね!?」
「なるほど理解した」
『私もです』
『「つまり話せるおまえは、レアゾンビだと? 怖ッ!!」』

 ゾンビ娘は立ち上がると、「ち~が~い~ま~すぅぅぅ!!」と、両手を上下に小刻みにふりながら、力いっぱい抗議する。
 
 と、次の瞬間「ふえぇぇ……」と言いながら背後へ倒れ、また海に落ちた。

『……このまま見なかった事にしますか?』
「そうしたいんだが……なんか足首をつかまれているんですが?」

 見れば俺の足首を掴んだまま、海へと落下したゾンビ娘。
 恐ろしい生者への恨がなせる業なのだろう。

「でもまぁなんだ。手がそれなりに温かい。こいつマジで生きているっぽいぞ?」
『本当ですか? なら助けないと』

 相棒を振り上げて「そうだな」と言いながら、ゾンビ娘を釣り上げる。
 またしても足元へ〝どぢゃり〟と落ち、どうしたものかと遠くの海をながめるのだった。


 ◇◇◇


「んんん……ここは……」

 うっすらと目が冷め、ぼんやりと見上げる。
 ここちよい風がほほお撫で、かさかさと天井の葉っぱをゆらす。
 その気持ちよさにまた眠りに落ちそうになり、ハっと気がつく。

「あれ……? 私は悪魔と戦って……」

 ぼんやりと思い出し、その後に川へ沈んだ事も思い出す。
 でもその後、ほぼ全裸の野性的な少年にゾンビあつかいされ、強く否定したのにゾンビ娘と言われたと思い出し、あれは夢だったのかとぼんやりと考えていた。

 全ては夢のはず――だった。

「よ~起きたかゾンビ娘? ほら、飲めよ。神釣島じまんのヤシの実ジュースだ。うまいぞ~」

 そう、この明るい太陽みたいな声を聞くまでは。