私の心はもう悲鳴を上げていた。
どうにもできない、そしてどうしたらいいのかさえ分からない。
それでも雅哉への想いは変わらない。その想いは募れば募るほど苦しいく胸が締め上げられる。
もう誰でもいい。
誰でもいいこの苦しみから私を開放してもらいたい。
飲むのを拒んでいた薬も飲んでいる。されどこの苦しみは消えることはない。
「辻岡さん、お薬は単なる補助にしかすぎません。症状が以前より重く感じるのならまずは環境を少し変えてみてはいかがでしょう」
医師からのアドバイスはいつもこんなものだった。
薬も少しづつ強い薬に変わっていった。
そんな私を気遣って和ちゃんと同じチームの看護師達と飲みに行くことになった
「歩実香最近ほんと自分いじめてるよ。今日はたまっているものみんな吐き出してスッキリしよ」
ほとんど無理やりと言ってもいい感じに私は彼女たちに連れ出された。
久しぶりに飲むビール。外は寒さを感じるがこの冷えたビールを飲むと少し気分がすっきりするような感じがした。
一人で飲むビールはただの飲み物でしなかったのに……
久しぶりに何となく心が軽くなるような気がする。
「歩実香はさぁ、我慢しすぎなんだよ。もっとさぁ自分に甘えてもいいんじゃない」
「そうそう、何でもがむしゃらっていう感じじゃないけどなんだろうけど責任感は異常に強いよね」
「そんなぁ、私そんな風に見られていたの?」
「はははは、冗談、冗談。でもさぁ最近我慢しているのは見え見えだよ。彼とはうまくいっているの?」
「んーまぁね、何とかね」
「でもすごいよね東京とこの田舎の秋田で遠距離恋愛だなんてよく持つわね」
「そうぉ、電話だってほとんど毎日の様にしているし、そんなに距離感ないなぁ」
「はぁ、私には無理だなぁ。いくら電話でつながっていてもやっぱ傍にいてくれないと寂しいし」
一人がしみじみという
秋ちゃんは私が雅哉と一ヶ月連絡を取っていないことを知っているでも、彼女はそれをみんなの前で言うことはなかった。
今日は秋ちゃんはうちに泊まることにした。
「ねぇ、歩実香、なんであんな嘘言ったの?」
「え、嘘って」
「もう一ヶ月も連絡とっていないんでしょ。あなたあの事故以来また我慢しているようで心配なのよ。それに彼に事故の事も話していないんでしょ」
「いいのよ、雅哉は今頑張っている。そこに私は重荷になりたくない。きっと雅哉も同じ事思っているんだと思う。私の声を訊けば多分甘えてしまうんだってことを」
「ふぅ、なんか違うような気もするんだけどなぁ」
秋ちゃんは缶ビールを開けごくごくとビールを流し込んで
「うちはさぁ、結婚早かったじゃん。私がまだ看護学校にいた時に結婚しちゃったんだけど、まだ二十歳そこそこで結婚。結構まだ早いって反対されたんだけど、私も彼も待ってられなかった。て、言うより私の方が我慢できなかったんだと思う。我慢して、お互いに疲れ果てるのって私には出来なかった。もしあの時、みんなが言うように遅らせていたら今の家庭はなかったんじゃないかなぁって思う。そりゃぁさぁ、歩実香の家の事情も分かるけど、一番傍にいてほしい時に傍にいてほしい人がいないって物凄くつらいと思うの」
「うん……そう、……」
一口ビールを流し込んだ
秋ちゃんの言うことは最もだ本当は秋ちゃんと同じ。
出来ることなら今すぐにでも私は雅哉と一緒に暮らしたい。お互いに共通した時間を過ごしたい。そう思う。
出来る事なら……
でもそれはもしかしたら雅哉の夢をつぶすことになるんじゃないのか。いつしか私はそう思うようになっていた。今我慢しているのは私のためでもあるけど私が一番愛している人のためでもあるんだとそう自分に言い聞かせている。
だから私は自分に蓋をして、壁を築いている。
その壁を壊すのは私次第かもしれない。その壁を壊し蓋を開けることは簡単なことかもしれない。でも……そうしたら、そうしたら雅哉はどう思うんだろう。
今は我慢の時、秋ちゃんにはわからない私と雅哉が過ごした時間。それがあるから私は何とか我慢できているのかもしれない。
私は……秋ちゃんの様に素直にはなれない。そんな自分が物凄く歯がゆい。
秋は次第にその濃さを増していく。
