シンプルな白いシャツに黒いパンタロン。装いはこの上なく飾り気がないのに、やたらと華やかなオーラを放っている美女には見覚えがある。名前は知らないけれど、ノワール専門に活躍している人だ。

 大きな丸っこいサングラスで小さな顔のほとんどを隠した彼女と同じ席には、頭にサイケデリック柄のスカーフをゆるく巻いて隙間から見事な黒髪を垂らした白いワンピースの女性が一緒に座っていた。
 彼女も黒いサングラスで顔を隠しているのに美女オーラが半端ない。悪女はサングラスってドレスコードがあるのかしら?

「座りなさいよ、たまにはおしゃべりしましょう」
「いえ。わたしは」
「話合わなさそうだし? おねえさんの相手は嫌? でもあんた、私が誘ってあげなきゃ一緒にごはん食べる友だちなんか他にいないでしょ」
 めんどくさい。食事をしに来たわけだし、食べるだけならどこでもいいか、とわたしは「オーダーしてきます」と店内に向かった。

 ビーフハンバーガーとコーラをトレイに載せて席に戻ると、パンタロンの女性は双眼鏡を顔に当てて通りの向こう側をガン見していた。
 何やってるんですの、この人。
「あんたこんなもの食べるの」
 わたしがトレイを置くと双眼鏡を下ろしてすかさず突っ込む。丸いサングラスは頭の上にずらされていて、ガラス玉みたいな碧い瞳とまともに目が合う。

「派遣先では食べられないものを食べておこうと思って」
「お嬢様はタイヘンだね」
 言いつつまた双眼鏡を取り上げる。
「何をしているので?」
「いい男ウォッチング」
 はあ、そうですか。わたしは食事に専念することにした。

「あーあ、なんで最近は脇役の方にイイ男が多いのやら。ヒーローはカスみたいなのばっかでさ」
「ヒーローが素敵すぎるとそれはそれで困りません? 本気になってしまうもの」
「どっちみち取り殺すんでしょ、あんたは」
「うふふ、そうですわねえ」
 悪女たちの会話を聞きながらわたしはハンバーガーをかじる。

「でも、たしかに主役に魅力がないのは困りものですわね」
「でしょー。だから脇を固めなきゃって感じ? ああ、そういえば。ヴィオレッタがキャラクターで受け手の気を引きたいのなら、幼児と動物と老人を出しておけばいいって話してたっけ」
「まあ、乱暴な」
「あの人たちみんな好き勝手言うからね」

「そういえば。沙翁がヒロインは若ければ若いほど良いって言ってましたわ」
「あのジジイ。髪の毛むしり取ってやろうか」
「わたくしたちみたいな大人の女はみんな悪役ってことね」
 ころころと笑って、スカーフの女性は白魚のような手でカフェオレボウルを持ち上げた。
 ようやくハンバーガーを食べきったわたしも、ほっとコーラのグラスを手にする。

「ねえ、お嬢さん。あなたはどう思う?」
「何がですか?」
 ピンポイントで尋ねられていることがわからなくて訊き返したのに、スカーフの女性は小首をかしげて微笑んでいる。
「……わたしは細かいことはどうでもよくて、自分の好きにできればそれで」

「そういえばあんたって、話のあらすじ聞かないで行くんだってね。よくルカが許してるもんだ」
「期待されてるのね。羨ましい」
 カフェオレボウルをテーブルに戻したスカーフの美女が、サングラスを少しずらしながら私の顔を覗き込んだ。金色の瞳が妖しく瞬く。
 彼女たちがサングラスをする理由がよくわかった。眼力が半端ないからだ。

「で、今日は休めってルカが?」
「気分転換して来いと」
 碧い瞳の美女は頬杖をつきながらくっくと笑った。
「わかってないねえ、ルカは。私らにとっては、物語の中で暴れることがいちばんのリフレッシュなのにね」
「…………」
 その通りだ。まったくもってその通り。

「戻ります」
 早く次の物語へ行きたくてたまらなくなる。
「ん、またね。よい人生を」
 立ち上がってお辞儀をしたわたしを悪女ふたりは微笑んで見送ってくれた。




「いつも通り七歳の誕生日に〈ライザ〉の意識が目覚める設定でいいですね?」
「ええ、お願い。……ねえ、ルカ。わたしはまだまだこのお仕事を続けたいわ」
「ぼくもまだまだライザさんの活躍が見たいです!」
「ええ、頑張るわ。お願いね、ルカ」
「わかってますよ、ライザさん」
 緑色の瞳を細めてルカは明るく笑う。そうね、チーフの期待には応えなきゃ。

「では、ボン・ヴォヤージュ! 行ってらっしゃい!」
 わたし自身、期待を込めて、次の物語へ。