そもそも避妊を怠っていたのは、慶が避妊具を嫌がったからなのに。
 拒みきれずに受け入れてしまった私にも責任があることはわかっている。
 だけど、さすがにこんなのってない。

「何それ……。嫌だよ。私、産みたい。殺すことなんかできない」
「殺すとか言うなよ……。だって普通に無理だろ。母さんも許してくれないだろうし。……てかまじでありえねえ。母さんになんて言おう。オレのこと信じてるってずっと言ってくれてたのに、幻滅される……」

 この人は、誰だろう。
 頭を抱える慶を呆然と見ながら、そんなことを思った。
 体の中が空っぽになっていくような感覚を覚えたのは、この日が二度目だった。

 慶とは何度話し合っても平行線で、ただ時間だけが過ぎていった。
 今思えば、どれだけ言い方が最低だったとしても慶の言う通りだった。私はまだ高校生の子供だったのだ。考えが甘いなんてわかっていた。だけど、それでも、どうしても諦められなかった。どうしても産みたかった。
 だから慶には言わず一人で産婦人科へ行った。

「これにサインして」

 検査を受けて妊娠が確定した日の夜、お母さんに見せたのは出産の同意書だった。

「のん、これって……」
「妊娠したの」

 絶句したお母さんの顔が瞬時に青ざめた理由は、ただ高校生である私の妊娠のせいだと思った。
 次の言葉を聞くまでは。

「──誰の子?」

 今度は私が絶句する番だった。
 お母さんが想像する〝誰〟を悟った瞬間、お腹の底から震えが込み上げた。

「……まだ疑ってたの?」

 高校一年生の冬。私はお母さんのせいで大切な人を失った。
 それから私がどんな思いで過ごしてきたかなんて、私の涙や絶望や決意や覚悟なんて、お母さんには微塵も伝わっていなかったんだ。

「慶に決まってるじゃん。慶と私の子どもだよ」

 お母さんは心底ほっとした顔をした。当時の記憶が甦って、視界に映る全てのものをぶち壊してやりたくなった。