絃音が宇苑家別邸にやってきてから約半年が経った。やって来てすぐに行われた結婚の儀も滞りなく終わった。参列者として宇苑家の人々が参列していたが、生家である平川家からは使いの一人も来なかった。絃音自身それに対して何も思わなかったが、京也が気遣わしげな視線を向けて来たことが気がかりだった。初めは冷たく感じていた態度もだんだんと受け入れられるようになった。
春が終わり夏が来てさらには秋が来ようとしている。縁側に座り空を眺めていると少し乾燥した風が絃音を包み込んだ。こんな風に季節を感じることも、昼下がりにのんびりとお茶を飲むことも、全てが新しい経験だった。お茶はこの時間のためにユリと支度をしたものだ。
まして誰かを待つことなんてしたことがなかった。縁側に近づいてくる足音が聞こえる。この半年間で慣れ親しんだ規則的に刻まれた優しい音だ。
「絃音さん、お隣に座っても大丈夫ですか?」
「もちろんです、旦那さま。お勤めご苦労様です」
「絃音さんこそ、業務にはもう慣れましたか」
「まだ、あまり。はじめた頃よりは上手くこなせていると思うのですが、まだまだユリさんに頼ってばかりで」
「焦る必要はありませんよ。ゆっくり自分のペースでやっていけばいいのです」
宇苑家別邸にやって来てからは新しい生活に馴染むことで精一杯だが、最近は屋敷の仕事を任せてもらえるようになった。まだまだ勉強することは山積みで、手伝えることも資料の整理くらいだが役立てることが嬉しかった。棒のようだった腕も今は肉がついて健康的な体つきになってきている。けれどまだ食が細いことには変わりないので、ユリをはじめとする使用人たちにもっと食べてくださいと言われていた。
京也も絃音と同じように縁側に腰掛け、お茶を啜った。
天気のいい日に庭の景色を見ながら話をしようと京也が提案してから数ヶ月。この会は恒例となり二人が息を抜く時間になっていた。
「もう秋ですね。ほら庭木が色付いてきている」
京也が庭にある羽団扇楓を指差した。若草色の葉がほとんどなくなり深い蘇芳色に変化していた。幼子の手の形をした葉が枝から離れ、くるくると縁を描くようにしながら下に落ちていく。積み重なって絨毯のように地面に広がっていた。
「……綺麗ですね」
「宇苑の秋はもっと素敵なものになりますよ。紅葉も綺麗なのですが、ここは実り豊かな土地ですからね。美味しいものがたくさん取れるのです」
稲穂が垂れて新米が出回り、きのこやたけのこなど山の幸が豊富に取れ市場に出回っていく。焼き芋を片手に道を歩く子どもたちが増え、大人たちが色めき立つ。それが実りの宇苑と呼ばれる場所での光景だった。
「それは楽しみですね」
「僕は特に炊き込みご飯が好きなんです。いろんな味を楽しめるでしょう?絃音さんにもぜひ食べてもらいたいです」
「それでは私も楽しみにしていますね」
「ぜひ。炊き込みご飯はうまくできる自信があるんです。これだけはユリに手伝ってもらわなくてもできるんですよ。期待していてください」
そう言って絃音に微笑んだ。
好物の炊き込みご飯を想像して興奮したのか京也の頬が少し赤く染まっている。細められた目の隙間から空色の瞳が見えた。
宇苑家別邸にやってきた当初は瞳の色がわからなかったが、それは日を追うごとになくなっていった。やはり色の判別がつかなかったのは錯覚だったらしい。
本当に綺麗な色だ。女性たちが京也に見惚れてしまうというユリの言葉を疑う余地がないほどに。
この方に私はどのように映っているのだろう。暖かな日が照らす縁側で絃音はそんなことを考えていた。



