傷ついた君の心を癒やしたいから、
そっと抱きしめて、時を止めた。
降り続く雪は君の髪にそっとつもり、
簡単に水滴になって、白さは消えていく。
いくつになっても君のことを
ずっと見ていたいから、今は落ち着けよ。
肩を震わせて泣き始めた君は
はぐれて、孤独なペンギンみたいに
怖さをすべて、知っているように感じる。
どんな絶望もすべてに熱を加えて、
キャンディを溶かしてもう一度作り直そう。
楽しさをたくさん、作っていこう。
だから、ずっと、
このままでいようね。



 今日も、俺は詩を書き終え、それをインスタに投稿した。すると、あっという間にいいねが増えていく。暗い部屋の中、ベッドの上でアカウントを更新し終えた。

 いつものことだ。ベッドの上で、iPhoneひとつで世界を変えることは簡単だ。
 ベッドに横になりながら、親指で画面をスクロールして、他の人たちの世界をいつものように眺め始めた。
 どこかの誰かが、俺の知らない街で、知らない世界を体験している。
 そんな画像がどんどん下へ流れていく。

 そんないつも通り、ダラダラとタイムラインを遡っている最中にDMが来た。
 いつもなら、DMなんてほとんど無視しているのに、俺は思わず、アカウント名を見て、DMを開いてしまった。



 あれから、1ヶ月くらい、DMが続いている。一日一通の何気ないやり取りだ。
 私は勇気を出して、ハルくん。いや――。
 『sad_spring』さんにDMした。理由は詩に使われている画像が私の住む街と同じだったからだ。そして、高校生で、同じ歳であることも、公表していたから、同級生同士のDMなら、返事をしてくれるかもと思った。
『sad_spring』さんは、すでにフォロワーが8000人もいたけど、そんな私のDMになぜか返してくれた。

 私は今日も、スタバにいき、発売したばかりの期間限定フラペチーノをiPhoneで撮り、そして、インスタ上で加工を始めた。私のフォロワーは、『sad_spring』さんと違って、100人もいない。
 だから、このアカウントは、私の日記にすぎないし、私なんて、『sad_spring』さんと違って、私の言葉で、多くの人になんて感動をあまり与えることなんてできない。

 だけど、誰かに自分が生きているだよってことを知ってほしい気持ちも、どこかにあって、私を認めてくれたどこに住んでいるのかも、わからない、僅かな人達に対して、自分の気持ちを言葉にしている。

 

スタバで君への思いを浄化さたくて、
甘さをしっかりと味わうことにしたよ。
君との世界は一緒だってこと、
信じることができるけど、
涙はなぜかわからないけど、溢れてしまうよ。
あの日、君が好きと言った言葉、
それが本当だったなら、
私は今日、
こんな寂しい思いしてなかったのに。



 そして、思いっきり、『sad_spring』さんに影響を受けている、ポエムを添えて、フラペチーノの画像を投稿した。私は右手に持っていたiPhoneをテーブルに置き、プラスチックカップを手に取った。そして、紙ストローを咥え、フラペチーノを一口飲んだ。口に含むと、チョコとホイップクリームの甘さが口いっぱいに広がった。

 あれだけやり取りをしていたのに、もう、1週間も『sad_spring』さんから、DMが返ってきていなかった。私はそれに少しだけ憂鬱だった。
 ――上手く行ってると思ったのに。

 『sad_spring』さんからの、最初の返信で、ハルって呼んでと言われたから、その次の返信から、『sad_spring』さんのことをハルくんと呼ぶようになった。まだ、お互いにどの高校に行っているとか、そういう話はできていない。だけど、『ハル』という名前を知って、私はドキッとした。
 幼稚園のとき、ものすごく仲がよかった、ハルくんじゃないのかなって、思ったからだ。
 
 そう思っているのは私の勝手な思い込みじゃなくて、『ルナちゃんって子、幼稚園のとき、仲がよかったな』ってハルくんから、メッセージが来たからだった。 
 高校2年生になった今、幼稚園の頃のハルくんとの遊んだ記憶は断片的だけど、誕生日の日に、園庭で摘んだたんぽぽの束をくれたことや、好きだよって、告白してくれたことは忘れなかった。

