和ちゃんが中学校でいじめを受けていた時、和也が全校生徒の前で和ちゃんのいじめを止めるように訴えた事、それは今日訊いた。
最初は和也も和ちゃんも特別な気持ちはなかった。
ただあの和也の性格が和ちゃんのいじめを見過ごすことが出来なかったから和也は行動したに過ぎなかった。
でも、和ちゃんはこの事がきっかけで彼を思う気持ちが次第に強くなっていった。
両親が離婚していじめにあって誰一人、自分の事を振り向いてくれる人がいなかったのに、和也だけが自分を見てくれていた。
そう思う事で一人っきりという寂しさから逃れたかったらしい。
小学校から知り合う二人、そして家もそんなに遠いわけではない。
いつでも日常会って遊んでいた仲だったことはそれまで変わらない二人の間だった。
でも和ちゃんの気持ちはそれだけでは収まらくなっていた。
和也がほかの女子生徒と少し話をするだけで、和也の性格がなす手助けをしている姿を見るだけで、自分では分かっていたのに、
これは和也の生まれ持っての性格なんだと分かっているのに、それでも彼女はやるせなくなっていた。
どうしても和也を、自分一人だけに目を注いでほしい。
そんな気持ちが彼女の心の許容を超えた。
彼女もまた私と同じように自分を自分で傷つける。
心だけじゃなく彼女自身の躰をも傷つけるようになった。
そんな和ちゃんに和也は寄り添うようにずっと一緒にいてくれた。
そう、あの時初めて私が和也と出会った時の様に。
それは必然的だったのかもしれない。
心も体も傷つき果てた和ちゃんの躰を和也は優しくそして次第にシフトしていった和也の気持がそうさせたのだと思う。
和ちゃんは傷ついた自分の心と体に安らぎを求めるために。
和也は、傷ついた和ちゃんの心と体を癒してあげるために。
二人は求め合った。何度も何度も求め合いそしてお互いに癒しあう。
中学三年の頃の事だった。
夏休みを目前にして和ちゃんの体は劇的に変化を見せ始めた。
彼女は妊娠をしていた。
事実この話を和ちゃんから訊いた時、私の胸の中は物凄く痛かった。
この二人の関係はただの恋愛、そう好きだ、付き合っているだのと言う事以上の親密さを感じていたのだから。
でも、実際にその事を本人から訊くことは今の私にとっては苦痛にしかならい。
自分が好きな人と親友との関係。
私が知らない、いないときの関係と事実。
それでも和ちゃんがこの事を私に話をしてくれたと言う事は、私を信頼してくれている……ううん、
それでも自分と親友としていてくれて、和也の事も真っすぐに見つめて行けるのかと問われているような感じがした。
「巳美、私たちの事嫌いになった?」
和ちゃんが訊いた言葉に返事は出来なかった。
「そうだよね、相当ショックだよね」
和ちゃんが病院で妊娠している事を告げられてから、彼女のお母さん、和也の両親、そして学校の先生と二人を取り巻く大人たちが騒ぎ始める。
大人たちは二人を責め立てるかのように事の次第を聴きほす。
特に和也の方はもっと大変だったらしい。
両親からは罵られ、謝罪しに行った和ちゃんのお母さんからは罵声を浴びせられ、外に出る事、和ちゃんと会う事を禁じられた。
その時一番不安な思いをしている和ちゃんに連絡、声をかける事すらできなかったのだから。
幼過ぎた二人に課せられた小さな生命の光は、この世に存在することなく処理されてしまった。
「私ね、手術受けている時夢を見たの。
小さな声だった。
助けてって……でもその時の私何も出来なかったの。
ただその声訊いているしか出来なかった。
その声少しづつ小さくなって最後になんだろう、プチッて音がして……私もそこから消えちゃったの。
それでもね、私その消えた自分の姿をどこかで見ているの。
