「やっぱり淡水魚はいる気はしてたんだよなぁ」
「んぁ。何がだワン?」
「コレだよ。ほら見えるだろう? この白いやつは寄生虫だ。本来なら焼いて調理すりゃいいんだが、今はそんな事してる暇がないほどハラヘリの民だ」
「ワレも~! だから早く食べたいんだワン!」
「まぁ落ち着けよ。でだ、そこでやっぱりルイベが手っ取り早く食える。あの調理法は寄生虫を駆除しつつ安全に食べれる料理法でもあるからな」

 そう言うと、わん太郎はすぐに魚の切り身を凍らせてくれた。
 しかも、とてつもないマイナス温度で一気にだから驚く。
 さらに薄く切身にしてくれたようで、切り身の角が立ち美しさすら感じてしまう。

「いい感じだ。このまま半解凍にできるかい?」
「お安い御用だワン。ほれぇ~」

 狙った感じで、ちょどいい半解凍状態にしてくれた子狐わん太郎。
 余計な水分と油分。そして臭みをドリップ汁と共に落としてくれるとはやりおるわ。
 池で手を素早く洗い、半解凍の切り身へとゆっくりと右人差し指を押し付ける。

 生の状態より若干固く、それでいて適度な弾力を感じココまでは成功とほくそ笑む。

「俺の思った通りに仕上がったな。じゃあまずは緑を一口……うぇ。最初よりはいいけど、やっぱり臭い。次は黄色……うんコイツもだ。なら赤も……ぅッ。コイツも独特な臭いがキツイな」

 顔をしかめ食材の味を確かめ終えると、後ろから相棒が『準備は整っております』と声がかかる。
 肩越しに背後を見ると、手のひらサイズの葉っぱの上に、七つの粉が乗っていた。

 そう、思い出した。アレは俺が気絶する前に赤金草から釣り上げた、スパイスの数々だと。
 軽く全ての粉の上に指をすべらせ、その味わいを確かめて驚く。

 たしかに胡椒だの、レモングラスだのと言ってはみたが、この状態で食べてみると初めての旨味が詰まっていた。
 つまり風味もあるが旨味もあるという、ハーブや胡椒(こしょう)らしくないものだ。


「ナイス相棒、これはすっげえ!! よし、じゃあ早速使ってみるか。まず緑色の身は旨味が強いが生臭さが際立つ。なら使うスパイスは……ローズマリー風のコイツと、胡椒っぽいコイツ。そして今なら山椒(さんしょう)も行けるはずだ。そこに、わん太郎の藻塩をふりかけて……と」

 まだだ……焦るな、最高のタイミングで喰らう。体感時計で、待つこと一分三十秒ほど。
 スパイスが程よく浸透し、緑色の切り身自体から香気がたちのぼる。
 その食欲を刺激する香りに、腹の虫が大騒ぎしているのを黙らせ、そっと口の中へと放り込む。

 下くちびるにネトリと乗った瞬間、すでに舌が旨味を感知し、唾液が舌の奥からあふれてきた。
 さらに舌先ふれたと同時に、扇状に旨味の波がひろがり、ビクリと体が震えながらも、奥へ奥へ。もっと奥へと旨味を奥歯へ転がす。

 そしてついに到着。そう、最大の旨味を感じる部分である奥歯に。
 だから何の迷いもなく、本能のままに奥歯を落とす。
 瞬間、〝むっっっちぃッ〟とした食感と共に、切り身の細胞壁が崩壊し、内部より強烈な香りが弾け飛ぶ。

 その驚くほど強い香りは、あの悪臭を放っていたものとは思えないほど、清々しく、鮮烈で、新緑の息吹を口いっぱいに感じた。
 だが、まだだ。まだ悪臭へのリベンジは終わらない。

 直後、胡椒の爽やかな辛味と風味がそれらを包み旨味へと変換し、ダメ押しとばかりに山椒の風味がローズマリーの尻を叩く。
 全てが調和し、渾然一体(こんぜんいったい)となった旨味と香り。

 その全てを味わった瞬間、気がつけばノドの奥へと消え去っていた……。

「……まだ……よく味わっていないのに消えた……」
『あ、主どうしたの――うわッ!? なんて顔をしているのですか!』
「うわぁ。大和ばっちぃワン」

 二人(?)の驚く声ではたと気がつく。
 口元からとめどなく、あふれでているのはヨダレ。そう、ぶっ壊れた水道みたいにそれは出ていた。
 誰かヨダレの水道屋さんに電話してくれ。来月のヨダレ使用量の請求額が怖い。

 だがそんな業者を探している暇ない。そう、まだお楽しみ(・・・・)は二つもあるのだから。