 だけど、小学校ですでに、別の学校へ進み、私たちは離れ離れになってしまった。
 今となってはどんな顔だったかも、曖昧になっているし、どうして、仲がよかったのかも思い出すことができない。ただ、一つだけ、しっかりと今でも覚えているは、ハルくんは幼稚園を休みがちだったということだ。
 たまに長い間、幼稚園に来ないときがあって、クラスの先生に『ハルくんは?』とよく聞いていた。

 だから、もしかすると、今、DMでやり取りしているハルくんは、幼稚園のとき、大好きだったハルくんの可能性がかなり高いような気がした。
 右手に持った、プラスチックカップをテーブルに置き、テーブルに置いたままのiPhoneの画面ロックを解除して、右手の人差し指で、インスタのタイムラインを遡りはじめた。すると、『sad_spring』の新しい投稿を見つけた。投稿も、2週間ぶりだったから、私はその投稿をすぐにタップした。



堤防の青芝が西日で淡い。
北の村に遅い夏が来た。
君と肩をくっつけ、川をぼんやり眺める。

夕方のサイレンが鳴り、変わりたくない時が終わった。
君が立ち上がり、歩きだす。
30年も直していないアスファルトがボロく、悲しい。
西日のオレンジ、逆光でも君はキレイだ。
 


 私は何度も、投稿された文章と、いつもより、エモくないどこか見覚えのある住宅街の画像をしばらくの間、眺めた。
 
「雰囲気、変えたのかな」
 思ったことを、口にしたあと、いつもより少ない、いいねの数が気になったけど、ハートマークを人差し指で赤く灯した。

 ただ、こんなに作品の雰囲気は変わったけど、『sad_spring』さんの言葉を待っている人はたくさんいる。
 そんな姿を見ていると、私のちっぽけなアカウントなんて、やめてしまいたいと思った。




『久々の連絡になって、ごめんなさい 近いうちに会うことはできますか』

 そう打ち込んだメッセージを送信すると、一気に心臓が騒がしくなった。寝付くことができず、すでに日付は跨いでいた。

 0:21
 iPhoneに表示されている時刻を見て、決断するまでに随分時間がかかったなって、あらためて自分でも思った。

 もうそろそろ、会わなければいけない。そんなことを思いながら、窓越しに夜の街を眺めた。部屋の窓越しに見える街は、青白く輝いた。
 そして、はるか先に見える海は闇の中で、くっきりと街と、海の境界線がわかる。その境界線を作っているのは、国道の白い街灯で、右側に向かってゆるく孤を描いていた。

 ルナちゃんは、きっと、知っている人だと思う。同じ幼稚園の園庭を走り回っていたかもしれない。やり取りや、今までのことの整合性を取ると、そうなのかもしれないと日に日に、確信できるようになった。
 もう、過去の悲しみは抜けそうだなって思った。

 右手に持ったままのiPhoneに通知が来たことを知らされ、プッシュ通知をタップした。

 インスタが勝手に起動し、DMの画面が表示された。そして、やっぱり、ルナちゃんだった。

『まだ、月曜日が始まったばかりだよ ゆっくり話してみたいから、今週の土曜日、会いたいです』

 そっか。
 今日はまだ、世間的には何もかも動き始めた日だったか。すっかり曜日感覚が消えてしまっていて、不審に思われないかと少しだけ心配になった。

 ちょうど、港の方から、大きな汽笛が聞こえた。こんな夜中に聞こえるのは珍しいなって、思いながら、とりあえず、メッセージを送った。

『だよね 今、汽笛聞こえたね』
『うん てか、やばいね やっぱり同じ街じゃん』
 やっぱり、そうだったんだ。

『だね そうだと思ってた 土曜、13時に駅で待ってるね』
『うん、会うの楽しみ』
 すぐに返ってきたルナちゃんからのメッセージをしばらく眺めたあと、インスタを閉じた。そして、iPhoneを握ったまま、また窓越しに夜の街を眺め始めた。





忘れないうちに何度も言葉を自分の内側に繰り返す。
私は忘れやすいから、
ちょっとした言葉とか、
これからの人生に影響しそうな出来事とか、
結構忘れる。
今この瞬間を今生きているって感じは毎日するけど、
今の積み重なりを振り返ることが苦手。
青春あっという間、ってそいうことか。



