宮城から戻り、私達はある約束をした。
共にお互いの夢をかなえようと
私は高卒認定試験を受け大学、医学部に進学する。
将哉さんは物凄く大変だと言う。でも私はその目標に向かいたい。
どうしても私は自分の目標を現実のものにしたい。
今までとは違う想い。
あの時、あの海は私の弱さを捨てる事を拒んだ。
その弱さが私の強さだと教えてくれた。
私はいつも逃げていたんだ。現実の自分から
だから私はあの海に自分を捨てていた。でも、もう今は海に捨てる自分なんかいない。
不思議だった。日ごとに私の心は軽くなる。
あんなに重くのしかかっていた何かが溶け出す様に軽くなっていく。
今、私はものすごく充実している。
通院もひと月に1回に減った。
将哉さんと逢う回数が減る……そんなことを考えていたら嬉しい事に、前より将哉さんと過ごす時間が増えた。
将哉さんが休みの時、私に勉強を教えに来てくれる様になった。
本当に心強い家庭教師だ。
遅れていた分相当頑張らないといけない。
将哉さんの教え方はとても分かりやすかった。学校の授業を聞いているより何倍もの速さで後れを取り戻している様に感じる。
「元々巳美ちゃんは理解力がいいからだよ」
そう頬めてくれる言葉が嬉しい
日ごとに元気が出てくるこの感じ、今まで感じた事のなかった心の中に湧き上がるかのように、自分の未来を勝ち取りたいと言う願い。
今の私は本当に充実していると思う。
秋田は次第に初夏の色を見せ始めた。
木々の緑は少しづつ濃くなり、吹き抜ける風は気持ちを軽くさせてくれる。
その頃からだろうか。私は将哉さんの住むマンションに行くようになった。
初めて彼のマンションに行ったのは、ちょっとしたきっかけがあった。
ある日私の携帯に
「ごめん、巳美ちゃん今日はそっちいけないや」
「どうして? 仕事なの」
「いや、ちょっと……大したことないんだけど、体調悪くて」
「調子悪いって大丈夫なの?」
「うん、まぁ休んでいれば大丈夫だよ」
そ言い彼は電話を切った。
その時私はまだ将哉さんのマンションの場所を知らなかった。
「おばさん、将哉さんのマンションの場所教えてもらえますか?」
「どうしたの?」ちょっと不思議そうにおばさんは応えた。
「さっき電話で調子悪いって……」
「まぁ、そうなの。私が送ってあげるわ」
おばさんのその言葉に一瞬間をおいて
「おばさん、私……一人で行きたい」
「わかったわよ」にっこりと笑みを浮かべ、冷蔵庫から何品かの食材を袋にいれて
「今地図いてあげるから、それとこれで何か作ってあげなさい巳美さん」
まだぎこちない私たちの会話、でも少しずつ私とおばさんの距離は近づいているような感じもしている。
おばさんが持たせてくれた地図を頼りに、バスを乗り継いで将哉さんが住んでいるマンションの前までやって来た。
初めて、私は一人でこの秋田の街の中を歩いた。
途中、コンビニの前を通り、店員が接客している姿をガラス越しに眺めていた。
色んなお店が並んでいる。
ずっと病院の中だけにいて、通院もおばさんの車で病院に真っすぐ向かう。
そんな生活しか送っていなかった。
今、自分がいるこの街の事、何も知らないなって思う自分がいた。
将哉さんの部屋の前のドア。呼び鈴を押そうとする手が少し震えていた。
チャイムが鳴って少ししてから、鍵が開けられる音がする。
なんだか心臓がドキドキしている。
ドアがゆっくりと開けられ、その奥からスエット姿の将哉さんが私の姿を見て驚いていた。
「巳美ちゃん」
「ごめん、来ちゃった」
ゴホゴホ、せき込み、その顔色も悪かった。
「あ、上がってもいい?」
「あ、ごめん。散らかっているけど」
初めて入る将哉さんの部屋……
きちんと片付いている……とは言えなかったけど、やっぱり将哉さんの性格通り、まぁまぁかなぁと言うのが第一印象の部屋の散らかり様。