あの暑い夏の面影はほんの一ヶ月でがらりと変わってしまった。
冷たい秋風が吹く季節。私の心の隙間にもその風は入り込んでいく。
冷えゆく私の心。暖かさをどこかで求め始めているのに私はいまだに気が付いていなかった。
心の中に吹く隙間風が、私の運命を大きく変えようとしていた。
◇◇
久しぶりに雅哉からSNSのメッセージが送られてきた。
「元気か歩実香。最近連絡が取れなくて申し訳ない。こっちは今ようやく各診療科の研修に入ることが出来た。今までほんとうに雑用や指導医の指示に振り回され続けていたけど、何とか医者らしい仕事になってきた。とはいってもまだまだ怒られっぱなしだけどな。
でもこれからが本当の意味での研修が始まったようにも思える。多分これから今以上に忙しさは増すんじゃないかな。何とか乗り切っていくよ……
歩実香も大変と思うけど、頑張って」
ほんとうに久しぶりのメッセージだった。
このメッセージを私は何度も読んだ。何度も何度も……
それだけで胸の中で渦巻いていたものが和らいでくるような感じだった。
もちろん返信もした。
でも、いざ書こうとしたとき、私の頭の中には雅哉に伝えるべく言葉が浮かんでこなかった。何を伝えればいいんだろう。事故を起こしたことをいまさら告げるわけにはいかない。最近起きたことなんか毎日仕事の事だけしかない。
本当は心の奥底にしまい込んでいる想いを吐き出したかった。多分、メッセージでは伝えることが出来ないくらいいっぱいの想いがあふれ出てきてしまいそうな、そんな状態。メッセージだけではどうにもならなくなる。
雅哉の声を訊くだけでは済まなくなる。
雅哉の姿をこの目の中にいれたくなる。そして雅哉のぬくもりを感じたくなる。
もう止めることは出来なくなるだろう。
そう私の壁は崩壊し、私の蓋は破裂したように吹き飛んでしまう。
そうなれば私はもう止めることが出来ないだろう。今でさえ必死に我慢をしている。
この我慢がいつまで続くのかはわからない。そしていつまで耐えられるのかもわからない。
ただ、このメッセージは私にとって一番の救いになっているんだと思っていた。
返信には
「メッセージありがとう。大変だけど頑張って」とだけしか書けなかった。
これ以上は私には無理だった。
あふれだす想いを抑え込むのに必死だったから。
そして私の心を揺さぶるきっかけにもなった。
「辻岡さん」
私の後ろから優しく問いかけるように声をかけた人。
前に私に声をかけ、食事に誘おうとしたあの医師
真壁信二《まかべしんじ》
後ろから私の肩をポンと軽くたたき
「最近元気なさそうだけど大丈夫?」
と耳元で囁くように言う。
真壁先生にはきおつけな。
これはこの病院の女性看護師たちの暗黙の了解のような言葉だった。
この真壁信二医師。彼は心療内科の医師。
精神科と内科の中間点的な感じの診療を行っている。彼の口癖は
「うちに来る患者さんはほとんど高齢の科患者さんが多くてね。若い君たちを見ているだけで気持ちが癒されるんだよ」
年齢はまだ三十代前半。学生時代、何のスポーツをやっていたかはわからないけど、引き締まった体に少し色黒の肌、顔立ちはイケメンというわけではないけど適度にととなった顔立ちというべきだろうか。まぁ、ぱっと見どこかの俳優ぽい感じの雰囲気も漂わせている。
「どうだい最近はおちついてきている?精神科から話は聞いているよ。もし何かあったら遠慮なく僕にも相談してくれ。心療内科だからね力になれると思うよ」
「ありがとうございます」そういって軽くこの場を流そうとした。
「そうだ、今度僕の方に受診するようにすればいい。精神科よりはもっと幅広く見ることが出来るからね。今度予約入れといてあげるよ」
「そ、そんな。いいです。だいぶ落ち着いてきていますんで」
「そうか、落ち着いてきているか。それならなおさら僕の方だね。
精神科からフォローダウンされてくる患者さんが多いからね……そうだ火曜日。火曜日の10時はどうかな予約入れておくから。精神科の先生には僕から言っておくからね。それじゃ待っているから」
ほとんど一方的な彼の言葉に唖然としながら私は火曜日の10時に彼の診察室に入った。
