「おはよー。海斗、夏祭りぶり」

 西和崎高校の校門の前で、はつらつとした女子の声に呼び止められた。
 振り返ると、染めたての茶色の髪をくるりと巻いた茉優の姿があった。

「なんだ。茉優か」
「何よ、その言い方。乗っ取りピンチを救ったのが誰か、もう忘れたの?」

 眉を上げ、彼女は小首を傾げて俺の顔を覗き込んでくる。
 ひとつひとつの仕草に打算的なあざとさを感じつつも、俺も笑い流した。

「冗談だって。助かった助かった、マジさんきゅー」
「心こもってない、やり直し」

 色つきのリップを塗った唇を尖らせて、彼女は不満げに告げる。

「っていうか海斗、あれほんとに乗っ取り?」
「は? なんで」
「だって、今朝も呟いてたじゃん」

 茉優の言葉に、「ああ……」と顔を逸らして、再び前を向いて歩き出す。
 そうだ。俺が寝ている間にも、俺のアカウントは乗っ取られ続けたままだった。

《西和崎高校の秘密を本日から大公開しちゃいます(^_-)-☆》

 午前六時半を過ぎた頃、そんな陽気なテンションで更新された俺のSNS。
 こんな時間に更新しても普段なら反応は見込めないはずなのに、殺人予告のせいか妙に注目されているみたいで、反応している数が多かった。
 にも関わらず、昨日からフォロワーは500人くらい減っていたし、せっかく茉優がアカウントで訂正をしてくれていたけど、あまり意味を成していなさそうでストレスが溜まる。

「西和崎高校の秘密ってなんだろうね?」
「知るわけないだろ」
「って……あ、ちょっと! 海斗、待ってよ! まだ言ってないことが……!」

 慌てて追いかけてくる茉優を振り切るようにして、教室へ向かう。

 ―――SNS見たよ。大丈夫だった? 榊くん。
 ―――おまえ、変なのに目つけられたな。
 ―――まあ、榊くんかっこいいから仕方ないよね。どうせアンチの嫉妬だよ。

 教室に入ると、こんな感じで囲まれるだろう。
 そんな予測を立てながら、教室のドアの取っ手に手を伸ばした。
 俺は有名人なんだ。
 だから黙っていてもみんなが放っておかないはずだ。

「……ねえ、ちょっと海斗! 待ってってば!」
「うるさいな、遅刻したいのか」
「違うの! 今、あんたのアカウント……」

 茉優の声を遮って、ガラリとドアを開く。
 すると、一気に騒がしかった教室が静まり返り、クラス全員の視線が一斉にこちらに向いた。
 なんだ……?
 異様な空気を感じて、俺はちょうど傍にいた佐々木に声を掛ける。

「おはよう、佐々木。久しぶりだな。夏は……」
「あ……えと、俺、顧問に呼ばれてたんだった。ちょっと行ってくるわ」

 夏休みに入る前の佐々木は、「俺のこと、お前のアカウントで紹介してよ~」と、金魚のフンのように俺に付きまとっていたのに、なんだよ。あからさまに避けやがった。
 まあ、いい。俺と関わりたいやつは他にもいるんだ。
 顔を前へ向けて誰かと目を合わせようすると、みんなして次々と顔を逸らしていく。
 何だ……?
 どういうつもりだ、みんなして。
 苛立ちながら席に座る。
 鞄を投げるようにして机の上に置けば、バンッと思いの外、大きな音が鳴った。
 びくっと肩を揺らす前の席の男子。
 長めの黒髪と分厚い眼鏡。いかにも地味な見た目をしたそいつの名前は行平(ゆきひら)志筑(しづき)
 ああ、そうだこいつがいた。

「おはよう、行平」

 こいつまでも俺を無視なんかしないだろう。
 スクールカーストでいったら底辺に分類される男子である行平が、人気者の俺を無視なんて出来るはずがない。
 こちらを振り返る行平の姿を見て、『ほらな』と思う。

「お、おはよう、榊……くん」
「夏の間、どっか行ってた? 少し肌焼けたな」

 にっと笑顔で言えば、行平は複雑そうな顔をして肌を隠すように腕を組んだ。
 正直、焼けてなんかいない。
 寧ろひと夏で青白さが増したようで、気味が悪いとさえ思う。

「い、いや……どこも行ってないよ……」
「そっか。ところで」

 笑顔のまま机の上で腕を組む。

「なんであいつら俺を無視するか、わかる?」
「っ、え、っと……」

 戸惑うようなか細い声。
 言っていいものか、悩むように目を泳がせているその姿に苛立ちを感じたが我慢だ。
 行平、お前が俺を無視なんて出来ないよな。
 だって―――。

「海斗、無視しないでよ。待ってって言ったじゃん!」

 教室の雰囲気に飲まれながらこちらにやって来た茉優に、「おい、お前クラス違うだろ」と言おうとすれば「これ見て!」とスマホを突き付けられた。

 @sakakikaki1211

 画面ではそのIDのSNSが、また更新されていた。

《数学教師の小野静香(おのしずか)は現在、生徒と不倫中でーす(^^)/》

「は……なんだ、これ……?」

 茉優のスマホを奪うように取って、スクロールをする。

《その相手はなんと・・・三年D組の柴山豊(しばやまゆたか)!》

 写真付きで上がっているその内容に、ガタッと椅子から立ち上がる。

「やばいよね、コレ……」
「てか、小野先生と柴山先輩が? マジで?」
「生徒と先生って想像しただけでキモ。ガチ無理なんだけど……」
「こんな暴露する榊くんもえぐいね……。だって先輩、今年受験じゃん」

 ひそひそと囁き声が止まない中、「ねえ」と茉優の声が聞こえて、俺ははっと顔を上げた。

「本当に、海斗じゃないんだよね?」

 茉優が訝しむような顔で俺を見ていた。
 それもそのはずだ。
 小野と柴山が抱き合っている写真を撮ったのは去年の秋頃だった。