―――それは、まだ茉優の見た目があまり派手ではない時のこと。
「なあ、茉優。見てくれよ」と学校からの帰り道で、うきうきでスマホを出した。茉優は眼鏡をかけ直して「どうしたの、海斗くん」と首を傾げる。
幼馴染の茉優に、一年の春頃からはじめていたSNSの伸びに悩んでいたことを打ち明けたのは丁度この頃で、フォロワーを稼ぐために必死だった時期でもある。
「……えっ、これって……」
「昨日さ、母さんに頼まれてスーパー行ったら、繁華街にいたんだよ。」
「小野先生?」
「正解。この相手、誰だと思う?」
「相手って……うちの制服、着てない?」
「そ。柴山先輩っぽい」
「柴山先輩⁉」
柴山豊。当時は二年生で、西和崎高校の新生徒会長だった。
見た目も中身も優等生という感じで、教師陣や生徒からも人気が高い。
そんな人が、教師と不倫なんて……こんなゴシップニュース、書き方次第ではSNSで盛り上がらないはずもない。
「これ、ネットに書いてやろうかなって考えてるんだけど……どう思う?」
「えっ! だ、ダメだよそんなことしたら!」
「なんで? 別によくね? 悪いことしてんのはあっちじゃん」
「そ、それはそうだけど……」
歯切れが悪い茉優に、俺は苛立ちを覚えて「っていうか」と言葉を続けた。
「小野の旦那も可哀想だと思わないの? そもそも小野側だって未成年に手出すのは犯罪なんだけど」
「で、でも……わざわざネットに書く必要はないと思う」
「は? だからなんで?」
「だって……何か事情があったらどうするの? 晒して、制裁するだけが全てじゃないんだよ。だから……こういうのは、私たちが勝手にどうこうしていい問題だとは……」
「うるさいな! いいだろ! これで見てくれる人が増えるかもしれないんだから!」
「海斗くん!」
茉優が叫ぶように俺の名前を呼んだ。
いつも弱弱しく俺の名前を呼ぶのに、力強い声音だった。
「海斗くんはアカウントのために、本当に誰かの人生を潰せるの?」
誰かの人生? 何言ってんだ?
どうしてこんなことで人生が潰れるんだよ。そもそも、悪いことをした方が悪いだろこんなもん。
それを暴こうとした方が、どうしてこんな責められるような言い方をされないといけないわけ?
「なんか萎えた。茉優に言うんじゃなかった」
一気に面倒臭くなって、スマホを仕舞えば茉優は焦ったように俺の隣に並んだ。
「そ、そういう意味じゃないんだよ! ただ海斗くんカッコイイんだから、そういった炎上を狙わなくても、アカウントはすぐに伸びるって言いたかったの! 顔出しとか積極的にしてみたらいいんじゃないかな? 暴露とかどうせ一過性だし、印象いいかも……」
「…………」
「ご、ごめんねっ。否定したかったわけじゃないんだよ」
顔色ばっかり窺ってくる茉優。
俺に対して、ずっと肯定してきたくせに、どうして今回に限ってそんな風に言うんだ。
俺は悪くないのに……茉優のくせにムカつく。腹立つ。
もやもやを抱いたまま、俺は小野先生と柴山先輩の写真をずっとスマホに仕舞っていた。
そうして俺が二人の秘密を隠し持ったまま日々を過ごしていた間に。
俺と同時期に始めた同級生のSNSは、次第に伸びていった。
ネットの流れは早い。ぼーっとしていれば、一瞬でフォロワーの数は何百、何千との差が生まれていく。
それを見ていると、嫉妬や憧れに苛まれて腹の奥底がドロドロと澱んだ熱で覆われていくようにも思えた。
『ただ海斗くんカッコイイんだから、そういった炎上を狙わなくても、アカウントはすぐに伸びるって言いたかったの!』
そんなことは知っている。
学校では度々女子から話しかけられるし、「カッコイイよね」と言われることもあった。ここだけの話、そういった優越感からSNSを始めたのだから、自分のルックスについては多少自信がある。
だけど、顔なんてまともに出して、もし伸びなかったら?
もしも変な特定をされて、おかしな素材にされでもしたら?
リスクが大きすぎるだろ。
ただ茉優の言うように、暴露した炎上商法での人気取りはいわば一過性のもので、長続きはしないだろう。
ふと、自分のアカウントに載せている写真をスクロールしてみる。
大抵は食べ物と、顔を隠した上半身の私服姿くらいしか載せてない。
確かに、反応は食べ物よりも、体の一部が見えている方がよかったりするけど……。
いろいろ考えた末、休日、自分なりにお洒落にきめた服を、より格好良く撮ってもらうために、一緒の家に住む玲奈にカメラをお願いした。
「お兄ちゃん、こんな感じ?」
「あー。玲奈的にどう?」
「いい感じだと思う」
玲奈はそう言って、「ほら」と俺に向かってスマホを見せた。
「本当だ。さっすが玲奈、センスいいな」
「まあね。やっぱ最近はカメラテクが物を言うよ。友達からも評判なんだー」
「へー」
と、曖昧な返事をしながら、写真の確認をする。
玲奈の言うことは嘘ではないみたいで、どれもモデルのように見目の良い写真が撮れている。
「ねえねえ、お兄ちゃん。その写真バズって有名になったら、なんかご褒美ちょうだい?」
「わかった。何がいいか考えとけよ」
「やったー! ありがとー!」
にっ、と歯を見せるように笑って、玲奈は家の中に戻って行った。
いつの間にあんなに厚かましくなったんだか。年も近いくせに、相変わらず子供っぽい。
まあ、そんなこと今はどうでもいい。
とにかく、アカウントを伸ばさないと……。
そんな気持ちで上げた一枚の写真。
《デート服みたいになった。コンビニ行くだけなのに笑》
適当な文言と一緒に写真を乗せる。
すると、いいねがひとつ。
ふたつ、みっつ。
《カッコイイ! これで高一とか世界バグってる笑》
《加工?笑》
《彼女いますか?》
《服ってどこで買ってますか?》
《コンビニに出かける服がこんな格好いいことってある?》
気づけば、何気ない写真が思いのほか流行ってしまった。
そして写真に添えた適当に考えた言葉は、インターネットミームとしてあらゆるところに出回って、誰しもがこぞって真似をした。
一気に有名人となった俺は学校では握手を求められ、連絡先を求められ、周囲の人間が放っておけない存在となったのだ。