「具合どうなの?」
「熱があるんだ、それと喉の痛みと咳とね」
「風邪? 熱どれくらいあるの」
「んーさっき測ったら39度位」
「え、そんなに。お薬は?」
「帰りがけに処方してもらってきた」
「ンもう、そんなに具合悪いんだったら何でもっと早く連絡よしてくれなかったの」
少し言葉に刺を差し込んだ。
「早く横になって寝ていて。それと何か食べれる? おばさんがおうどん持たせてくれたから」
「うん、ありがとう。ごめんね」
「馬鹿、具合の悪い時はお互い様でしょ。それに……私に意地張らないで……」
なんでイラついているんだろう。
将哉さんに向ける言葉になぜか刺が入る。
また小さな声で「ごめん」と返す将哉さん。
即席だったけど、暖かいうどんを将哉さんの前のテーブルにそっと置いた。
「美味しい」
ゆっくりとそのうどんを食べてくれた。食慾はあったから少し安心した。
そんな将哉さんの姿を見ていると何だろう。物凄く愛おしく感じる。
ずっと前から知っているような、この人のいいところも弱い所も知っているような。そんな気がする。
ずっと前から……知っている人。私の想いすべてをささげていた人。
多分、歩実香さんの影響かもしれない。
毎日目にする歩実香さんの遺影。
始め、彼女のその姿を見る事が私は正直嫌だった。
将哉さんが愛した人。
その人の家に、そして歩実香さんが染みついた空間にいる事が辛かった。
私があの宮城の海に行きたいと言ったのはその想い……感情を捨てたかったからかもしれない。
そう、私はわがままだった。
私の中にはまだ和也の存在が生きている。それなのに、私が好きになった人の想いを何も考えていなかった。
将哉さんの中にも歩実香さんの存在はずっと生きているんだと言う事に。
その将哉さんを私は受け入れる。そう歩実香さんの想いと一緒に受け入れる。それが彼を愛することだと言う事を解っていたはずなのに。
静かに寝入る彼の姿を気にしながら少し散らかった部屋の片づけをして、そっとその顔をずっと眺めていた。
偶然出会ったあの大曲の花火の日
あの時私の意識は多分どこかに飛んで行ってしまっていたんだろう。
どうしてあの場所に行ったかもわからない。
あの時の悲しみと恐怖、そして絶望感。
今もないと言えばそれは嘘になる。
時々耐えられないほどの孤独感を感じる時がある。
でも私はあの家に住む様になってから誰かに守られているような気する。
私を襲う孤独感を優しく包み込んでくれる。
多分、私を優しく包み込んでくれているのは和也ではない気がしている。
歩実香さんが私をいつも見てくれているのかもしれない。
そんな彼女に私は嫉妬心を抱いていたんだ。
将哉さんを好きになればなるほどその気持ちは大きくなる。それが嫌だったのかもしれない。
私は、彼の中に生き続ける歩実香さんを受け入れるためにどうしたらいいのだろうか。
例え私の姿が……
似ていたから
だから将哉さんは私を好きになってくれたの……かもしれない。
年も離れている。
それでもいい。
それでも私はこの人を愛している。
お互いの傷ついた心が呼び合っているのかもしれない。
だとしても私の今のこの気持ちは変わらない。私を導いてくれる人それが将哉さんだから……
まだ小さな愛かもしれないけど、この気持ちを私は大切にしたい。
彼のベットにうつ伏せになって私はいつの間にか寝入っていた。
ふと目を覚ました時、彼の手が私の髪を優しくさすっていた
「ごめん、起こしちゃった」
「ううん」
そっと頭を上げ彼の顔を見る。穏やかな優しい顔。
「熱は?」
「下がったみたいだよ」
「ほんと?」
「多分……」
おでこを彼の頬にあてて
「みたいね……よかった」
にっこりと微笑んだ……もう一人の私と共に
その時感じた……私の心の中にも歩実香さんが宿っていることを。