「やっぱりテイスト変えたのかな」と私はまた、思わず独り言を吐いてしまった。

 バスに乗り、学校に向かっている途中、朝からインスタのタイムラインを見ていた。バスの窓越しの世界は雨で濡れていて雨粒の先に灰色に濡れた街が流れいた。
 『sad_spring』のアカウントをタップすると、こんなテイストの詩がずらりと並び始めていた。これで、5日連続、こういう感じのテイストの詩だった。
 この5日でフォロワー数が一気に下がっているような気がする。10や20じゃなく、もう、300人以上はフォロワーが減っているような気がする。
 コメント欄も応援コメントよりも、いい加減、元に戻してくださいとか、言われていて、結構、荒れている。別にそんなこと、言わなくてもいいじゃん。って思いながらも、最新の投稿から、人差し指で、過去に遡ってみた。



「地球は青かった」
ガガーリンのように決め台詞を言いたい
なんで感動している最中にあんな言葉が出てくるのだろう
宇宙の冷たさで冷えっ冷えっの
コーヒーを飲みながら言うならわかるけれど、
宇宙船の計器を常に確認しながら、
孤独の中で言うのだから、
尊敬しますわ
地球?青いよ
 


過去を忘れることを決めた日、
今しか見ないことを決めた。
生きることに集中するって、
仕事だけじゃないことにようやく気付いた。
テレビでド田舎に住んでいる人の意味がわかった気がする。
結局、過去を捨てれない自分が惨めだ。
時空がプリズムみたいに歪んだ。



雨上がりの路面に赤信号が反射していた。
死にたがりだったあの子が、
赤信号を待っているとき、
なんで生まれてきたんだろ。
と言ってたことを思い出した。
哲学すぎてわからないと答えたら、
あの子に浮いた印象を与えた。
結局、あの子は死ぬことはなかった。



コンクリートの非常階段から夜景を眺めていた。
夏が始まったばかりだから、少し冷たい。
時々、なぜこんなに人が都会に暮らすのか疑問に思うけど、
便利で仕事があるからに尽きる。
セブンスターが燃え切ったとき、
遠くで隕石が落ちていくのが見え、手が震えた。



一瞬であの日の一瞬に戻ったみたいな夢で、
もう、会うはずもない君と、
ずっと、心地よいお話をしていたい。
目覚めて、現実に戻り、
まるで、今にタイムスリップしたような
感覚を覚えるくらい、
過去の中の君の笑顔は素敵だった。
君とは、もう、世界線が違うのに、
君のことを、未だに夢で見てしまうのは、
期限切れの恋が忘れられないからだよ。
冷たい朝を続けたくて、
窓を開けて、
冷蔵庫からアイスコーヒーを
取り出して、グラスに注いだあと、
君の名前をそっと口に出してみた。



 なにがあったんだろう――。
 明日、ハルくんと、会うことになるのに、最近のハルくんの不調が気になる。そして、隕石の詩と、タイムスリップの詩の間には、とても差があるように感じた。タイムスリップの詩は、もちろん、更新が止まる前のものだった。その詩はまるで、私に当てられているような気がして、これを読んだ2週間前はものすごくドキドキした。

 だけど、ここ5日の詩は、やっぱり、雰囲気が変わっていた。
 別に私自身、詩人とかじゃないけど、技術的に戻ってしまったような、そんな雰囲気が出ていて、それが何が原因なのか、すごく気になった。
 とにかく、明日、会うことになっているハルくんが、幼稚園のときのハルくんだったらいいな。
 それと、晴れてくれたらいいなって思っていたら、バスはあっという間に高校近くのバス停に着いた。




『私はハルくんがわかるように黄色いワンピースを着ていくね』
『わかった 見つけるよ』
 という、昨日の夜のやり取りをもう一度、確認したあと、iPhoneを先月、ノースフェイスで買ったばかりの、カーキのショルダーバッグに入れた。

 駅の外は今日も雨が降り続いていて、きっと、ワンピース姿で来るルナが寒くないか、少しだけ心配だった。
 だけど、こんな冷たい雨が降り続くなか、黄色のワンピースを着た、同じ歳くらいの女の子がバスターミナルから、歩いてきているのが見えた。だから、その方へ、ゆっくりと歩き始めることにした。




