十六歳の誕生日を迎えたその日――アリシア・フォン・アスガルド第二皇女は、兄であるヴァルマーク・フォン・アスガルドに呼ばれていた。

　赤く毛足の長い絨毯(じゅうたん)が廊下の中央を走り、その上を音もなく歩く。
　ふぁさり。聖女の証であるセイントローブをなびかせ、歩く姿は堂々と。

　しかし顔を伏せた状態(・・・・・・・)で、下を見ながら歩く。
　途中侍女たちとすれ違い、彼女らの顔がひきつるのが見えた。

　アリシアはそれにニコリと微笑みながら、静かに立ち去っていく。
　彼女らとの距離が約五メートルほどで背後から、聞きたくもない言葉がアリシアへとしがみつく。

「……あれが噂の、ウロコに呪われた聖女様ですか？」
「そっか。あなたは入ったばかりだもんね。そう、アレ(・・)が呪われた聖女……アリシア様よ」

　その言葉で、アリシアはまた背中が重くなった気がした。
　左の顔をおおった、赤い魚鱗の呪いにはワケがある。

　それは兄・ヴァルマークが魔女の財宝を欲し、軍を派遣したことがキッカケで起こった悲劇。
　財宝に手を付けられ、しかたなく魔女は軍を殲滅(せんめつ)。

　だが性格が温厚で、争い事が嫌いな魔女であったがために、普通はここまでで終わった話しであった。

　が、兄が財宝を奪おうとしている最中、姉のエリザベートは別の物を欲した。
　そう、魔女の魔力の源と噂される、真っ赤な魚が入った水槽鉢を。

　温厚な魔女もさすがにそれは許せなかった。

　怒り狂った魔女は手癖の悪い兄姉にたいし、苦痛と戒めを刻む呪いを発動。
　それは常に顔面に痛みを感じるものであり、もしまた魔女の財宝を盗もうとしたら、その苦痛が激しさを増すという呪いだ。

　それをうけた兄姉は狼狽し、妹のアリシアへと泣きつく。
　結果、アリシアは聖女の力を使いそれを払ったが、ことのほか魔女の呪いの力は強力であり、自分が二人分の呪いを肩代わりすることとなる。

　そしてそれを見た兄姉は、アリシアの顔を見るなり震えてこう告げた――呪われた〝魚鱗の聖女〟だと。

　救ってやったというのに、感謝どころか呪われた聖女と烙印を押され、今や城の中では侍女にまで冷遇されて生きている。
　それがアリシア・フォン・アスガルドが兄姉を救った結果だった。

　とは言え、元々アリシアは皇帝たる父と、亡き母は以外には冷たくされていた。
　兄のヴァルマークは他者はゴミとしか見ておらず、姉のエリザベートは性格が苛烈に冷酷である。

　それが母が亡くなり、聖女の力が姉ではなくアリシアに受け継いでからは、その冷酷さは日に日に増していった。

　それを思い出し、ジクジク痛むウロコをなでながらため息一つ。
　長い廊下を曲がった先に、兄・ヴァルマークの部屋があり、その前に到着すると衛兵へと話す。

「こんにちは。兄上に呼ばれて来たんですが、お取次ぎを」
「ヴァルマーク様はおらん」
「え、でも呼ばれて来たのですが……」
「ったく、だからここには居ないって意味ですよ。皇太子殿下は玉座の間だ、そこで待っているからさっさ来いと申し使っていますから、早く行ってください」
「はい……ありがとうございます」

　そんな怖い顔で睨まなくてもいいと思うんだけど……そう私が思っていると、背後から衛兵二人の声がした。

「たく、話すのも汚らわしい。ウロコが伝染(うつ)ったらどうする」
「うわッ、しばらく俺をさわるなよ？　マジで伝染りそうだ」
「クソ！　あんなのと話すなんて、今日はなんて厄日だよ」

　そういう話しは私がいなくなってからしてほしいんだけどな……はぁ。
　左手で顔を撫でながら、うつむいたまま廊下を歩く。
　しばらく行くと階段があり、そこを上る最中に柱の陰から声がかかる。