その光景を見たゲスダーは、崩れる体をなんとか維持しつつも、まだ神気取りで叫ぶ。
 

「ヴァアカメ! げふぉッ、まだ神兵は健在なヴぉふッ!!」
「なんだよ、まだ生きていたのか? アリシアを抜いたのに、よく保っていられる」
「神! そうヴぁ! かみ゛のち゛か゛ら゛だッ!!」

 実に鬱陶(うっとう)しい。
 だから「そうかい、ならコイツと仲良く神様ゴッコでもしてろよ」と言いつつ、海底に潜むヘドロみたいな魚を釣り上げる。

 それを見たアリシアは真っ青に顔をそめて叫ぶ。
 
「ヤ、ヤマトさんそれは危険な魔物です! ヘドロイヤーと言って、強い幻覚作用と猛毒をもつ魔魚ですよ!?」
「へぇ……ならコイツと遊ぶんだな。そらよ」

 うじゅうじゅと蠢くヘドロイヤーを、ゲスダーへ向けて放つ。
 やつも真っ青になりながら「やめッ! やめ!? やめてえええええええ!!」と、神様モードはどこへやら? 
 
 情けなく叫ぶ自称神の口の中へと、ヘドロイヤーを強制的(・・・)にほうり込んでさしあげた。

 すると聞くに堪えない叫び声を三十四回上げた後、逆さの顔からおぞましい体液を巻き散らし、完全に正気を失い権天使だったモノがウゾウゾと崩壊。

 だがまだ生きているようで、見境なく堕天使まで喰い始めた。

「うぉ!? なんだアイツ……」
「ヘドロイヤーの毒にやられると、〝欲〟に取り憑かれた後に、苦しみ抜いて死にます……」
「よく知っているなアリシア」
「ええ、この国で一番危険な海の魔物とされていますし、もし見つけたら死にものぐるいで逃げないと、追って来てああなりますので……」

 よく分からない肉片になり、それでも他者を喰らおうと触手を伸ばす物体。
 自称神の姿はそこにはなく、もはや醜悪な生物となっていた。

 アリシアを連れてそこから離れ、マストの上からゲスダーだったものを見る。

「ゲスダー……馬鹿な事をしなければ、こんな事にならなかったのに……」
『あれは食欲といったところですかな』
「だろうな。さて、あとは天にいる堕天使どもだが……」

 皇魚の背中から無数の水の刃が飛び出し、堕天使の群れを襲う。
 まるで潜水艦がミサイルを放っているように見え、その戦闘力の凄まじさに驚く、が。

「うぉッ!? あぶねぇ!!」
『まぁヤツからしたら主も立派な敵ですからね』

 頼もしくすら感じていたが、同時に俺へ向けても水の刃を飛ばす。
 皇魚の中身が中身だけに、それも当然なのだろう。

「ったく、なんて躾の悪い魚だ」
『飼い主に似たのですよ』
「失礼な。なら……誰が飼い主かをその身に刻んでやるよ」

 魔釣力を思い切り込めた相棒から伝わる黄金のルアー。

 そいつを躾のなっていない白銀鱗(はくぎんりん)のクジラへと投げつける。
 ヤツの口に入った瞬間、「コイツでどうだあああ!!」と強制的に動きを制御。

「わ、すごい! あんなに大きなクジラさんが止まった!?」

 同時に攻撃も止まり、一気に堕天使が皇魚へと襲いかかる。

「いい感じにまとまってくれたじゃねぇか……今日も晴天、異世界晴れってやつには、泳がせ釣りもいいものだ。なぁそう思うだろ皇魚(オマエ)も?」

『ま、まさか主よ! それは流石に無謀ですぞ!?』
「無謀かどうかは俺が決める! だから――――朝焼けの空を喰らい尽くせ! 白銀帝(はくぎんてい)!! オラアアアアアぶッ飛べええええええ!!」

 皇魚あらため、白銀帝と名付けた大クジラ。
 俺の全ての力を使い海中から引きずりだした巨体は、この船団まるごと飲み込むほどの大きさ。

 それが冗談みたく放物線を描き、堕天使群へと大口を開き襲いかかる。
 いくら天使の動きが早いとは言え、こっちも思い切り飛ばしたスピードと、白銀帝の空気を恐ろしいほどに吸い込む力。

 それらが一体となり、次々と堕天使を呑み込み駆逐する。

 ヤツの体の中が、天使が消滅した時に光る粒子で青く光り、巨大なクジラのバルーンのようだ。
 そのまま失速し、海中へと落ちたと同時に、23式星座のリールを思い切り巻き取りながら、相棒を背後へと引き上げる。

「食べ残しは失礼だろ?」
『ええ、実に上品ですよ主』
「ふぇぇえぇ……凄すぎて何が何だか……」

 アリシアが驚くのも無理もない。
 また空へ向けて巨大なクジラが飛翔し、残りの堕天使を喰い付くしたのだから。