「え、ちがうと思います」
 私は混乱した。私の目の前には、黒髪ロングで、カーキのショルダーバッグを肩から下げている、私と同じ歳くらいの女子が目の前に立っていた。ボーイッシュな格好で、ベージュのキャップに、白のゆったりとしたTシャツ、そして、ジーンズの出で立ちだった。
 だから、私は、慌てて、さっきバスを降りた方へ、歩き出そうとすると、思いっきり、右手首を掴まれた。

「ちょっと、離して」
「いや、だから、待ってよ。ルナちゃん」
「馴れ馴れしく、ルナちゃんって、呼ばないでよ」
 私は、女子の方を振り向き、目を細めた。精一杯の敵意を込めたあと、掴まれた手を振り払うために、右手を何度か、上下に振ったけど、女子は全く手を解く様子はなかった。

「落ち着いて。いろいろ、あなたに伝えなくちゃいけないことがあるから」
 女子はそう冷静な声で、真剣そうな表情でそう言ったから、私は諦めて、わかったと返した。すると、掴まれた手は離された。

「私、まだ、限定のフラペチーノ飲んでないんだ」と女子にそう言われたから、また少しだけ、ムカついた。




 スタバの店内は土曜日の昼過ぎの所為か、ほとんどの席が埋まっていて、いろんな人たちの声とピアノが主旋律を奏でるジャズのBGMが混じっていた。
 私とルナちゃんは、限定のフラペチーノをカウンターで受け取ったとき、ちょうど、テーブル席が空いたから、私はルナちゃんに聞かずに、その席へ向かうと、ルナちゃんもついて来た。

 テーブル席に座り、ルナちゃんと向い合せになった。
 女二人でスタバって、完全に仲いい子同士がやることだけど、もちろん、私とルナちゃんは初対面だ。私はどうやって、話せばいいのか、わからなくて、思わず天井からぶら下がっている電球型の照明を数秒間、見つめた。
 だけど、いい案が思いつかないし、ルナちゃんも無口のままだったから、とりあえずこう、声をかけることにした。

「とりあえず、飲もっか」
「そうだね。せっかくのフラペチーノだからね」
「インスタに上げなくていいの?」
「先々週上げたから、大丈夫」
 そうルナちゃんは低い声で言ったあと、プラスチックカップを持ち、フラペチーノを一口飲んだ。だから、私もとりあえず、ルナちゃんと同じようにフラペチーノを一口飲んだ。

「あなた、名前なんていうの?」
 あ、そっか。まだ、私、名前すら名乗ってなかったのか。

「ツキノって言うの」
「へえ」
「ルナちゃんと、きっと名前の着想は一緒だよ」
「そうだね。ツキノさんよりもさ、ハルくんに会いたかったんだけど、私」
「そうだよね。騙すつもりはなかったんだけど、こうするしか方法がなくて」
 と私がそう言い終わると、ルナちゃんはふーん、と興味がなさそうな声で、そう返していた。だから、罪悪感を打ち消すために、もう一口フラペチーノを飲んだ。そして、すっと息を吐いたあと、私は覚悟を決めた。

「あのね。ハルは本当に居たの」
「じゃあ、なんでハルくんじゃなくて、ツキノさんがここに来てるの? いたずら?」
「違うよ。落ち着いて聞いてね。――ハルは2週間前、死んだの」
 ちょうど、ピアノの音が切なく途切れ、そして、ジャズは終わり、一瞬の静寂に包まれた。 


 

「……死んだって。――本当に?」
 思わず止まってしまった呼吸を再開した。

 え、ウソでしょ。
 どうして、こんなこと、起きるのと、私が抱いていた淡い恋や、ハルくんへの思いと、そんな聞きたいことばかりが頭のなかでグルグルと飲み干したフラペチーノをかき回すように、虚しい気持ちになった。

