「ユウマ。今度は木剣を横に斬ってみて」

「横?」

 素振りをするかと思いきや、兄から別な指示があった。

 僕は言われた通り、いつも通りの素振りを横向きに行った。

 剣の筋がを描いて左から右に流れる。と思いきや僕の視界がぐっと変わって、痛くはないけど空が見えた。

「ユウマ!」

 次の瞬間、驚く兄の声が聞こえて、すぐに空が兄の顔に埋め尽くされた。

「あれ……?」

「ユウマ! どこか痛くないか?」

 僕に向かって伸びている兄の手を握る。

 そっか。横に斬ったら力が込められすぎて体が回転して倒れてしまったんだな。

「お兄ちゃん……ごめんなさい……」

「ユウマが謝る必要はないよ。僕が最初から教えていなかったからね。そうか……やっぱり父さんが言っていた通りだったんだ……ふふっ。あはは~!」

 急に大声で笑う兄に釣られて僕も笑ってしまう。

 暫く共に笑った後、僕の背中に付いた土埃を払ってくれる兄の優しさが伝わってくる。

「ユウマ。横に斬る時は意識を横に持っちゃダメなんだ」

「え? そうなの?」

「ほら、見せてあげるよ」

「うん!!」

 相変わらず剣を持つ兄は美しく、その目は本気そのものだ。

 虫や鳥の鳴き声一つ聞こえてこない静かな庭に、シューッと空気を軽々と切り裂く音が聞こえる。

 空気に逆らうことなく、美しい剣筋の弧が目の前に広がった。

「きれ…………」

 それから三回ほど左右を斬った見本を見せてくれた。

「ユウマ? 横に斬る時の注意というか、そもそもユウマが素振りをしているあれは、厳密にいうと素振りではないんだ」

「えええ!? 僕って素振りできてないの!?」

「ん~厳密にいえばだけどね。君がやっているのは素振りではなくて『真空斬り』というれっきとした()なんだよ」

 盗み聞きした時も聞いた『真空斬り』という言葉。ずっと気にはなっていた。

「えっと? それはスキルなの?」

「ふふっ。もしスキルなら僕もユウマも才能開花の前にスキルを開花させた事になるから、とんでもない事なんだよ? 二つの違いを説明するのは難しいね。スキルの場合は天から授かるというか、才能開花してから世界の仕組みによって得られるボーナスのようなモノさ。では技はどうかというと、普段から鍛錬した事を動きで表現(・・)する事によって世界の仕組みから発現する力なんだ」

「ほえ…………?」

「ふふっ。例えば、ユウマがずっと練習している『真空斬り』と通常の『素振り』の違いはね――――」

 そう言いながら兄は通常の素振りを行う。

「あれ? 音とかしない?」

「うん。力を込めてないからね。でもただの素振りでも体重と重力に二重(・・)に掛ける事で、ただの素振りよりも何十倍もの威力に昇格する――――これが『真空斬り』さ」

 今度はいつもの重苦しい斬撃の音と風圧が周囲に広がる。

「凄い! 全然違う!」

「こんな風に世界には行動と行動を掛け合わす事でスキルでは表現できない『技』というのが発生するんだ。父さんは技のことを『世界の現象』と呼ぶ人もいるって言ってた。ちゃんと覚えておいてね?」

「う、うん!」

 スキル、技、世界の仕組み、世界の現象。色々難しい単語が続いているが、きっと異世界ならではの不思議な現象だと思う。

 つまり、技というのは覚えるというよりは行動で示した時に、勝手にというか必然的に起こる現象という事だな。

「お兄ちゃん! ありがとう!」

「どういたしまして。それより今度は横斬りの件だ」

 今度は――――兄の優しいゲンコツが飛んできた。

「あうっ?」

「今のユウマは何でもかんでも()任せで振っているのが分かったよ。『真空斬り』は何も上から下だけじゃないんだ。横も上も斜めも自由自在に使えるはずなんだ。ただ重力の逆を辿るから、重力を逆さにしなくちゃいけないから凄く難しいんだけどね。それはいいとして、ちゃんと覚えておいてね? 腕の力は極力抜く事。さっきみたいに力が入っていると体ごと斬撃の強さに引っ張られて倒れてしまうんだ」

「分かった! えへへ~」

「さあ、またやってみよう」

 兄に習って普通の(・・・)素振りを上から下へ、左から右へ、下から上へ、右から左へ行う。

 『真空斬り』と比べると気持ちよさは少ない。込められている力が違うので、重苦しい現象が起きないからだ。

 でも体を動かしているだけで、体から汗が流れているだけで、兄が隣で一緒にやってくれるだけで楽しくて嬉しくなる。

 前世では一人っ子だったのもあって兄弟には憧れていた。とりわけ、兄と姉にはものすごく憧れがあったので、今世に兄がいるのが凄く嬉しい。



 転生して異世界に来ても前世の事に未練がないのにはいくつか理由がある。

 僕の父親はとある大企業の社長だったりする。

 ただ、若い頃からのし上がった父親は傲慢とも思われる生活を送るようになり、当然のように家庭の事は母親に任せっきりで、やがて二人の間には大きな溝ができた。

 そんな母親は病気で倒れ、帰らぬ人となって僕は一人で家で過ごす事が多くなった。

 仲間と呼べるべき友人もなく、ただぼーっとゲームをしつつ過ごして、父親から離れたくて父親のライバル会社を受けた。

 だが、その会社すらブラック企業と呼ぶべき会社であり、毎日夜遅くまで残業続き、でも家に帰っても寝るだけ、続かないゲームのコントローラーを握るだけで、気づけば仕事漬けの日々を送っていた。

 だから――――――今の家族の心暖かさに限りない幸せを感じている。