共にお互いの夢をかなえようと
私は高卒認定試験を受け大学、医学部に進学する。
将哉さんは物凄く大変だと言う。でも私はその目標に向かいたい。
どうしても私は自分の目標を現実のものにしたい。
今までとは違う想い。
あの時、あの海は私の弱さを捨てる事を拒んだ。
その弱さが私の強さだと教えてくれた。
私はいつも逃げていたんだ。現実の自分から
だから私はあの海に自分を捨てていた。でも、もう今は海に捨てる自分なんかいない。
不思議だった。日ごとに私の心は軽くなる。
あんなに重くのしかかっていた何かが溶け出す様に軽くなっていく。
今、私はものすごく充実している。
通院もひと月に1回に減った。
将哉さんと逢う回数が減る……そんなことを考えていたら嬉しい事に、前より将哉さんと過ごす時間が増えた。
将哉さんが休みの時、私に勉強を教えに来てくれる様になった。
本当に心強い家庭教師だ。
遅れていた分相当頑張らないといけない。
将哉さんの教え方はとても分かりやすかった。学校の授業を聞いているより何倍もの速さで後れを取り戻している様に感じる。
「元々巳美ちゃんは理解力がいいからだよ」
そう頬めてくれる言葉が嬉しい
日ごとに元気が出てくるこの感じ、今まで感じた事のなかった心の中に湧き上がるかのように、自分の未来を勝ち取りたいと言う願い。
今の私は本当に充実していると思う。
秋田は次第に初夏の色を見せ始めた。
木々の緑は少しづつ濃くなり、吹き抜ける風は気持ちを軽くさせてくれる。
その頃からだろうか。私は将哉さんの住むマンションに行くようになった。
初めて彼のマンションに行ったのは、ちょっとしたきっかけがあった。
ある日私の携帯に
「ごめん、巳美ちゃん今日はそっちいけないや」
「どうして? 仕事なの」
「いや、ちょっと……大したことないんだけど、体調悪くて」
「調子悪いって大丈夫なの?」
「うん、まぁ休んでいれば大丈夫だよ」
そ言い彼は電話を切った。
その時私はまだ将哉さんのマンションの場所を知らなかった。
「おばさん、将哉さんのマンションの場所教えてもらえますか?」
「どうしたの?」ちょっと不思議そうにおばさんは応えた。
「さっき電話で調子悪いって……」
「まぁ、そうなの。私が送ってあげるわ」
おばさんのその言葉に一瞬間をおいて
「おばさん、私……一人で行きたい」
「わかったわよ」にっこりと笑みを浮かべ、冷蔵庫から何品かの食材を袋にいれて
「今地図いてあげるから、それとこれで何か作ってあげなさい巳美さん」
まだぎこちない私たちの会話、でも少しずつ私とおばさんの距離は近づいているような感じもしている。
おばさんが持たせてくれた地図を頼りに、バスを乗り継いで将哉さんが住んでいるマンションの前までやって来た。
初めて、私は一人でこの秋田の街の中を歩いた。
途中、コンビニの前を通り、店員が接客している姿をガラス越しに眺めていた。
色んなお店が並んでいる。
ずっと病院の中だけにいて、通院もおばさんの車で病院に真っすぐ向かう。
そんな生活しか送っていなかった。
今、自分がいるこの街の事、何も知らないなって思う自分がいた。
将哉さんの部屋の前のドア。呼び鈴を押そうとする手が少し震えていた。
チャイムが鳴って少ししてから、鍵が開けられる音がする。
なんだか心臓がドキドキしている。
ドアがゆっくりと開けられ、その奥からスエット姿の将哉さんが私の姿を見て驚いていた。
「巳美ちゃん」
「ごめん、来ちゃった」
ゴホゴホ、せき込み、その顔色も悪かった。
「あ、上がってもいい?」
「あ、ごめん。散らかっているけど」
初めて入る将哉さんの部屋……
きちんと片付いている……とは言えなかったけど、やっぱり将哉さんの性格通り、まぁまぁかなぁと言うのが第一印象の部屋の散らかり様。