物凄くへんでしょ」
いつしか私と和ちゃんの手は握られていた。指と指をしっかりと掻き合わせていた。
自分のお腹の中に宿った小さな命の光を消す。
もちろん私はその経験はない、ましてその命を宿わせる行為すら行ったことがない。
それでもその時の和ちゃんの気持ちが分かるような気がした。
実際になくても、将来私のこのお腹の中には小さな命が宿う事があるだろう。
本当に好きな人の信頼し合える人の子ならば私は望みその命を育む。
だが、その命の光を消し去るとしたら……望まれてくる命の光。
望んでも消さなければいけないその光。
実感はなくともその時の和ちゃんの気持ちは少し理解できるような気がした。
辛いと言うことばでは表現できない悲しみと失望感を。
「ベットの上で気が付いたとき、悲しくなかったんだ。
でもね涙が止まらなかった。ただ涙だけが流れ出ていた」
そう言いながら今もほほに一筋の涙がこぼれていた。
「ただね、和也の事が物凄く心配だった。
和也の事だから全部自分で背負って、全部自分が悪いって言ってるに違いないと思って。
彼絶対に私をかばうと思ってたから……私は何も悪くないってね」
夏休みが終わって学校に行くともうその学校に和也の姿はなかった。
親と先生たちが協議して中学の残り数か月間を別な学校で過ごさせたからだ。
「和也とはそれから学校で会う事なかったんだぁ。
というよりは親たちが勝手に逢わせない様にしてたんだけどね。
それでもさ、和也の家とはそんなに遠く離れている訳じゃないでしょ。
だからこっそりと何回か逢っていたんだ。和也の事が心配だったから」
和ちゃんの心配していた通り、和也は全部自分で背負っていた。
全て俺が悪いんだって、和ちゃんは何も悪くないって。
だから転校することにも何も言わないで応じた。
「でも、どうして二人とも同じ高校に入学したの」
「今度は私が和也の事心配で追ってきたの。
でもそれって和也にとっては迷惑な事だった事かもしれない。
だから彼学校に来なくなっちゃったんだけど」
そこに私が入り込んだと言う訳か……
そうそこに私が入り込んだのだ。
二人の間に……
和ちゃんは「私達お互いにもう付き合う事はしないって決めていた」そう言葉では言っているが気持ちはお互いまだしっかりと繋ぎ合っている。
それでも、私と和也が付き合う事が和ちゃんにとっては、うれしい事だと言う。和也が新たに心を寄せる人が私であったことに。
「もうこの話、おしまい」
和ちゃんが身を起こし、私の顔をずっと見つめている。
私も頷く。
心は痛かった。でも本当の二人の事を訊いて私は新たに和也の事をもっと大切にしたいと言う想いを強く感じ始めていた。
和也の待つ防波堤に近づくと、そのいつもと違う姿に見惚れるかのように和也は黙って私を見つめた。
「ずいぶんと早いじゃない」
「おお、さっき来たところだ」
「嘘つき……さっきからずっと私見ていたのよ」
「本当か?」
「うん、何してたの。面白かったわよ、なんだか挙動不審で。もう時間でしょ、行きましょ。和也……」
「待てよ、巳美」
私は振り向いた彼の声に、彼が呼ぶ声に、巳美と呼ぶ声に。
振り向くと和也は下を俯いて左手をズボンのポッケに入れ、少し震える右手に少し小さなリボンのついた細長い箱を持っていた。
物凄く照れ臭そうに
「と、巳美、今日誕生日だったから……その……」
夕凪の中、ひぐらしの声がむこうの山から聞えている。
その時時間はゆっくりといいえ、ほんの少しの間かもしれないけど、止まっていたんだと思う。
彼の、和也のその姿、陽が山の向こうに陰り次第に暗くなる。
そっとその少し震える手を優しく包み込むように手を添えた。
「ありがとう……和也」
添えた手の向こうに言う。
