「そうか、行ってくれるか。なら今スグに城を立ち、悪魔を討伐してまいれ」
「え、今からですか? ですが本日は大聖堂で、五年に一度の民へ祝福の義を執り行う事が決まって――」

 そう話している最中に、姉上が声を張り上げて言葉を遮る。

「いいからすぐにお行きなさい! 民などよりも、悪魔を退治するのが聖女の約目でしょう!? それを何です? 祝福を与える? ハッ、魚鱗の聖女にそんなのを与えられても、民は迷惑ですことよ?」
「そんな……酷いです姉上。民は今日のために、身を粉にして働いていた者も多いと聞きます。そんな彼らへ女神様の祝福を授けるのは、この国の聖女としての役目。それが終わったらすぐに立ちますゆえ、どうか御慈悲を」

 それを聞いた姉上は、勢いよく階段を下りてくると、私の瞳をジッと睨んだ。
 次の瞬間、乾いた〝パンッ〟とした音と共に右の頬へ熱い感覚があり、気がつけば姉上の顔が視界から外れていた。

 ジワリと広がる熱い痛み。
 それで頬をはられたのだと気が付き狼狽する。

「あ、姉上一体なにを……」
「なに、を? ですって? 思い上がった馬鹿な妹に、愛のムチをさしあげたまでですことよ? 感謝なさい、その醜悪な顔面へとワタクシが触れて差し上げたのです。その思い上がり、早々に修正して今スグ城をでておいき!!」

 そう言いながら姉上はハンカチで自分の右手を清め、それを投げ捨てた。
 そのまま踵を返し、元の位置へと戻ると兄上が口を開く。

「エリザベートの言う通りだ。よいかアリシア、お前は最優先で悪魔を討伐し、この国の聖女としての責務を果たせ。大聖堂の義は、代理としてエリザベートに執り行わせる。よいな?」

 こんな顔になっても、民は私をしたってくれた。
 その彼らの思いをこんな形で裏切ってしまうと思うと、とても悲しくなり涙が一筋ほほを伝う。

 それを見られたくなくて、頭を下げながら「承知いたしました」と再度返事をし、そのまま体を入り口へと回して歩き出す。

 普段なら入り口へ到着するとスグに開く扉だが、開く様子もなく自分で押して出ていく。
 すると衛兵は離れた場所で嫌そうに見つめており、扉が閉まる直前、玉座から「汚れた聖女めが」と兄上の声が聞こえた。

「どうなさいましたかアリシア様?」

 階段をうつむきながら歩いていると、柱の陰よりジリーの声がする。
 涙を流し、多分頬も張られた事で赤くなっているのを見られたくなくて、顔をそむけながら話す。

「えへへ、ちょっと叱られちゃっただけだよ。それとね、悪魔が出たんだって。だから今から討伐してくるね」
「え!? 今からですか? だって今日は祝福の義があるというのに……」
「うん、だからそれは姉上が代わりに執り行うんだってさ」
「そ、そんな……しかし聖女でもないエリザベート様が、アリシア様の代わりなどが務まるはずがないです」

 確かにジリーの言う通り、神聖力が無い姉上には無理な話。
 でも一つ方法がある。

「うん、ジリーの言う通りだね。でももう一つの聖石を使えば、それなり(・・・・)に見えるから、一般人は分からない人が多いと思うな」

 そう。聖石は二つで一つと言われており、その二つは常に引かれ合い、お互いの位置が正確に分かる。
 
 一つは聖女の胸の中へ自動的に組み込まれ、もう一つは大聖堂の聖女の間に安置されていた。
 姉上はきっとそれを使って、聖女のように振る舞うのだろうと思う。

「そうですね……薄絹で顔を隠せば、アリシア様と分からないことでしょうし、確かにそうするのでしょう」
「そういうわけだから、今回は仕方ないかな。じゃあ行ってくるね、悪魔に苦しめられている民も守るのもまた聖女の務めだから」

 そう言うと、ジリーは緊迫した様子で先を話す。

「アリシア様、今回はとても悪い予感がします。どうか全てにおいて、万全の備えをなさってくださいまし」
 
 ジリーの鬼気迫る迫力に生唾を飲み込みながら、「うん、わかった」と二度うなずいて別れた。