「うわわ! なんだか絡まっちゃったワンよ~大和たすけてぇ」
「お前なにやってんだよ。たく、仕方ないやつだなぁ」


 ◇◇◇


 主はそう言うと、駄犬へむけて駆けていく。
 その幼い走りに〝ほっこり〟としつつも、色々とありえない状況を考えてみる。

 いきなり伝説級(レジェンド)を持つ男なんて聞いたことも見たこともない。数値も三桁のもあるし、何より釣運が見えないのがおかしい。

 そう、この短時間の釣果の片鱗ですらコレなのだ。
 釣り上げたのは二つ。一つは蘇生魚と呼ばれる、〝伝説級の魚〟がそうなのだが、存在が激レアなだけで釣り上げるのはコツさえ分れば簡単。

 まぁそれすら予想外の方法で釣り上げたが……。
 もう一つはあの駄犬が絡まっている繊維だ。失敗前提でチャレンジしてもらったが、まさかの一発クリア。
 しかも予想以上に大量の繊維を釣り上げてしまう。

『これは面白いことになるのは確定でしょうな。ふふ、今回ばかりは〝(ことわり)〟に感謝してもよいかもしれませんね』

 いまだ裸の主の後ろ姿をみつつマヌケだなと思う。
 しかし初めて出会う、とてつもない釣り人(アングラー)の原石に心が踊りだし、それが初めての感覚だと気が付き、妙な気分になりながら主たちを見つめた。


 ◇◇◇


「よし取れたあああ! たく、面倒かけてくれるよ」
「うわぁ、ありがとうだワンよぅ。あのまま謎の糸で(まゆ)になるかと思ったワン」
『これだから駄犬には困ったものです』
「むぅ。駄犬じゃないんだワン! ほれぇ、見てみるがいいんだワン」

 わん太郎が小さな肉球で〝むにょり〟とはさんだ先に、小さな布が出来ていた。
 よくみると子狐の顔まで刺繍してあるおまけつき。
 
「まさかその糸から作ったのか!? 器用すぎるだろ!!」
「そうだワンよ~。助けてもらったお礼に大和へあげるんだワン」
「ぉ。そうかい? ありがたくもらっておくよ。おぉ……これぞ文明! そう。文明を感じるけど、こんなちいさな布切れ(・・・・・・・)でアレが隠れてしまう現実に涙が止まらない」
『またケモノからほどこしを……と、まぁいい機会ですから、駄犬と同じように糸から生地を作ってみましょう』
「作るって言ったって、俺にはそんな事できないぞ?」

 相棒は楽しげに『ふふん』と鼻を鳴らすと、先端をしならせながら糸へと向けて話し出す。

『そこで先程の話に戻りますが、スキルを使ってもらいます』
「スキル? 二つあるけど、やっぱり器用貧乏だよな?」
『ええそうです。まずはその繊維はすでに糸と言ってもいいので、そのまま使います。次に繊維を持ってください』

 言われたとおりに繊維を持つ。少しざらつくが、匂いもなく悪くない手触りだ。

『次に糸へイメージを送り込みます。できるだけ具体的に厚さや形を、主が欲する形(・・・・・・)で想像してください』

 分かったと頷きながら、今一番ほしいモノ――つまり衣服を想像した瞬間、糸が動き出すのが分かった。
 思わず「なんか変だぞ!?」と叫ぶと、相棒が『今です、魔釣力(ま゛ちょうりょく)を込めて!』と力強く返す。

 体から言いようのない不思議な感覚が抜けると同時に、ごっそりと疲労に似たナニカが左の肩甲骨(けんこうこつ)あたりに集まるのを感じる。
 その初めて感覚に「くぅ」と苦しげにもらしながら、自分の力で創り出した(・・・・・)と実感しながら、その出来たモノを握りしめた。

「ッ、出来た!! 見てみろよ相棒、いい感じにデニムっぽくなったろう!?」

 振り返りながらそう言うと、ヤツは『まぁできましたが……』と呆れながら言うと、『ダメージ仕様ですか?』と言い出す。
 その言葉に「どこがだよ!」と言ってみるが、持ってる所から徐々に糸がほつれてきた。
 さらにヒザの部分が崩壊しだし、左膝下がポテリと落ちる。

「……そう。ダメージ仕様の特別仕様だ」
『意味不明なダブル仕様なのは分かりましたが、せめてあのくらいはして欲しいのですが?』

 相棒が先端をしならせた先にある光景。
 それは屈辱と敗北だった。