日差しが眩しいけど暖かい。横向きに寝転んだまま目を閉じる。

 礼儀作法に口やかましい母がこんな姿を見たらなんて言うか。はしたない、みっともない、いやしい、下品だ。
 そう言われて育てば、同じ行動をした女の子に対して、今度は自分がそう言う側に回るのは自然なことだ。なんてはしたない、いやしい出身でいらっしゃるから下品なのは当然だ、と。

 自然で当然。厳しい淑女教育を受け、それに耐えた令嬢だから言えることで。決して自分がしたくてもできなかったことをやってのける彼女のことが羨ましく妬ましいからではない。折り目正しい淑女になってこそ愛されるのだと信じていたから。

 ところが、実際には王子様は淑女になんて惹かれない。貴公子たちにとってはいやしい出身ではしたない行動をする女の子の方が新鮮で魅力的に見えるのだから。

 愛される努力をこっぱみじんにされたなら恨むのはあたりまえ。のほほんと天然で無神経で無造作で無頓着で恥知らずに脳みそお花畑にしているヒロインをいじめてやりたくなるのはあたりまえ。令嬢であるがためのいじましい努力も知らずに、ヒロインをええかっこしいで浅はかに庇いたがるヒーローを可愛さ余って憎さ百倍で痛めつけてやりたくなるのはあたりまえ。それを悪というのなら好きなだけ悪と呼べばいい。

 明るい芝生の上でうとうとしながら黒い思考に陥っていたわたしははっと目を開けた。誰か、すぐそばに立っていたような気がしたのだけど。
 いるわけはない。わたしに白馬の王子様が訪れることはない。

 むくっと起き上がり、でもすぐに再びわたしは芝生の上に仰向けになった。手をかざして日差しをよける。
 困った。何が気分転換なのかよくわからない。重く息をついてまたのろのろと起き上がる。

 立ち上がり、髪や衣服をはらって整えてから、素知らぬふりで歩道に戻った。
 円形の広場の反対側の東屋を目指して進む。ところが。

 あまりにも人影がないので、そこも無人だと思い込んでしまっていた白い東屋の下には、数人の紳士淑女方がいらした。白いテーブル席でお茶を楽しんでらっしゃるようだ。
 しかも。あれはストーリーテラー協会の方々だ。
 わたしはやばいと頭を屈めて後退した。

 物語において、語りや筋立ての巧みさを重視するストーリーテラー協会の方々と、キャストありきでその立ち回りに依存してカタルシスを成立させようとする派遣事業部とは、表立って衝突はしないまでも方法論の違いからお互いをよく思っていないのは明らかだ。

 お茶会メンバーの中にマダム・ヴィオレッタの横顔を見かけ、わたしはますます首をすくめる。マダムは特に目敏くていらっしゃる、気をつけなければ。
 わたしは音もなく芝生の上を駆け、すたこらと逃げ出した。

 大階段を下りて噴水の場所まで戻り、やって来たのと反対方向の歩道を進むと、別の出入り口へと行き着いてしまった。
 まあいいかと庭園を後にして、今度こそ街へと向かう。喉が渇いたしお腹もすいていた。

 みな派遣先で忙しくしているのか目抜き通りもそこまで賑わってはいなかった。人混みが苦手なわたしはむしろほっとする。

「めずらしい、ライザじゃん」
 パブリック・ハウスのテラス席から声をかけられた。
「どなた?」
「うん、おまえ毎回そう言うもんな。だから俺はもう名乗らない」
「そうですか」
 おそらく同じ悪役部門のキャストなのだろう彼に一応会釈して、若者たちがポーカーに興じているテーブルの脇を通り過ぎる。

「あら、ライザじゃない。こっちにいらっしゃいな」
 また呼びかけられて目を向ければ、角のカフェのテラス席から派手な美女がわたしに向かって手を振っていた。