―――あれは梅雨の季節だった。
SNSで使う予定の服を探しに、学校帰りに街へ繰り出したその日。
俺は靴屋の前を通りかかったのだ。
服だけじゃなくて、たまには靴にも凝るかと考えながら、店の中に入ろうとすれば見慣れた後ろ姿が見えた。
長めの黒髪に、少々猫背の丸くなった背中。骨と皮だけしかないんじゃないかというくらいの細身で、俺はその姿を後ろの席からよく目に映していた。だから、ひと目でわかる。
「行平?」
びくっと肩を揺らして、こちらを振り返る。前髪と眼鏡で隠れた暗い表情が、いきなり呼びかけられたという驚きに満ちていた。
「何して……」
行平の手にはスマホが握られていた。
その画面を見れば、カメラが起動している。
「動画?」
「あ……」
「ちょっと借りるぞ」
何故か動揺している石川の手からスマホを奪って、勝手に動画を確認する。
そこには高校生が手を出すには明らかにに値が張る革靴を履いた石川が、支払いもせずに店を出ていく姿が撮影されていた。
「うわあ、盗撮? すごいな。よく撮れてんじゃん」
俺が動画を見ている間、彼はずっと怯えっぱなしだった。
その真っ青な顔に向かって「で」と続ける。
「どうすんの? この動画」
怯えたように揺れる目。
「警察にでも出す?」
廃れた公園に似つかわしい、色褪せた柵に腰かける。
俺の隣で、まるで怒られる前の子供のように棒立ちをしている行平は言葉に迷っているようだった。
「石川的には飼い犬に手を噛まれた気分だろうよ」
「……さ、榊くん」
「これで石川からのカツアゲも止まるといいな」
石川とは別のクラスだが、行平は中学の頃から彼らの知り合いらしくて、時々パシリという名のいじめに遭っているのを俺は知っていた。
「でもさ、もしお前が警察に持ってって、告発でもしたら」
「……!」
「もっとエスカレートする可能性だってあるよな?」
微笑むようにして訊ねれば、行平はぐっと唇を引き結んだ。
「だからさ、行平」
ゆらゆらと瞳が揺れている。
「俺に譲ってくれないか? この動画」
恐怖か、怯えか。
どろどろに溶けていくように、動揺している。
まさか、こいつにはただのこの提案が。
「その代わり、お前には手を出させないように俺から石川には言っておくから」
悪魔のような囁きにでも聞こえたとでも言うんだろうか。
「俺がお前を救ってやるから」