「具合どうなの?」
「熱があるんだ、それと喉の痛みと咳とね」
「風邪? 熱どれくらいあるの」
「んーさっき測ったら39度位」
「え、そんなに。お薬は?」
「帰りがけに処方してもらってきた」
「ンもう、そんなに具合悪いんだったら何でもっと早く連絡よしてくれなかったの」
少し言葉に刺を差し込んだ。
「早く横になって寝ていて。それと何か食べれる? おばさんがおうどん持たせてくれたから」
「うん、ありがとう。ごめんね」
「馬鹿、具合の悪い時はお互い様でしょ。それに……私に意地張らないで……」
なんでイラついているんだろう。
将哉さんに向ける言葉になぜか刺が入る。
また小さな声で「ごめん」と返す将哉さん。
即席だったけど、暖かいうどんを将哉さんの前のテーブルにそっと置いた。
「美味しい」
ゆっくりとそのうどんを食べてくれた。食慾はあったから少し安心した。
そんな将哉さんの姿を見ていると何だろう。物凄く愛おしく感じる。
ずっと前から知っているような、この人のいいところも弱い所も知っているような。そんな気がする。
ずっと前から……知っている人。私の想いすべてをささげていた人。
多分、歩実香さんの影響かもしれない。
毎日目にする歩実香さんの遺影。
始め、彼女のその姿を見る事が私は正直嫌だった。
将哉さんが愛した人。
その人の家に、そして歩実香さんが染みついた空間にいる事が辛かった。
私があの宮城の海に行きたいと言ったのはその想い……感情を捨てたかったからかもしれない。
そう、私はわがままだった。
私の中にはまだ和也の存在が生きている。それなのに、私が好きになった人の想いを何も考えていなかった。
将哉さんの中にも歩実香さんの存在はずっと生きているんだと言う事に。
その将哉さんを私は受け入れる。そう歩実香さんの想いと一緒に受け入れる。それが彼を愛することだと言う事を解っていたはずなのに。
静かに寝入る彼の姿を気にしながら少し散らかった部屋の片づけをして、そっとその顔をずっと眺めていた。
偶然出会ったあの大曲の花火の日
あの時私の意識は多分どこかに飛んで行ってしまっていたんだろう。
どうしてあの場所に行ったかもわからない。
あの時の悲しみと恐怖、そして絶望感。
今もないと言えばそれは嘘になる。
時々耐えられないほどの孤独感を感じる時がある。
でも私はあの家に住む様になってから誰かに守られているような気する。
私を襲う孤独感を優しく包み込んでくれる。
多分、私を優しく包み込んでくれているのは和也ではない気がしている。
歩実香さんが私をいつも見てくれているのかもしれない。
そんな彼女に私は嫉妬心を抱いていたんだ。
将哉さんを好きになればなるほどその気持ちは大きくなる。それが嫌だったのかもしれない。
私は、彼の中に生き続ける歩実香さんを受け入れるためにどうしたらいいのだろうか。
例え私の姿が……
似ていたから
だから将哉さんは私を好きになってくれたの……かもしれない。
年も離れている。
それでもいい。
それでも私はこの人を愛している。
お互いの傷ついた心が呼び合っているのかもしれない。
だとしても私の今のこの気持ちは変わらない。私を導いてくれる人それが将哉さんだから……
まだ小さな愛かもしれないけど、この気持ちを私は大切にしたい。
彼のベットにうつ伏せになって私はいつの間にか寝入っていた。
ふと目を覚ました時、彼の手が私の髪を優しくさすっていた
「ごめん、起こしちゃった」
「ううん」
そっと頭を上げ彼の顔を見る。穏やかな優しい顔。
「熱は?」
「下がったみたいだよ」
「ほんと?」
「多分……」
おでこを彼の頬にあてて
「みたいね……よかった」
にっこりと微笑んだ……もう一人の私と共に
その時感じた……私の心の中にも歩実香さんが宿っていることを。