「もしかしてヤッちゃった?」
「言い方」
「襲っちゃったの?」
「そんなことしないよ」
「ふーん。……他の子とは?」
「全然」
君のせいでだいぶ溜まってるけどね。
俺だってまがりなりにも男なので、べつに好きな子がいようが他の子ともできる。
だけど、どうしても想像してしまいそうだった。俺の腕の中で乱れるのんちゃんを。
そんな虚しい思いをわざわざしたくないだけだ。
「俺も訊いていい?」
「どうぞ?」
「のんちゃんって何者なの?」
不意を突くと、のんちゃんはわずかに顔を強張らせた。
ゆっくりと俺に顔を向け、数秒間の沈黙が落ちる。俺が確信していることを察したのだろう。のんちゃんは真意を確認するでもなく、かといって言い訳するでもなく、
「もしかしてばれちゃった?」
降参するように眉を下げた。
両腕で包んでいた足を開放し、大きく伸びをする。
「まあ、けっこうもった方かな。そもそもだいぶ無理あると思ってたし」
思えば最初からおかしかった。
椿女子の話をするとすっとぼけた顔ばかりするのも、大学に友達がいないのも、たった一言で簡単に説明がつくのだ。
のんちゃんは、そもそも大学など通っていない。
地下鉄で一度も見かけたことがないのだって、ありえないことではないが不自然ではある。
「なんで椿女子に通ってるなんて嘘ついてたの?」
いくつも浮かんでくる質問の中から、一番気になっていることを問う。
だけど彼女は答えることなく、逡巡するように口をつぐんでから再び俺を見た。
「慶にはまだ黙っててくれないかな」
「まだって何? ほんとにどういうこと? 何がどうなってんの? ていうか、黙っててって……のんちゃんさ、最近ちょっと忘れてない? 俺そもそも慶の友達なんだけど。べつにのんちゃんの味方ってわけじゃないんだよ」
「モト君は言わないよ。絶対に」
「ずいぶん信用してくれてるんだね」
「それもあるけど。面倒なこと、大嫌いでしょ?」
この期に及んで冗談めいた言い方をする彼女に、初めて苛立った。今は冗談に付き合っているほど余裕がない。
それを察したのか、のんちゃんは目を泳がせて俯いた。
「……っていうのは、冗談で。ごめん、そうじゃなくて」
再び顔を上げた彼女は、懇願するような目で俺を見た。
「お願い。モト君にはいつか絶対に全部話すから」
この日から始まった慶への長い長い三つ目の秘密は、一つにまとめてしまっていいだろう。
俺は知っていた。
彼女の嘘も、秘密も、目的も、全て。