橋に油でも撒かれていたのだろうか。
 おそろしい勢いで炎がこちらへと迫ってくる。

 思わずゾクリとしつつ、炎の広がる様に恐怖で散歩後退しながら背後を振り向くと、護衛兵達が集まっていた。

「貴方達、そこは危ないです! 所定の場所へと戻ってください!」

 そう叫ぶ。が、護衛隊長が呆れた口調で話す。

「はぁ、まだ気が付きませんか?」
「え……なにを?」
「なにをって、このような事があるという事にですよ。やれッ!!」

 隊長がそう言うと、部下たちが一斉に油を橋へと撒き散らす。
 さらに数名が松明を背後から持ってきて、そこへと投げ込む。

 一気に燃え広がる炎。
 さらに油が投げ込まれ、あっという間に炎の壁が出来上がり脱出は不可能となってしまう。

「ウソでしょ……どうしてこんな事をするのです!?」
「どうして、ね。簡単ですよ、我らは兵士です」
「だからこそです! 悪魔を討伐しにやってきたはずなのに、私を焼き殺してどうすと言うのですか!!」

「ええ、悪魔はここにいますよ。よく御覧なさい、貴方の顔そのものが悪魔の証(・・・・)とも言えましょう?」
「ち、違います。これは兄姉の呪いを解いた結果、私が肩代わりしてこうなっただけです!」

 その言葉に驚いた顔をする兵士たち。
 しかし隊長は眉一つ動かさずこう告げた。

「かも知れませぬ。が、現実はすでに止まることを許されない炎となり、アナタへと喰らいつく。さぁアリシア様……聖女の役目を果たす時ですぞ?」

 そう言いながら、隊長は橋の下を指差す。
 橋の欄干(らんかん)へと向かい、そのまま真下を覗き込む。

 すると川の中に結界が張られ、その中に魚人の悪魔が複数こちらを凝視し、両手を上げて喜びの歌を歌い始めた。

 どうやら上位種の気配を感じたのは、複数の雑魚悪魔を結界内へと閉じ込め、その気配を合わせた事による錯覚だと知り、奥歯を噛みしめる。

「おぞましい……さぁ聖女・アリシア。このまま焼け死ぬか、下へとおもむき悪魔と一戦交えるか。二つに一つですぞ?」

 その言葉の意味をさとり、静かに隊長へと問う。

「聖女の証たる聖石……これが欲しいのですね?」
「さて、私にはわかりかねます……が、何も知らずに、あの世に旅立つのは流石に可哀想です」

 そう言いながら隊長は、一つの腕章を右手に持ち見せる。
 それは姉上直属の兵士の証であり、姉の近衛兵だけが許されたものだった。

「やはり姉上が……いや、兄上もでしょうね。でもどうして今それを見せたのですか?」
「そこですよ。私も個人的には悪趣味だと思うのですが、これもエリザベート様の言いつけでしてね、これを見せた時のアナタの顔を知りたいのだそうです」

 そこまでか。そこまでして私の苦しむ様子が見たいのか。
 姉妹だと言うのに、そこまで私が憎いのか。

 そう思うと止めどなく涙があふれでてきた。

 でも姉上が私を憎む原因は分かっていた。
 この聖石を妹である私が受け継いだから、それが許せなかったのは分かっていた。

 しかし聖女というのは、なりたくてなるものではないと母上が教えてくれた。
 事実、母上もそうだったみたいだけど、私も母上が亡くなってから、勝手に体の中へ聖石が出現したのだから。

 それは女神様が決めることであり、心の清い王家の娘にだけ受け継がれるらしい。
 それもまた姉上が気に食わなかった、原因の一つだったのだと思う。

 姉上は何でも欲しがった。譲れるものは何でも譲ってきた。
 この顔を犠牲にしても、姉上の美しい顔を取り戻してみせた。

 だから「なのにどうして……」と心の声が、涙とともに落ちていく。
 でもその理由も明らかだよね。
 そう……私が死ねば、聖石は姉上の所へ行くはずなのだから。

 でも今はまだ私が聖女。だから目の前の悪魔だけは、なんとしても倒さないとと固く決心し口を開く。