そしてゆっくりとその箱は彼の手から私の手へと収まっていく。
納まるその箱を私は胸に抱きしめ、そっと彼の目を見つめる。
何だろう。昨日あんなに泣いたのにまた涙が出てくる。昨日あんなに流したのに、どうして、涙って枯れないの。
「なんだよ。なんで泣いてるんだよ」
「わかんない……でも勝手に出ちゃう」
少しづつ暗くなる空にほほを伝わる涙が光る
「開けてみてもいい」
「ああ……」
包みを開けちょっと高そうなケースの蓋を開けると小さなひし形のペンダントが入っていた。
キラキラと光るペンダント。
涙を手で拭い、そのペンダントをつけた。
「似合う?」
和也は照れ臭そうに「ああ」と一言だけ言った。
「ありがとう。行こう、和ちゃん待ってるよ」
スッと回って歩き出した。私を追う様に和也が横に並ぶ。
少し遠慮がちに出した私の手を和也は……しっかりと握ってくれた。
嬉しかった。初めてのプレゼントも嬉しかったけど……初めてわたのことを「巳美」と呼んでくれたことがとても嬉しかった。
「遅いようーーー」
和ちゃんが私たちの姿を見て大きく手を振って呼んでいた。
「あんまり遅いから待ちくたびれちゃった」
ちょっとすね気味の和ちゃん。でも浴衣の襟元方見えるペンダントを見て、にっこりとしながら
「良かったね」と言ってくれた。
花火が上がり始める。夜空にその花を咲かせ、薄暗くなった夜空を輝かせる。そして響き渡る音が体を震わせる。
「お腹すいちゃったよう」
さすが食いしん坊の和ちゃんには花火よりも屋台から立ち込める香ばしいにおいの方が刺激的なのかもしれない。
「ねぇねぇ、どれから食べる?」
早速立ち並ぶ屋台にくぎ付けのようだ。
それでも彼女はきょろきょろと屋台を見渡す。
「何かお目当ての屋台でもあるの?」
「んーあのね、毎年来てるんだけど「カレーパン」の屋台があるの」
「カレーパン?」
「そうカレーパン。揚げたてで香ばしくて物凄く美味しいの」
そう言っている間にそのカレーパンの屋台を見つけ出して一目散に向かって行ってしまった。
「まったくもう、和ちゃんったら、食べ物のことになるとそれしか頭の中にないんだから」
ちょっと呆れるように言うと
「巳美は何が食べたい?」
和也が何となく言う。蒔野じゃなく「巳美」と……正直まだちょっと照れ臭いけど。
「んーーた、たこ焼き。たこ焼きが食べたい」
「たこ焼きかァ、じゃぁあそこだな」
そう言って3件先の屋台を指さす。
「あそこのおっちゃんのたこ焼き一番うまいんだ」
自然と手をつないでその屋台にむかう。
「すいません、たこ焼き3つください」
あいよ……と威勢のいいタオルのねじり鉢巻をした叔父さんが
「いいねぇ、仲良さそうで」と私たちを見てからかうように言う。
思わず耳の先まで熱くなってしまった。
「ああ、たこ焼きいいねぇ」
カレーパンの袋を3つ持って和ちゃんが私の横に来た。
そして
「どうしたのそんなに赤くなっちゃって」
ちょっと意地悪そうに言う
「もう知らない……」
和也の手を放して両手で顔を覆うと
「おい彼氏、彼女困ってるぞ」とまた茶々を入れる。
「ちょっと、巳美は私の彼女でもあるんだからね」
和ちゃんがムッとして言い返した。
「いやぁすまん、すまん。もてる女は辛いね。ほらおまけで一個ずつ足しておいたよ」
にんまりとした憎めないその叔父さんの顔。お祭りってこんなにも楽しい気持ちにさせてくれんだとその時感じた。
たこ焼きを受け取って
「ねぇ、和也は何か食べたものあるの?」
私が訊くと、ちょっと遠慮がちに
「ク、クレープ……かな」とぼっそりと言った。
それを聞いて私と和ちゃんは目を見合わせて
クレープ?と声を合わせて言ってしまった。