どうにもできない、そしてどうしたらいいのかさえ分からない。
それでも雅哉への想いは変わらない。その想いは募れば募るほど苦しいく胸が締め上げられる。
もう誰でもいい。
誰でもいいこの苦しみから私を開放してもらいたい。
飲むのを拒んでいた薬も飲んでいる。されどこの苦しみは消えることはない。
「辻岡さん、お薬は単なる補助にしかすぎません。症状が以前より重く感じるのならまずは環境を少し変えてみてはいかがでしょう」
医師からのアドバイスはいつもこんなものだった。
薬も少しづつ強い薬に変わっていった。
そんな私を気遣って和ちゃんと同じチームの看護師達と飲みに行くことになった
「歩実香最近ほんと自分いじめてるよ。今日はたまっているものみんな吐き出してスッキリしよ」
ほとんど無理やりと言ってもいい感じに私は彼女たちに連れ出された。
久しぶりに飲むビール。外は寒さを感じるがこの冷えたビールを飲むと少し気分がすっきりするような感じがした。
一人で飲むビールはただの飲み物でしなかったのに……
久しぶりに何となく心が軽くなるような気がする。
「歩実香はさぁ、我慢しすぎなんだよ。もっとさぁ自分に甘えてもいいんじゃない」
「そうそう、何でもがむしゃらっていう感じじゃないけどなんだろうけど責任感は異常に強いよね」
「そんなぁ、私そんな風に見られていたの?」
「はははは、冗談、冗談。でもさぁ最近我慢しているのは見え見えだよ。彼とはうまくいっているの?」
「んーまぁね、何とかね」
「でもすごいよね東京とこの田舎の秋田で遠距離恋愛だなんてよく持つわね」
「そうぉ、電話だってほとんど毎日の様にしているし、そんなに距離感ないなぁ」
「はぁ、私には無理だなぁ。いくら電話でつながっていてもやっぱ傍にいてくれないと寂しいし」
一人がしみじみという
秋ちゃんは私が雅哉と一ヶ月連絡を取っていないことを知っているでも、彼女はそれをみんなの前で言うことはなかった。
今日は秋ちゃんはうちに泊まることにした。
「ねぇ、歩実香、なんであんな嘘言ったの?」
「え、嘘って」
「もう一ヶ月も連絡とっていないんでしょ。あなたあの事故以来また我慢しているようで心配なのよ。それに彼に事故の事も話していないんでしょ」
「いいのよ、雅哉は今頑張っている。そこに私は重荷になりたくない。きっと雅哉も同じ事思っているんだと思う。私の声を訊けば多分甘えてしまうんだってことを」
「ふぅ、なんか違うような気もするんだけどなぁ」
秋ちゃんは缶ビールを開けごくごくとビールを流し込んで
「うちはさぁ、結婚早かったじゃん。私がまだ看護学校にいた時に結婚しちゃったんだけど、まだ二十歳そこそこで結婚。結構まだ早いって反対されたんだけど、私も彼も待ってられなかった。て、言うより私の方が我慢できなかったんだと思う。我慢して、お互いに疲れ果てるのって私には出来なかった。もしあの時、みんなが言うように遅らせていたら今の家庭はなかったんじゃないかなぁって思う。そりゃぁさぁ、歩実香の家の事情も分かるけど、一番傍にいてほしい時に傍にいてほしい人がいないって物凄くつらいと思うの」
「うん……そう、……」
一口ビールを流し込んだ
秋ちゃんの言うことは最もだ本当は秋ちゃんと同じ。
出来ることなら今すぐにでも私は雅哉と一緒に暮らしたい。お互いに共通した時間を過ごしたい。そう思う。
出来る事なら……
でもそれはもしかしたら雅哉の夢をつぶすことになるんじゃないのか。いつしか私はそう思うようになっていた。今我慢しているのは私のためでもあるけど私が一番愛している人のためでもあるんだとそう自分に言い聞かせている。
だから私は自分に蓋をして、壁を築いている。
その壁を壊すのは私次第かもしれない。その壁を壊し蓋を開けることは簡単なことかもしれない。でも……そうしたら、そうしたら雅哉はどう思うんだろう。
今は我慢の時、秋ちゃんにはわからない私と雅哉が過ごした時間。それがあるから私は何とか我慢できているのかもしれない。
私は……秋ちゃんの様に素直にはなれない。そんな自分が物凄く歯がゆい。
秋は次第にその濃さを増していく。