「本当だよ。昔から身体、弱かったから、これでも生きたほうなんだよ」とツキノは落ち着いた声でそう返してくれた。

 そもそも、ツキノはハルくんとどんな関係なんだろう。もしかしたら、ハルくんの彼女だったのかな。
 それなら、なんで2週間前に死んだ、ハルくんになりきって、私にDMする意味があったんだろう。
 てか、そもそも、ハルくんは昨日まで詩を毎日、インスタに上げていたじゃん。ってことは――。

「ツキノさんが、ハルくんのインスタ操作してたってこと?」
「そう。そういうこと。ハルが死ぬ前にお願いされたの」
「――じゃあ、最近の詩は、ツキノさんが作ったの?」と聞くと、ツキノは少しだけ、頬を緩めながら、小さく頷いた。
「あれでも、私なりに頑張ってみたの。sad_springっぽい感じだったでしょ?」
「ううん。あれはハルくんっぽくなかったよ」
「そっか。やっぱ、兄ちゃんっぽく、書けなかったかー。私」
「え、兄妹なの?」
 と私が驚きながら、そう聞くと、またツキノは照れくさそうに小さく、うんと頷いた。

「年子なの。私たち。兄ちゃんの一個下なんだ」
「彼女なのかと思った」と言うと、いや、そんなわけないじゃんと、弱く笑いながら、ツキノはそう言った。
 ツキノが笑ったから、私も小さく笑い返しながら、カップを手に取り、またフラペチーノを一口飲んだ。ツキノの奥に見える大きな窓は相変わらず濡れていた。

「ねえ、ルナちゃん」とツキノはそう言いながら、カーキのショルダーバッグから、何かを取り出し、それをテーブルの真ん中に乗せた。

 それはピンクのハートがらの封筒で、封筒の真ん中には、『ルナちゃんへ』と書いてあった。




 ルナちゃんへ

 本当は君に会いたかったというのが正直なところです。
 しかし、現実問題として、俺はもう外には出られなさそうです。
 だから、手紙をツキノに託すことにしました。
 嘘、ついてごめんね。

 こんな偶然、あるんだって言うのが最初の率直な感想だったな。
 DM開いて、アカウント名みて、もしかしてって思ったよ。
 誕生日の数字も覚えている数字と一緒だったしさ。
 しかも、話していたら、同級生だし、
 インスタの投稿される写真の景色は見覚えあるものばかりだし。

 奇跡だと思ったよ。

 今でもあのときのまま、ルナちゃんのことが好きなことは忘れてなかったし、
 いつか、会えるかもって、なんとなく考えていたんだ。
 だから、本当は会いたかった。
 ただ単に幼稚園の頃に戻ったように、純粋な気持ちでハルちゃんと話してみたかったな。
 
 ひとつだけ、お願いがあるんだ。
 
 ルナちゃんの詩、俺はすごく好きだったよ。
 俺みたいだなって、最初は思ったけど、
 素直な気持ちに触れているみたいに感じた。

 だから、俺がインスタを更新できなくなったら、
 俺のアカウント、引き継いでくれたら嬉しいな。
 
 俺が生きている証が、
 ルナちゃんによって、続いたら、
 すごくいいなって思ったんだ。

 もちろん、嫌だったら断ってもいいよ。
 そうなったら、現世の思い出はツキノに消してもらうつもりだから。

 だから、重いお願いになることは重々承知だけど、
 受けてくれたら、嬉しいな。

 最後にひとつだけ伝えるね。

 無邪気な君のことが好きだった。
 
 読んでくれてありがとう。
 さよなら。




 ソーダ水の中で、君と泳いだ日々は、
 遥か遠くの思い出になってしまったけど、
 私はずっと忘れないよ。
 君の笑顔や、優しさを知っているから。
 もし、あの日々が続いていたら、
 私たち、どうだったんだろうって、
 たまに考えるんだ。
 悲しいことや、芽吹き始めた木々の葉や、
 苦しいことや、眩しすぎる夏至の朝日を見た日とか、
 そういうのをもっと、
 ふたりで一緒に感じたかったな。
 だけどね。
 これだけは言えるんだ。
 君は私の胸の中で生きているよ。
 

 
 私はiPhoneをそっと、テーブルの上に置き、フラペチーノを一口飲んだ。
 こんなちっぽけで拙い私の言葉でも、『sad_spring』として、君を生き続けさせることができるなら、私は初恋のことを忘れずに君のことを守るよ。