「なんだよう男がクレープ食べちゃいけないのかよぉ」
「べ、別にいけない訳じゃないんだけど……」
「いいんじゃない。でも甘党の男と付き合うのも大変よ」
和ちゃんが皮肉たっぷりに言う。
「そうかぁ。大変かぁ……でも私もクレープ好きだからなぁ」
「あーーやってらんない」
和ちゃんが呆れた様に私たちに向かって言った。
「でも……私もクレープ好きだわ」その後に言った和ちゃんを見ながら私と和也は
「ほぉらやっぱり」と言って笑い合った。
花火良く見える所あるから。
和也が前を歩いて私たちを案内してくれた。
浜辺から少し歩いたところにあるちょっと小高い、小さな山の様な高台ともいえる所だった。
裏に回ると階段があって途中に鉄の柵があった。今日はお祭りのためだろうその柵は開いていた。
階段を昇りきるとそこには小さな小屋の様な御宮がある。
人、一人が何とか入れるくらいの小さな御宮。
外戸が開かれ、内戸の観音戸が開かれていた。
中にはろうそくが灯され、お供え物が添えてある。
「こっちだ」
和也が私たちを呼んだ。その先に行くと
その高台からお祭りが行われている浜辺が一望できた。
そして……夜空に放たれる大輪の花火がもうすぐ手の届くような所で花開いた。
大きかった。目に入りきらないほど大きくその大輪華は咲き誇った。
雄大で華やかで、そして儚い。
光が色を放ち輝きそして消えていく。
その後に響き渡る轟音がまた私の体の芯を震えさせた。
水辺に映し出される色に夜空に輝く光
今日と言うこの日を私は一生忘れないだろう。
自然と私たちは手を握り合った。
右手に和也の手が、左手に和ちゃんの手が。
しっかりとそして力強く私たちの手は繋がっていた。
来年も……必ず、私達3人でまたこの場所で……この花火が見られることを願いながら。
私たちの想いの時間は流れて行った。
でも…………私はまだ、この花火を見る事が出来なくなることを………知るよしもなかった。
最初は和也も和ちゃんも特別な気持ちはなかった。
ただあの和也の性格が和ちゃんのいじめを見過ごすことが出来なかったから和也は行動したに過ぎなかった。
でも、和ちゃんはこの事がきっかけで彼を思う気持ちが次第に強くなっていった。
両親が離婚していじめにあって誰一人、自分の事を振り向いてくれる人がいなかったのに、和也だけが自分を見てくれていた。
そう思う事で一人っきりという寂しさから逃れたかったらしい。
小学校から知り合う二人、そして家もそんなに遠いわけではない。
いつでも日常会って遊んでいた仲だったことはそれまで変わらない二人の間だった。
でも和ちゃんの気持ちはそれだけでは収まらくなっていた。
和也がほかの女子生徒と少し話をするだけで、和也の性格がなす手助けをしている姿を見るだけで、自分では分かっていたのに、
これは和也の生まれ持っての性格なんだと分かっているのに、それでも彼女はやるせなくなっていた。
どうしても和也を、自分一人だけに目を注いでほしい。
そんな気持ちが彼女の心の許容を超えた。
彼女もまた私と同じように自分を自分で傷つける。
心だけじゃなく彼女自身の躰をも傷つけるようになった。
そんな和ちゃんに和也は寄り添うようにずっと一緒にいてくれた。
そう、あの時初めて私が和也と出会った時の様に。
それは必然的だったのかもしれない。
心も体も傷つき果てた和ちゃんの躰を和也は優しくそして次第にシフトしていった和也の気持がそうさせたのだと思う。
和ちゃんは傷ついた自分の心と体に安らぎを求めるために。
和也は、傷ついた和ちゃんの心と体を癒してあげるために。
二人は求め合った。何度も何度も求め合いそしてお互いに癒しあう。
中学三年の頃の事だった。
夏休みを目前にして和ちゃんの体は劇的に変化を見せ始めた。
