「アリシア様、何かが変です。陛下は自室におられるようですし、ヴァルマーク様・エリザベート様・そして宰相閣下が玉座の間に入ったのを目撃しました」

 そう影から言うのは、私を子供の頃から見てくれていたメイドであり、乳母のジリーだ。
 彼女は城の中でも数少ない私の味方で、つねに私を気遣ってくれた。

「そうなの? それはおかしいよね……うん、ありがとうジリー。気をつけるよ」
「はい……ですが、最近は特にアリシア様へのあたりが強いです。何か嫌な予感がします、心してお(のぞ)みを」
「うん、わかった。じゃあ行ってくるね」

 心配そうな顔のジリーへ「大丈夫だよ」と微笑みながら、ゆっくりと階段をさらに上る。
 ほどなくして目的の場所である玉座の間へと到着。

 すると何も言わずに、扉の前で控えていた衛兵がドアを開けてくれた。
 だから「ありがとう」と一言告げて内部へと入ると、すぐに玉座の方から声がかかった。

「遅いぞ! 何をしていたのだ!?」
「そうですよ、私達を待たせるなどと万死に値します!!」
「まぁまぁ、おふた方。それも今……おっと、口がいけませんなぁ」

 その光景に驚いた。
 だってお父様しか座ることを許されていない、玉座へと兄上が座り、その横に姉上が立つ。
 それを皇帝を補佐する最上位の官職である、宰相が五段ある階段下の定位置で控えていたのだから。

 それはどう見ても、兄を皇帝と認めたとしか思えない位置取りであり、そんな事がお父様に知れたら首が飛ぶ。

 だけど、三人はそんな事を知らないはずもなく、堂々と皇帝を演じて(・・・・・・)いる兄を認めていた。

「あ、兄上! その玉座に座るとはどういう事ですか!? そこはお父様しか座れないはず……ま、まさかお父様に何かあったというのですか?!」

 そう言うと兄上は眉間にシワをよせて、嫌そうに答える。

「うるさい、そう吠えるな呪われた聖女よ。父上は今はまだ(・・・・)健在だが、最近体を壊しているのはお前も知っているだろう? だからまぁ、オレがいつでも代われるように、な?」
「そ、そんなことが認められるはずがありません。お願いです兄上、いますぐそこを下りてください! でないと兄上の首が――」

 あせりそう話すと、宰相が口を挟む。

「はて、この場には私達三名と、アナタ様しかおりませぬ。一体だれがこの事を漏らすというのですかな? あぁ、そのお顔の呪いが皇太子殿下を売りたがる……そんな呪いもあるのかもしれませぬなぁ?」
「宰相、あなた何を言うのですか!? そんな事を私がするはずがありません!」

 宰相へそう言うも、姉上が嫌そうに口を開く。

「ハァ、五月蝿(うるさ)いですね。ワタクシ達がよいと言っているのですから良い。それに何が不満があると言うのです? これだから魚鱗の魔女はいけませんわ……」

 左手で鼻をつまみながら、まるで私を汚物だといわんばかりに右手で顔の前をあおぐ。
 その動作に悲しくなり、一瞬言葉に詰まったと同時に兄上が話す。

「フン、玉座のことはもうよいわ。今日キサマを呼んだのはほかでもない。この後すぐに城を出て、聖女本来の仕事をしてもらうためだ」

 その言葉を聞き、胸に埋め込まれた聖石(せいせき)に力が宿るのを感じた。
 そう、本当にそういう事態が起きているだと、聖石が感じ取ったのだから。

「……はい、分かりました。一体何が起きたというのでしょうか?」
「うむ、実はな――」

 兄上は真面目な顔で詳細を伝え始めた。
 帝都より馬車で三日ほどの所にある港町。そこへ悪魔が出現し、建築中の橋を落としにかかっているらしい。

 悪魔とは聖女と対をなす存在と呼ばれ、悪魔の力が強まれば、また聖女も強くなる。
 そして古より聖女が、悪魔を滅したり封印をしてきた。

 そんな悪魔でも、今回出現したのは上位種との事で直接討伐へ向かってほしいとの事。
 それは聖女として当然受けるべき話しだし、私もお母様から受け継いだこの力で、民を救うのは当然の義務と思っていたから、「承知いたしました」と返事をした。