「ヨダレなんて気にしてられっか! 次だ、次ぃ!!」
『いや、そこは気にしましょうよ……人として』
「ワレもヨダレベトベトのは食べたくないんだワン。大和、真人間になるんだワンよ?」

 人ぢゃあないヤツラに、人としての何たるかを説教されただと!? 
 じょーだんじゃありませんよ! ダカラ言ってやる。

「スミマセンデシタ」
「『分ればよろしい』」

 くッ、なんたる屈辱!
 でも今は次だつぎ。黄色いやつが俺を呼ぶ。さてコイツはどうしてやろうか?
 
「気を取り直して、と。お次は黄色い切り身にはハーブだけでいいだろう。コイツの臭みは純粋に味わいたい臭みだ」
「ほぇ? 味わいたい臭みなんてあるんだワン?」
「まぁな。じゃコイツなんて、その代表といえるんじゃないか」

 そう言いながらまずは藻塩をふりかける。
 さらに魚に愛称が抜群のタイム風味のコイツを全体に馴染ませつつ、ごまの風味に辛味をおびたハーブであるセバルチコ風のやつ。こいつもいい仕事をしてくれるだろう。

 そして最後はレモングラス風の粉。二つをまとめてくれるキーハーブになるはずだ。
 三つの味をサッとふりかけ、この黄色の切り身は三十秒といったところか。

「この瞬間は本当に待ち遠しい。十秒が十フレームに感じるほどだ」
『……変わっておりませんが?』

 ナニカ聞こえた気がするが、漢は気にせずに待つ。
 まだか……もうすぐ……三・二・一……「今だ!!」と叫びつつ、獣のように乱暴に口へと放り込む。
 コイツの旨さは確定だと、さっきの試食で理解をしていた。

 なぜなら、この黄色い切り身は〝濃厚なヤギチーズ〟と似た味だったから。
 このままでも十分食べれるが、ここは文明的にいこうじゃないの。
 だからハーブの力を借りて、さらに上品に仕上げた結果を楽しむ。

 右の犬歯に〝むにぃぃッ〟と絡みつく、異常に濃厚な味が舌の上に重く広がる。
 ずしりとくる、腐臭に似た熟成香がたまらん!
 その香りに「くぅぅ~」と涙目になりつつも、それを打ち消すタイムの気品ある清々しい香りが悪臭を押さえつつ、ほろ苦さが黄色い切り身のまろやかさ(・・・・・)を生む。

 さらに黄色い包囲網は続く。そう、最後の希望にして真打ちたるレモングラスの登場だ。

 食材同士、お互いの主張を勝手気ままに語っていたせいで、美味いが震えるほどではない。
 むしろクドい味でいまいち素材が生きていない。そう思った刹那レモングラスが覚醒。

 ふわりとやさしく黄色い切り身を包み込み、さわやかなレモンの香りとふくよかな甘味。
 それがデロリと広がった肥大した味を凝縮し、旨味だけをしぼり取った。

 直後、冗談みたいに魚のくせにヤギ臭あふれる濃厚なチーズを、クセのないフレッシュチーズへと昇華してしまう。
 
「うまいッ!! なんと言う幸福感につつまれる味だよ! こんなチーズ食べたことないぞ!! 見ろよ、自然にほほがゆるんじゃうぞ」
「お魚なんだワン」
『駄犬よ。主は空腹過ぎて現実がわからないのですよ』
「そういえば目がイってしまっているんだワン」

 二人(?)は見つめ合うと軽く震え「『ナンダッテ!?』」と叫ぶ。

「ええい、小芝居はやめい! ほら。お前も食ってみろよ、わん太郎」

 まずは前菜の緑色に光る魚のルイベを、わん太郎のお口の中へとポテリと落とす。
 やつは「んぁ~」と大きくお口を広げ、それが口に入った瞬間――コロコロと転げだし、「美味しいんだワン!!」とさらに転がる。

「だろ!! ほら、いつまでも転がっていないで、黄色い切り身(コイツ)も食べてくれ。美味いぞ~」

 するとそのまま転がって俺の足にポムリとあたり止まると、また「んぁ~」と口を広げて寝転ぶ。
 なんて横着なケモノ野郎だとあきれつつ、そっと切り身を落とす。

 もぐもぐと数度口を動かす子狐くん。
 まんまるオメメを〝クワッ!〟と開き、いつの間にか昇っている満月に向かって遠吠えをする。やっぱ犬じゃん。

 そしていよいよ最後……そう。あの一番クセが強い赤い魚へと挑む。