彼女は妊娠をしていた。
事実この話を和ちゃんから訊いた時、私の胸の中は物凄く痛かった。
この二人の関係はただの恋愛、そう好きだ、付き合っているだのと言う事以上の親密さを感じていたのだから。
でも、実際にその事を本人から訊くことは今の私にとっては苦痛にしかならい。
自分が好きな人と親友との関係。
私が知らない、いないときの関係と事実。
それでも和ちゃんがこの事を私に話をしてくれたと言う事は、私を信頼してくれている……ううん、
それでも自分と親友としていてくれて、和也の事も真っすぐに見つめて行けるのかと問われているような感じがした。
「巳美、私たちの事嫌いになった?」
和ちゃんが訊いた言葉に返事は出来なかった。
「そうだよね、相当ショックだよね」
和ちゃんが病院で妊娠している事を告げられてから、彼女のお母さん、和也の両親、そして学校の先生と二人を取り巻く大人たちが騒ぎ始める。
大人たちは二人を責め立てるかのように事の次第を聴きほす。
特に和也の方はもっと大変だったらしい。
両親からは罵られ、謝罪しに行った和ちゃんのお母さんからは罵声を浴びせられ、外に出る事、和ちゃんと会う事を禁じられた。
その時一番不安な思いをしている和ちゃんに連絡、声をかける事すらできなかったのだから。
幼過ぎた二人に課せられた小さな生命の光は、この世に存在することなく処理されてしまった。
「私ね、手術受けている時夢を見たの。
小さな声だった。
助けてって……でもその時の私何も出来なかったの。
ただその声訊いているしか出来なかった。
その声少しづつ小さくなって最後になんだろう、プチッて音がして……私もそこから消えちゃったの。
それでもね、私その消えた自分の姿をどこかで見ているの。
物凄くへんでしょ」
いつしか私と和ちゃんの手は握られていた。指と指をしっかりと掻き合わせていた。
自分のお腹の中に宿った小さな命の光を消す。
もちろん私はその経験はない、ましてその命を宿わせる行為すら行ったことがない。
それでもその時の和ちゃんの気持ちが分かるような気がした。
実際になくても、将来私のこのお腹の中には小さな命が宿う事があるだろう。
本当に好きな人の信頼し合える人の子ならば私は望みその命を育む。
だが、その命の光を消し去るとしたら……望まれてくる命の光。
望んでも消さなければいけないその光。
実感はなくともその時の和ちゃんの気持ちは少し理解できるような気がした。
辛いと言うことばでは表現できない悲しみと失望感を。
「ベットの上で気が付いたとき、悲しくなかったんだ。
でもね涙が止まらなかった。ただ涙だけが流れ出ていた」
そう言いながら今もほほに一筋の涙がこぼれていた。
「ただね、和也の事が物凄く心配だった。
和也の事だから全部自分で背負って、全部自分が悪いって言ってるに違いないと思って。
彼絶対に私をかばうと思ってたから……私は何も悪くないってね」
夏休みが終わって学校に行くともうその学校に和也の姿はなかった。
親と先生たちが協議して中学の残り数か月間を別な学校で過ごさせたからだ。
「和也とはそれから学校で会う事なかったんだぁ。
というよりは親たちが勝手に逢わせない様にしてたんだけどね。
それでもさ、和也の家とはそんなに遠く離れている訳じゃないでしょ。
だからこっそりと何回か逢っていたんだ。和也の事が心配だったから」
和ちゃんの心配していた通り、和也は全部自分で背負っていた。
全て俺が悪いんだって、和ちゃんは何も悪くないって。
だから転校することにも何も言わないで応じた。
「でも、どうして二人とも同じ高校に入学したの」
「今度は私が和也の事心配で追ってきたの。
