そうして五日後の明け方、駆け落ちするふたりを見送りに私と芝嫣(しえん)姉さまは城門の外へと出た。
私は牌符(はいふ)と書簡を差し出し蔡怜に説明した。
「この通行証があれば国境までは問題ない。煌(こう)に入ったら、駅館の役人にこの手紙を見せて。便宜を図ってもらえるはず」
牌符を見て淑華(しゅくか)姉上がはっと息をのんだ。
「これは父上が……?」
その通りで、将軍府で発行された通行証だった。
国境付近で壅(よう)軍の示威行動が頻発していて、牽制のため父上は城外の兵営に泊まり込んでいる。
芝嫣姉さまがそこへと赴いて事情を報告し受け取ってきたのだ。
「わたくし、やっぱり父上に……」
「姉上!」
また心を迷わせている淑華姉上を私はぴしゃりと止めた。
「離れても姉妹だなんて言うつもりはありません。あなたは今日から煒(い)とも棕(そう)家とも関係ない。蔡怜とふたりで生きてください。どうか、お元気で」
淑華姉上は目を潤ませ、また泣くのかと私は思ったがギリギリで堪えたようで、静かに城門の方を向いて、腕を上げ頭の前で両手を重ねた。音もなく足を引き体を沈め、膝を折って地に額づく。
天子の居る宮殿に向かって拝礼しているように見えるけど違う。父上への、別れの挨拶だろう。
しばらくの間、淑華姉上は冷たい地面にひれ伏したままでいた。蔡怜と橘花(きつか)に助けられようやく立ち上がる。
粗末な馬車に姉上と橘花が乗り込み、蔡怜が御者台で手綱を握った。
きしんだ音を立てて走り出した馬車は、まだ明けきらず寒々しい荒野の大地を西へと遠ざかっていった。
さようなら、姉上。
「あら」
終始無言のままだった芝嫣姉さまが急に声をあげた。
「寒いと思ったら雪だわ」
ひらひらと、灰色の空を白いものが舞っていた。
「ここでも降ることがあるのね」
「積もりはしないでしょうけど」
無音で降りてくる雪を眺めていると、後ろから芝嫣姉さまがつぶやいた。
「あんたって優しいんだから」
私は返事をせず、冴えた空気を鼻から吸い込んで気持ちを切り替えた。
「姉さま。毅(き)公子の説得は?」
「問題ないわ。あの方は理解している」
外套の襟元の毛皮に顎を埋め、芝嫣姉さまは獲物を狙う目になって笑った。
「棕家の女子は、嫡長女の淑華だけではないと知らしめてやるわ。傷心の叡(えい)公子をお慰めしてお心を掴んでみせる」
「張り切りすぎないでくださいね」
「ま、生意気なんだから。あんただって公子のひとりやふたり誑かしてみせなさいよ」
「そういうのは芝嫣姉さまにおまかせします」
「まあ、人聞きの悪い!」
「姉さまが先に誑かすとか言い出したんじゃないですか」
いつものように言い合いながら今日最初の光が差し込み始めた城内に戻る。城門の上の楼閣をふと見上げれば、今はまだ煒(い)国の旗がたなびいていた。