「だめなんだよ。私たちはもう戻れないの」
「だったらなんでおれの電話出るんだよ。登録すらしてないおれの番号ずっと覚えてんのはなんでだよ……。陽芽だって彼氏いんのに、一度だっておれのこと拒まなかっただろ」

 こんな風に慎ちゃんが感情をあらわにするのも初めてだった。
 何も言い返せなくて、卑怯な私はただ涙を流し続けた。

「おれの気持ちわかってて、陽芽も同じ気持ちだったからだろ」

 腕を引かれて上半身を翻した。
 慎ちゃんは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
 私たちがきょうだいになったと確認し合った、あの日のように。
 慎ちゃんには、慎ちゃんにだけは、そんな顔させたくないのに。

 ああ、だめだ、やっぱり辛い。
 お互い辛かったね。今までずっと辛かったね。
 慎ちゃんの言う通りだ。
 お互い中途半端なまま好きで、中途半端なまま違う人を選んだ。

 慎ちゃんの幸せのためだったなんて言い訳だ。私はただ、行き場のない爆発寸前の感情をぶちまけたかっただけ。全部全部、何もかもぶち壊してやりたかっただけ。お母さんも慶も思いきり傷つけてやりたかっただけ。

 慶と美莉愛さんがどうなろうが、慎ちゃんが幸せになれるわけじゃないことくらいわかっていた。
 だって、私は。
 慎ちゃんが彼女を好きじゃないことなんて、わかっていた。
 別れてからも私を好きでいてくれていたことなんて、わかっていた。
 私の目的がひとりよがりでしかないことくらい、痛いほどわかっていた。
 でも、どうしたらいいのかわからなかった。

 ただ、慎ちゃんが好きだっただけなのに。
 ただ、慎ちゃんと結婚して、慎ちゃんの子どもを産みたかっただけなのに。
 ただ、それだけだったのに。

「……慎ちゃん、あのね」

 欲求のままに頷いてしまえば、私たちを取り囲んでいるものから目を背け続ければ、せめて表面上だけは幸せでいられるのだろうか。慎ちゃんは前みたいに笑っていてくれるのだろうか。
 だけどそれは、私が大好きな、本当の笑顔なんだろうか。