でもそれって和也にとっては迷惑な事だった事かもしれない。
だから彼学校に来なくなっちゃったんだけど」
そこに私が入り込んだと言う訳か……
そうそこに私が入り込んだのだ。
二人の間に……
和ちゃんは「私達お互いにもう付き合う事はしないって決めていた」そう言葉では言っているが気持ちはお互いまだしっかりと繋ぎ合っている。
それでも、私と和也が付き合う事が和ちゃんにとっては、うれしい事だと言う。和也が新たに心を寄せる人が私であったことに。
「もうこの話、おしまい」
和ちゃんが身を起こし、私の顔をずっと見つめている。
私も頷く。
心は痛かった。でも本当の二人の事を訊いて私は新たに和也の事をもっと大切にしたいと言う想いを強く感じ始めていた。
和也の待つ防波堤に近づくと、そのいつもと違う姿に見惚れるかのように和也は黙って私を見つめた。
「ずいぶんと早いじゃない」
「おお、さっき来たところだ」
「嘘つき……さっきからずっと私見ていたのよ」
「本当か?」
「うん、何してたの。面白かったわよ、なんだか挙動不審で。もう時間でしょ、行きましょ。和也……」
「待てよ、巳美」
私は振り向いた彼の声に、彼が呼ぶ声に、巳美と呼ぶ声に。
振り向くと和也は下を俯いて左手をズボンのポッケに入れ、少し震える右手に少し小さなリボンのついた細長い箱を持っていた。
物凄く照れ臭そうに
「と、巳美、今日誕生日だったから……その……」
夕凪の中、ひぐらしの声がむこうの山から聞えている。
その時時間はゆっくりといいえ、ほんの少しの間かもしれないけど、止まっていたんだと思う。
彼の、和也のその姿、陽が山の向こうに陰り次第に暗くなる。
そっとその少し震える手を優しく包み込むように手を添えた。
「ありがとう……和也」
添えた手の向こうに言う。
そしてゆっくりとその箱は彼の手から私の手へと収まっていく。
納まるその箱を私は胸に抱きしめ、そっと彼の目を見つめる。
何だろう。昨日あんなに泣いたのにまた涙が出てくる。昨日あんなに流したのに、どうして、涙って枯れないの。
「なんだよ。なんで泣いてるんだよ」
「わかんない……でも勝手に出ちゃう」
少しづつ暗くなる空にほほを伝わる涙が光る
「開けてみてもいい」
「ああ……」
包みを開けちょっと高そうなケースの蓋を開けると小さなひし形のペンダントが入っていた。
キラキラと光るペンダント。
涙を手で拭い、そのペンダントをつけた。
「似合う?」
和也は照れ臭そうに「ああ」と一言だけ言った。
「ありがとう。行こう、和ちゃん待ってるよ」
スッと回って歩き出した。私を追う様に和也が横に並ぶ。
少し遠慮がちに出した私の手を和也は……しっかりと握ってくれた。
嬉しかった。初めてのプレゼントも嬉しかったけど……初めてわたのことを「巳美」と呼んでくれたことがとても嬉しかった。
「遅いようーーー」
和ちゃんが私たちの姿を見て大きく手を振って呼んでいた。
「あんまり遅いから待ちくたびれちゃった」
ちょっとすね気味の和ちゃん。でも浴衣の襟元方見えるペンダントを見て、にっこりとしながら
「良かったね」と言ってくれた。
花火が上がり始める。夜空にその花を咲かせ、薄暗くなった夜空を輝かせる。そして響き渡る音が体を震わせる。
「お腹すいちゃったよう」
さすが食いしん坊の和ちゃんには花火よりも屋台から立ち込める香ばしいにおいの方が刺激的なのかもしれない。
「ねぇねぇ、どれから食べる?」
早速立ち並ぶ屋台にくぎ付けのようだ。
それでも彼女はきょろきょろと屋台を見渡す。
「何かお目当ての屋台でもあるの?」
「んーあのね、毎年来てるんだけど「カレーパン」の屋台があるの」
「カレーパン?」
「そうカレーパン。揚げたてで香ばしくて物凄く美味しいの」
