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「玲奈ちゃん」
「あ、洋子さん」
「ごめんなさい、あなたの大事な日をこんなに先延ばしにしてしまって」
「いいんですよ。だって大変だったじゃないですか」

 洋子さんは、殺人を起こした息子のことで、毎日疲弊しきっていた。
 洋子さんの旦那さんである榊浩二さんは被害者のご遺族と今日もまた話し合いに向かっていて、墓参りには来ていなかった。

「玲奈ちゃんをこんなに遅く来させるなんて、正治さんと理恵子さんには、大変申し訳ないことをしたわ」

 洋子さんが言う。

「いいんですよ、こうして来られるだけで」

 と、私はまた答えた。
 だって、こう仕向けたのは私だもの。

「だけど……」
「私、洋子さんたちには感謝してるんです。お父さんとお母さんが死んじゃってから、嫌な顔ひとつせず、ここまで育ててくれて」
「玲奈ちゃん……」

 涙ぐむ洋子さんは、とても親切で優しい人だ。

「当然よ、あのバカ息子さえいなければ……正治さんたちだって、今頃……」

 あれは十年前、海斗くんの家族と私の家族とで、沖縄旅行に行った。
 海斗くんは私の一つ上の従兄弟で『お兄ちゃん』と言って慕っていた。
 せっかくの旅行だったが、その日は台風が近づいていたこともあり、外に出るのは危険だって言われていた。
 なのに、七歳の海斗くんが外に出たいと聞かなかった。
 海斗くんの両親はその時、お酒を飲んでいて、もう運転は出来ないと言うことで、うちの両親が少しだけ遊びに連れて行ってあげる、と海斗くんに言っていた。
 私は眠くて、その遊びにはついていけなかった。

「玲奈、いい子でお留守番しててね」

 両親が私の頭を撫でて、出て行く。その姿が、私が見た最後の両親だった。

「子供が車内で暴れたんだっけ? たしかアイス食べたいとか」
「それで、注意が散漫になって事故に?」
「ええ。大型トラックとの衝突でしょう?」
「母親が咄嗟に抱き抱えて、奇跡的に子供が助かったけど」
「運転手もその母親もだめだったらしいよ」

 通夜に参列しながら『どうして? どうしてなの?』と私は両親の死がいつまでも受け入れられなかった。
 そんな私への罪の意識からか、洋子さんや浩二さんが私を引き取ってくれた。
 まるで私のことを娘のように扱ってくれる二人に、私は心から感謝した。
 そして、感謝しながら、酷く憎かった。

「玲奈さ、うちの両親にはちゃんと感謝しろよ? あんだけ可愛がってくれてんだから」

 こんな無神経な悪魔みたいな人間を、この世に産み落としたことに対して。

「なあ、お前。どうしてお兄ちゃんって呼ぶんだよ? 海斗くんって呼ぶときもあったろ」

 どうしてこんな男が生き残っているんだろう。

「俺と同じ高校? 従姉妹が同じ学校か、ちょっと恥ずかしくね? 一緒に住んでんのもやなのに」

 どうして、お母さんもお父さんも、こんなやつのために死んじゃったの?

「なあ、玲奈。俺ってカッコイイじゃん? だから、SNSとかやろうと思ってんだけど、どう思う?」

 どうして、どうしてどうして?

「私が手伝ってあげるよ」

 復讐してやろうと思った。
 私のものを奪ったこいつが、何もかもを持った瞬間、根こそぎ奪ってやろうと思った。


「―――あーあ、海斗くんは勿体ないな」
「え?」
「だって、洋子さんたちみたいなお母さんお父さんがいるのに、こんなに苦しませて、傷つかせて」

 バカな海斗くん。

「私だったら絶対に悲しませないのに」

 恵まれてるって気づかずに、自分勝手に傲慢に生きたから、そうなったんだよ。

「私、洋子さんたちみたいな両親がほしかったな……」

 SNSなんて所詮、かりそめで。
 積み上げたものが崩れ去るのは、瞬く間なのに。

「っ、何を言ってるの玲奈ちゃん!」

 わかっていたはずなのにね。
 大事なのは、現実の方だって。

「あなたは大事な娘よっ」

 洋子さんが抱き締めてくれる。
 温かい。温かくて、私が抱き締め返したらすぐにでも壊れそう。

「……海斗くん、は?」
「あの子はもううちの子じゃないっ! 人様の命を奪って、のうのうと生きられるなんて思って欲しくない……。一生、牢の中で罪を償ってもらいたいくらいよ! 私たちもあの子をあんな風に育ててしまった責任は、いつまでも取っていこうと思うわ……」
「そう、じゃあ私も……」
「玲奈ちゃんはいいの! 何も考えず、ただ幸せに暮らしてくれれば、それで……」
「洋子さ……ううん、お母さん」
「!」
「お母さん、私、お母さんのこと大好きだよ」
「私もよ。私も、あなたが。玲奈が大好きよ……」

 抱き締め合いながら、私は微笑んだ。
 ありがとう、海斗くん。
 貴方のおかげで、私、やっと欲しいものが手に入った。
 でも、言ってたもんね。

「……有名になれたならご褒美くれるって」

 ありがとう、ようやく貰ったよ。

「どうかしたの?」

 私に頼りきりだった、バカな海斗くん。
 まっさきに乗っ取りの犯人として疑うべきは、私なのに。
 情けなくなるくらいバカで、殺したくなるくらいクズで本当によかった。
 そのお蔭で、私の復讐はこんなにあっさり終わったから。

「ううん、家族っていいなって思ったら涙が止まらなくて」

 笑いながら、泣いて、泣いたら、また笑って。

 私は空を見上げる。

 澄み渡るような、真っ青な空だった。
 長かったようで、あっという間。
 瞬くように、全てが終わった。
 私は父と母に思いを馳せながら、ゆっくりと深呼吸をした。
 十年間の復讐を終え、その時、ようやく息が出来たような気がしたのだった。








 青き罪は、瞬く間に 了