あの暑い夏の面影はほんの一ヶ月でがらりと変わってしまった。
冷たい秋風が吹く季節。私の心の隙間にもその風は入り込んでいく。
冷えゆく私の心。暖かさをどこかで求め始めているのに私はいまだに気が付いていなかった。
心の中に吹く隙間風が、私の運命を大きく変えようとしていた。
◇◇
久しぶりに雅哉からSNSのメッセージが送られてきた。
「元気か歩実香。最近連絡が取れなくて申し訳ない。こっちは今ようやく各診療科の研修に入ることが出来た。今までほんとうに雑用や指導医の指示に振り回され続けていたけど、何とか医者らしい仕事になってきた。とはいってもまだまだ怒られっぱなしだけどな。
でもこれからが本当の意味での研修が始まったようにも思える。多分これから今以上に忙しさは増すんじゃないかな。何とか乗り切っていくよ……
歩実香も大変と思うけど、頑張って」
ほんとうに久しぶりのメッセージだった。
このメッセージを私は何度も読んだ。何度も何度も……
それだけで胸の中で渦巻いていたものが和らいでくるような感じだった。
もちろん返信もした。
でも、いざ書こうとしたとき、私の頭の中には雅哉に伝えるべく言葉が浮かんでこなかった。何を伝えればいいんだろう。事故を起こしたことをいまさら告げるわけにはいかない。最近起きたことなんか毎日仕事の事だけしかない。
本当は心の奥底にしまい込んでいる想いを吐き出したかった。多分、メッセージでは伝えることが出来ないくらいいっぱいの想いがあふれ出てきてしまいそうな、そんな状態。メッセージだけではどうにもならなくなる。
雅哉の声を訊くだけでは済まなくなる。
雅哉の姿をこの目の中にいれたくなる。そして雅哉のぬくもりを感じたくなる。
もう止めることは出来なくなるだろう。
そう私の壁は崩壊し、私の蓋は破裂したように吹き飛んでしまう。
そうなれば私はもう止めることが出来ないだろう。今でさえ必死に我慢をしている。
この我慢がいつまで続くのかはわからない。そしていつまで耐えられるのかもわからない。
ただ、このメッセージは私にとって一番の救いになっているんだと思っていた。
返信には
「メッセージありがとう。大変だけど頑張って」とだけしか書けなかった。
これ以上は私には無理だった。
あふれだす想いを抑え込むのに必死だったから。
そして私の心を揺さぶるきっかけにもなった。
「辻岡さん」
私の後ろから優しく問いかけるように声をかけた人。
前に私に声をかけ、食事に誘おうとしたあの医師
真壁信二《まかべしんじ》
後ろから私の肩をポンと軽くたたき
「最近元気なさそうだけど大丈夫?」
と耳元で囁くように言う。
真壁先生にはきおつけな。
これはこの病院の女性看護師たちの暗黙の了解のような言葉だった。
この真壁信二医師。彼は心療内科の医師。
精神科と内科の中間点的な感じの診療を行っている。彼の口癖は
「うちに来る患者さんはほとんど高齢の科患者さんが多くてね。若い君たちを見ているだけで気持ちが癒されるんだよ」
年齢はまだ三十代前半。学生時代、何のスポーツをやっていたかはわからないけど、引き締まった体に少し色黒の肌、顔立ちはイケメンというわけではないけど適度にととなった顔立ちというべきだろうか。まぁ、ぱっと見どこかの俳優ぽい感じの雰囲気も漂わせている。
「どうだい最近はおちついてきている?精神科から話は聞いているよ。もし何かあったら遠慮なく僕にも相談してくれ。心療内科だからね力になれると思うよ」
「ありがとうございます」そういって軽くこの場を流そうとした。
「そうだ、今度僕の方に受診するようにすればいい。精神科よりはもっと幅広く見ることが出来るからね。今度予約入れといてあげるよ」
「そ、そんな。いいです。だいぶ落ち着いてきていますんで」
「そうか、落ち着いてきているか。それならなおさら僕の方だね。
精神科からフォローダウンされてくる患者さんが多いからね……そうだ火曜日。火曜日の10時はどうかな予約入れておくから。精神科の先生には僕から言っておくからね。それじゃ待っているから」
ほとんど一方的な彼の言葉に唖然としながら私は火曜日の10時に彼の診察室に入った。