そう言っている間にそのカレーパンの屋台を見つけ出して一目散に向かって行ってしまった。
「まったくもう、和ちゃんったら、食べ物のことになるとそれしか頭の中にないんだから」
ちょっと呆れるように言うと
「巳美は何が食べたい?」
和也が何となく言う。蒔野じゃなく「巳美」と……正直まだちょっと照れ臭いけど。
「んーーた、たこ焼き。たこ焼きが食べたい」
「たこ焼きかァ、じゃぁあそこだな」
そう言って3件先の屋台を指さす。
「あそこのおっちゃんのたこ焼き一番うまいんだ」
自然と手をつないでその屋台にむかう。
「すいません、たこ焼き3つください」
あいよ……と威勢のいいタオルのねじり鉢巻をした叔父さんが
「いいねぇ、仲良さそうで」と私たちを見てからかうように言う。
思わず耳の先まで熱くなってしまった。
「ああ、たこ焼きいいねぇ」
カレーパンの袋を3つ持って和ちゃんが私の横に来た。
そして
「どうしたのそんなに赤くなっちゃって」
ちょっと意地悪そうに言う
「もう知らない……」
和也の手を放して両手で顔を覆うと
「おい彼氏、彼女困ってるぞ」とまた茶々を入れる。
「ちょっと、巳美は私の彼女でもあるんだからね」
和ちゃんがムッとして言い返した。
「いやぁすまん、すまん。もてる女は辛いね。ほらおまけで一個ずつ足しておいたよ」
にんまりとした憎めないその叔父さんの顔。お祭りってこんなにも楽しい気持ちにさせてくれんだとその時感じた。
たこ焼きを受け取って
「ねぇ、和也は何か食べたものあるの?」
私が訊くと、ちょっと遠慮がちに
「ク、クレープ……かな」とぼっそりと言った。
それを聞いて私と和ちゃんは目を見合わせて
クレープ?と声を合わせて言ってしまった。
「なんだよう男がクレープ食べちゃいけないのかよぉ」
「べ、別にいけない訳じゃないんだけど……」
「いいんじゃない。でも甘党の男と付き合うのも大変よ」
和ちゃんが皮肉たっぷりに言う。
「そうかぁ。大変かぁ……でも私もクレープ好きだからなぁ」
「あーーやってらんない」
和ちゃんが呆れた様に私たちに向かって言った。
「でも……私もクレープ好きだわ」その後に言った和ちゃんを見ながら私と和也は
「ほぉらやっぱり」と言って笑い合った。
花火良く見える所あるから。
和也が前を歩いて私たちを案内してくれた。
浜辺から少し歩いたところにあるちょっと小高い、小さな山の様な高台ともいえる所だった。
裏に回ると階段があって途中に鉄の柵があった。今日はお祭りのためだろうその柵は開いていた。
階段を昇りきるとそこには小さな小屋の様な御宮がある。
人、一人が何とか入れるくらいの小さな御宮。
外戸が開かれ、内戸の観音戸が開かれていた。
中にはろうそくが灯され、お供え物が添えてある。
「こっちだ」
和也が私たちを呼んだ。その先に行くと
その高台からお祭りが行われている浜辺が一望できた。
そして……夜空に放たれる大輪の花火がもうすぐ手の届くような所で花開いた。
大きかった。目に入りきらないほど大きくその大輪華は咲き誇った。
雄大で華やかで、そして儚い。
光が色を放ち輝きそして消えていく。
その後に響き渡る轟音がまた私の体の芯を震えさせた。
水辺に映し出される色に夜空に輝く光
今日と言うこの日を私は一生忘れないだろう。
自然と私たちは手を握り合った。
右手に和也の手が、左手に和ちゃんの手が。
しっかりとそして力強く私たちの手は繋がっていた。
来年も……必ず、私達3人でまたこの場所で……この花火が見られることを願いながら。
私たちの想いの時間は流れて行った。
でも…………私はまだ、この花火を見る事が出来なくなることを………知るよしもなかった。